現在、世界的に宇宙ビジネスが活性化しており、日本でも多くの宇宙系スタートアップが誕生している。また、既存企業が宇宙ビジネスへ参画する動きも加速している。そうした中、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2018年から開始したのが、宇宙ビジネスをめざす民間事業者とJAXAがタッグを組み、新たな事業の創出をめざす共創型プログラム「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ」(J-SPARC)だ。
J-SPARCではこれまで300件以上の問い合わせがあり、そのうち約50件がプロジェクトとして選ばれてスタートした。すでに複数のプロジェクトが事業化に至ったほか、現在も約20件が進行中だ。これまでカタチになったものは、宇宙開発関連やBtoB向けなどが多く、一般市民が日常の中でその成果を実感することは難しかった。
しかし、今回は実証実験ながら、一般消費者が実際の売り場でその成果に触れる段階へと進んだ。
JAXAと嬬恋村農業協同組合(JA嬬恋村)、電通の3者は、8月24日に共同記者会見を実施。人工衛星データなどから予測した嬬恋村産キャベツの出荷量や価格に応じ、味の素の協力を得て広告と店頭販促を連動させる「需給連動型広告モデル」の実験的市場投入を同日から開始し、首都圏と関西の量販店約50店舗へ順次展開することを発表した。
民間宇宙ビジネス創出を後押し、「J-SPARC」の現在地
JAXAが推進する民間宇宙ビジネス創出プログラム「J-SPARC」(JAXA Space Innovation through Partnership and Co-creation)は、従来の補助金制度や技術提供型の委託事業とは異なり、「企画段階からの共創」、「スピード感を持った事業化プロセス」、「多岐にわたる領域」という特徴を持つ。
企画段階からの共創とは、民間企業が持つ事業アイデア・ビジネスモデルと、JAXAが持つ技術シーズ・アセット(宇宙環境、データ、技術力など)を持ち寄り、初期段階から共同でコンセプトを練り上げることを指す。
スピード感を持った事業化プロセスとは、事前対話から「コンセプト共創」「事業共同実証」へとフェーズを進め、民間事業者の高い事業化コミットメントのもとで早期の社会実装をめざすというものだ。
そして多岐にわたる領域とは、衛星コンステレーションやロケット開発といった宇宙インフラのみならず、BtoC向けサービス、衣食住分野、さらには地上の社会課題解決(アグリテックや防災など)まで幅広くカバーする点を指している。
今回の「人工衛星データ活用による広告の高度化を通じた需給連携事業」も、宇宙技術を活用して「地上の食料問題・フードロス問題」に挑むJ-SPARCの代表的な共創プロジェクトのひとつだ。
この取り組みは、2022年に電通とJAXAによる「コンセプト共創活動」としてスタート。2024年からはJA嬬恋村が加わり、「事業共同実証」へとフェーズを進め、各種予測モデルの精度向上やデータ連携体制が構築されてきた。そして今回、2026年8月24日より味の素や量販店約50店舗が参加する「実験的市場投入」(実装検証フェーズ)へと至った。
“キャベツの買いどき”を衛星データで捉える! プロジェクトの全容
農作物、特に夏秋キャベツの出荷量において全国の卸売市場の約7割を占める群馬県嬬恋村。ここでは、天候の影響による収穫時期や出荷量の大きな変動が長年の課題となっていた。
出荷過多の時期には価格が暴落してフードロスが発生し、逆に出荷が少ない時期には需要に対する供給不足(販売機会損失)が発生してしまっていたという。この課題に対し、今回のプロジェクトでは、宇宙からの視点とデータ解析が導入された。
今回のプロジェクトでは、米国の衛星データ企業Planet Labs PBCの商用光学衛星による観測データを用いて、広域かつ精度の高い生育把握・予測を実現している。
具体的には、広大な嬬恋村全域のキャベツ圃場(ほじょう)の生育状況を一括で把握し、両毛システムズ(現地調査高度化アプリの開発、生育予測ダッシュボード、関連システムの開発)、電通デジタル(卸売価格・入荷量の予測モデルの開発・運用、データ連携・分析)、リモート・センシング技術センター(人工衛星データの解析、現地調査、および生育・収穫量・出荷量の予測モデルの構築・高度化)の技術を結集して、8週間先の出荷量や市場価格を予測するモデルが構築された。なお、米国企業の衛星データを利用しているのは現状、JAXAが運用する高分解能の光学衛星がないためである。
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(左)現地調査と解析した衛星データを組み合わせたキャベツの生育状況のマップ。黒色:下限値、茶色:裸地、黄色:定植、薄緑:生育期、緑色:結球、薄青:収穫期、濃青:収穫後、赤色:上限値。(右)価格予測画面。青実線が実績、赤実線が衛星データありの予測、黄色点線が衛星データなしの予測。数字はすべて2025年のもの (出所:電通)
そして、供給量が大幅に増えて“おいしい買いどき”を迎えると予測されたタイミングに合わせ、電通が広告をタイムリーに出稿。さらに、パートナーとして参画する味の素(予測結果と連動した関連製品の広告出稿・店頭販促実施)、JA全農ぐんま(JA嬬恋村との販売連携、および卸売会社を通じた量販店売り場での展開支援・調整)、そして量販店が連動。スーパーなどのキャベツ売り場で、味の素の中華合わせ調味料「Cook Do 回鍋肉(ホイコーロー)用」を組み合わせたクロスマーチャンダイジング(関連販売)の展開がスタートした。
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今回のプロジェクトでは、出荷量が増える時期に合わせて広告・販促を実施して消費者による購買機会を創出。結果として需給が適正化され、価格の暴落・急騰などを回避・平準化することで、フードロスの削減を追求する (出所:電通)
「キャベツを大量に売る」だけではない、その意義とメリット
今回のプロジェクトは、単に「キャベツをたくさん売る」ことだけを目的としているわけではない。関係者それぞれにメリットをもたらす、持続可能な循環構造をめざしている。
まず、JA嬬恋村や生産者(農家)の視点としては、出荷・販売計画の高度化が図れ、急激な価格暴落による経営的不安を軽減できる点が大きなメリットとなる。
次に、電通・味の素・量販店など広告・流通側の視点では、単に需要を刺激するだけでなく、供給量に合わせた「最も効率的で価値ある広告出稿・販促」が可能になる。売り場で「おいしい買いどき」と「おすすめレシピ」を提示することで、消費者の購買意欲と買い物の満足度を高めることができる。
同時に社会・消費者側の視点でみると、商品が店舗で売れ残ってしまう“店舗フードロス”と、家庭でひと玉を使い切れずに廃棄される“家庭内フードロス”の双方を抑制できる点も大きな意義がある。
今後はJAXA「だいち4号」のデータ活用へ。キャベツ以外へ展開も
広域の生産状況を一括して把握できる点は、衛星データの大きな強みだ。一方で、雲に覆われると光学衛星による地表の観測が難しくなることが大きな弱点でもある。
そこで今後は、天候や昼夜の影響を受けにくい合成開口レーダー(SAR)を搭載するJAXAの先進レーダー衛星「だいち4号」のデータ活用を進め、光学衛星のデータを補完する仕組みを作っていくとしている。それに加え、予測結果を迅速に売り場へ反映させるための流通・販売体制とのさらなる連携強化といった課題解決もめざす。
また将来的には、今回のキャベツでの実証成果を踏まえ、他の農作物や他地域への横展開も視野に入れ、持続可能な需給最適化モデルの社会実装を進めていく構想だという。
今回のプロジェクトでは、従来の「たくさん作って、たくさん宣伝して売る」という大量消費型マーケティングから、宇宙データを用いて「需給の波を予測し、地球上のロスを減らしながら必要な時に必要な分を届ける」という新たな需給最適化マーケティングへの大きなシフトチェンジが試みられる。
J-SPARCから生まれたこの先進的な挑戦が、日本の農業と流通、そして私たちの食卓の未来を大きく変えていく可能性を秘めているといえるだろう。







