国立天文台(NAOJ)は1月24日、第30回「科学記者のための天文学レクチャー」として、「スーパーコンピュータが描く宇宙―アテルイIIからアテルイIIIへ―」を開催。これまで、研究者を対象に天文学の研究専用のスーパーコンピュータ(スパコン)としてシミュレーション天文学を支えてきた「アテルイII(ツー)」の業績と、2024年12月2日より、岩手県奥州市のNAOJ 水沢キャンパスにて本格運用を開始した後継機「アテルイIII(スリー)」の特徴や、同機で現在進められている最新の研究などが紹介された。
ここでは、その取材をもとに全4回のシリーズをお届けしており、第1回ではシミュレーション天文学について、第2回ではアテルイIIIの特徴について取り上げた。第3回と第4回は、シミュレーション天文学で具体的な研究内容を掘り下げる。
第3回は、太陽に関する研究を行っている宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所(ISAS) 太陽系科学研究系の鳥海森准教授による解説「数値シミュレーションと観測で迫る太陽黒点・太陽フレアの謎」をもとに、アテルイIIやアテルイIIIなどを用いたシミュレーションとその研究成果にフォーカスを当てていく。
-
太陽表面に黒点が形成される様子を扱った浮上磁場シミュレーションの最新モデル(2023年発表)。対流層内に磁束管を設置すると、自然と浮上してくることが確認された。(c) Toriumi et al. (2023)(出所:NAOJ CfCA Webサイト)
-
JAXA ISAS 太陽系科学研究系の鳥海森准教授。現在は、シミュレーションを用いた太陽研究に加え、JAXAを中心に国際共同で開発が進められている高感度太陽紫外線分光観測衛星SOLAR-Cの計画にも加わっている
とても身近でも未だ謎の多い「太陽」
天文学では、さまざまな天体や天文現象などを観測して得られた情報をもとに、理論が構築されてきた。そしてその理論を用いて、天体の構造や天文現象に関する謎が紀元前より解明されてきた。つまり天文学は、観測と理論の両輪で発展してきたのである。そして今では観測能力は大きく向上し、134億光年彼方の初期銀河も観測できるほどだが、宇宙には光学的な観測が不可能なものも少なくない。例えば、太陽のような天体の内部を覗くこともその1つだ。
地球に最も近い恒星である太陽は、地球から光の速さで8分強の時間がかかる約1億5000万kmの距離にあり、太陽系の全質量のうちの約99.8%を占めている“太陽系の主”だ。そのほかの詳細は以下の通りだ。
「太陽」の基本情報
- 赤道半径:約69万5700km(地球の約109倍)
- 質量:約1988𥝱(1.988×1027)トン(地球の約33万2946倍)
- 平均密度:約1.41g/cm3
- 表面重力:約274m/s2(約28G)
- 光度(明るさ):382垓8000京kW
- 絶対等級:4.82等級
- スペクトル分類:G2V型(主系列星)
- 表面温度:約5500℃(一般的には約6000℃と説明される)
- 自転周期:(赤道付近)25日・(極付近)30日
- 主成分:水素…約71~73%、ヘリウム…約25~27%、そのほか(酸素・炭素・鉄など)…約2%
- 年齢:約46億年
太陽に関しては、人類の長い研究によりわかったことも多いものの、まだまだ解明できていない謎もある。太陽に関する謎の中で特に有名なのが、太陽表面(「光球」)は約6000℃なのに、高度1500km~2000kmほどまで続くすぐ上の太陽の大気である「彩層」では最も高いところで1万℃以上、さらにその上空の太陽の外層大気であるコロナでは100万℃以上にもなるという点だろう。いわゆる「コロナ過熱問題」だ。
-
ひのでに搭載されている可視光・磁場望遠鏡(SOT)で撮影された、光球(太陽表面)と彩層。光球が穏やかなのに対し、彩層が活発な様子が捉えられた。2006年11月20日に撮影されたもの。(c) NAOJ/JAXA(出所:NAOJ 科学衛星「ひので」Webサイト)
核融合が起きている太陽の中心部は、1500万~1600万℃もの超高温だ。その熱源から離れるにつれて温度は下がり、表面では約6000℃となる。しかし、表面を超えてしばらくするとまた温度が上昇し、コロナでは100万℃以上に達するのだから不可解だ。そのメカニズムについては、磁力線が関係していると考えられてはいるが、さまざまな説があり詳しく明らかにはなっていない。
-
ひのでに搭載されているX線望遠鏡(XRT)で撮影された太陽コロナの様子。コロナは太陽表面より1500~2000kmほどの上空より始まる外層大気だ。しかし、光球の5500℃、彩層の1万℃に対し、100万℃という極めて高い温度を有しており、なぜ熱源から離れるほど高温になるのかがよくわかっておらず、「コロナ過熱問題」と呼ばれる。(c) NAOJ/JAXA(出所:NAOJ 科学衛星「ひので」Webサイト)
太陽表面に現れる黒い不定形のシミのような「黒点」は地上からの観察も容易で、これまでにも毎日のように観察されてきた。そして現在では、NAOJがJAXAと共同で国際協力を得て開発した太陽観測衛星「ひので(SOLAR-B)」(2006年打ち上げ、現在も稼働中)のように、太陽表面をさまざまな波長の光で観測している衛星や探査機も宇宙で活動中だ。そしてひのでによる観測で、太陽表面において発生する爆発現象である「フレア」を生じさせる黒点には、強くねじれた磁場構造が存在していることがわかってきた。
-
太陽研究において、黒点は内部の状況を研究するための重要な手がかりだ。そして、シミュレーションを用いた太陽内部の研究が進展してきた結果、黒点とフレアの関係がわかってきた。画像は、2006年12月13日にひのでが捉えた、Xクラスのフレアの様子。(c) NAOJ/JAXA(出所:NAOJ 科学衛星「ひので」Webサイト)
黒点は、磁力線の束である「磁束管」が表面を突き抜けてまた内部に戻る際の痕跡だ。本来、磁束管は光球のすぐ下の対流層(太陽の半径約70万kmのうちの光球直下からおよそ20万kmの深度までの領域のこと)内を通っているが、往々にして、浮上し大気中(彩層やコロナ)に飛び出すことがある。飛び出しても戻るため、必ず黒点はN極とS極のペアになるのである(非常に複雑で、そうは見えないような時もあるが)。しかしどのように磁束管が浮上して黒点を形成するのかは、当然ながら内部を光学的には観察できないため、直接調べることは不可能だ。
そこで活躍するのが、数値シミュレーションの一種である浮上磁場シミュレーションだ。磁気流体力学の方程式を解くことで、対流層内の磁束管が浮上し、表面に黒点やコロナループを形成する様子を扱えるようになるという。鳥海准教授が大学院生だった2010年に同シミュレーションを行った際は、まだ二次元(太陽の内部を下側、大気を上側に見た、鉛直断面図)でしかできなかったとのこと。しかし、2017年時点(初代アテルイのアップグレード後、鳥海准教授がNAOJの特任助教(NAOJフェロー)だった時代)では三次元計算ができるようになったとする。三次元シミュレーションにおいて、人為的に磁束管の中央部分から密度を引き抜いたところ、磁束管が浮力により上昇していくのが確認されたとした。
さらに、黒点は単純にN極とS極の1つのペアのみとは限らず、より複雑な構造を持つ場合がある。たとえば2011年には、2組の黒点が極めて近くに出現したことがあった。これに関しては同じく2017年の研究で、1本の磁束管が2か所で浮上した場合、2組形成されるのではないかという仮定の下にシミュレーションし、再現に成功。太陽内部での形状が表面での黒点の複雑さを決定することがわかってきたというが、この時点では磁束管と対流との相互作用がわかっていなかった。
アテルイの登場で太陽研究も一気に加速
そうした中、アテルイII(2018年4月に稼働)の時代に入ると、さらにシミュレーションがより複雑になっていく。名古屋大学の堀田英之教授らが輻射磁気流体コードを開発し、それを用いたリアリスティックな熱雷流を再現する輻射磁気流体シミュレーションにより、先進的な黒点再現計算が行われたのである(このシミュレーションには富岳も用いられた)。
太陽の対流層は、下部が約10万℃なのに対し、上部は約6000℃という大きく温度差のある領域で、プラズマが活発に対流運動を繰り返しているとされる。この時の研究では、太陽表面の一部を縦横10万kmの正方形に区切り、約20万kmの深度まで対流層を再現。深部の対流セル(数万km・1か月)から表面の粒状斑(1000km・10分)までの階層構造を持ち、これらが同一の計算ボックスで再現された。まず熱対流を発生させ、その発達後に磁束管が埋め込んだところ、対流の流れに乗って磁束管は自動的に浮上することが確認されたといい、表面には極めて実物と似た黒点がリアルに再現されたのであった。
-
鳥海准教授が2017年に実施した、三次元での浮上磁場シミュレーションなどによる複雑な黒点の再現。(a)ひのでによる黒点群で生じた太陽フレアの観測(2011年)。正極・負極黒点が同時に2組出現し、異なるペアの正負極が衝突することで「デルタ型黒点」を形成、Xクラスフレアが発生した。(b)(a)の黒点の形成の想像図。(c)数値シミュレーションによる再現。太陽表面では、正極・負極黒点が2ペア出現し、領域の中心でデルタ黒点が形成された。(d)磁力線プロット。磁束管を2箇所で浮上させた。(c) Toriumi & Takasao 2017(出所:JAXA ISAS Webサイト)
さらに太陽内部の熱対流の構造によっては、N極とS極の黒点ペアが2組出現するケースも見られたという。それらは接近して複雑な形状の「デルタ型黒点」となり、その上空にはねじれた磁力線の構造が自動的に作られることがわかった。なおフレアが発生した際には、そのようなねじれた磁力線が宇宙空間に放出されることがわかっている。
-
鳥海准教授が2019年、名古屋大学の堀田英之教授らが開発した輻射磁気流体コードを用いて、リアリスティックな熱対流を含む3次元シミュレーション(輻射磁気流体シミュレーション)を実施した。(左)計算開始32時間後と42時間後における可視光強度、磁場強度、計算ボックスの垂直断面における磁場強度。自発的にデルタ型黒点が形成された。(右)デルタ黒点の上空にはらせん状に強くねじれた磁力線「フラックスロープ」が形成された。各磁力線は、より内側ほど暖色、外側にいくつれ寒色になるよう色付けされている。また、矢印は黒点の回転方向が示されている。(c) Toriumi & Hotta 2019(出所:JAXA ISAS Webサイト)
続いて別の計算結果では、従来の理論的予測とは異なり、磁束管にねじれがなくても太陽表面まで浮上し、黒点が形成されたとする。対流の渦運動が黒点を回転させることで、磁力線にねじれが生じたという。そしてその黒点はフレアを発生しうるほどの磁気エネルギーを蓄積していたとした。
-
鳥海准教授の2023年の研究成果。ねじれの無い磁束管が対流層を浮上し、太陽表面に黒点を形成する様子を扱った内容だ。(左)計算開始12時間後における磁場強度と太陽表面の明るさ。(右上)36時間後における太陽表面の明るさ。(右下)同じく36時間後における磁場強度。正極(白)・負極(黒)の黒点が形成されたという。(c) Toriumi et al. (2023)(出所:NAOJ CfCA Webサイト)
-
(左)ねじれゼロの磁束管浮上の例を扱った、回転する2つの黒点の直下が三次元的に示された図。黄色は磁力線を、赤い立体的な表示は磁場強度が表されている。(右)黒点回転・磁気ヘリシティ供給のメカニズムの説明。(c) Toriumi et al. (2023)(出所:NAOJ CfCA Webサイト)
そして最後に、アテルイIIIが登場したことを踏まえた今後のシミュレーションを活用した太陽研究の展望が語られた。まず挙げられたのは、「モデリングのさらなる進展」。広いパラメータ空間を調査することで、“黒点形成、特にフレア黒点形成の条件をさらに理解すること”、“「スーパーフレア」を生じる恒星黒点の再現”が可能になるとする。なおスーパーフレアとは、基本的に安定している太陽のような黄色矮星では希にしか発生しないと考えられている、極めて強力なフレアのことだ。もし地球が直撃を受けたら、事前に対策を採らない限り、人工衛星が失われたり、地球の送電網に被害が出たりするなど、極めて危険である。
-
オリオン座V1355星で発生したスーパーフレアと巨大プロミネンス噴出のイメージ。今後、鳥海准教授は、太陽で発生し、地球を直撃したら大きな被害を与える可能性があるスーパーフレアに関して、その黒点の再現を試みるとしている。(c) 国立天文台(出所:国立天文台)
また、太陽観測衛星ひのでの後継機である高感度太陽紫外線分光観測衛星「SOLAR-C」が2028年度にイプシロンSロケットによって打ち上げられる予定だが、このプロジェクトには鳥海准教授も参加しており、その打ち上げが成功すれば、これまでにない高精度な比較研究が実現するという。この次世代観測とモデリングの比較も、今後の楽しみな点の1つとしている。
-
2028年度打ち上げ予定のひので後継機の高感度太陽紫外線分光観測衛星SOLAR-C。ひのでの極端紫外線撮像分光装置(EIS)の約2秒角に対し、約7倍の感度である0.4秒角という空間分解能を有する紫外線望遠鏡「EUVST」を搭載する計画だ。(c) NAOJ/JAXA(出所:国立天文台)
このように、アテルイIIなどを活用した数値シミュレーションにより、太陽内部の熱対流が磁束管の浮上の成否を決めることが解明された。また、対流の渦運動が黒点を回転させることで、磁束管に変型・ねじれを生じさせ、その結果としてフレアを発生させる黒点が形成されることも明らかにされた。アテルイIIIによって、さらに太陽内部の見えない部位の謎が解き明かされることが期待される。
なお最終回となる次回は、天の川銀河がどのようにして現在の大型銀河にまで成長してきたのかを探る研究に迫る。