大﨑善保・デリカフーズホールディングス代表取締役の 「人生の転機」【代理出席した結婚披露宴での出会い】

デリカフーズグループは1979年、外食企業向けにカット野菜を届ける青果物流通事業として、現会長の舘本勲武が名古屋市で創業。当時は、野菜の販売は常温が一般的ななか、品質の高いカット野菜を新鮮なまま届けるために、冷蔵管理した配送車で野菜を各店舗まで届けるのが強みでした。

 その後、全国展開を進めるなか、2010年には野菜の温度管理を徹底したコールドチェーン化を図り新鮮(Fresh)な野菜をより早く(Speedy)お届けする加工・流通拠点「FSセンター」を東京に開設。24年の大阪まで計9カ所にFSセンターを開設し、全国の外食、中食約3万店舗にサービスを提供しています。業界唯一の上場企業として成長し、26年3月期は売上高(622億円)、営業利益(21億円)とも過去最高を更新しました。

 私は愛知県出身で1997年にアルバイトから名古屋デリカフーズに入りました。きっかけは創業者との運命的な出会いです。高校卒業後、アパレル会社勤務を経て20歳で独立。セレクトショップの会社を始めましたが、事業に対する特別な思いはなく、全くの素人の経営者でした。

 24歳のとき、知人から突然呼び出されたのが、地元企業経営者のご子息の結婚披露宴。当日欠席した知人の代理でしたが、偶然隣の席が舘本で、以来たびたびお会いするように。戦後の食糧難も経験した舘本の人生観や経営哲学に加え、「野菜は形が悪いと捨てられてしまう。もしこれが人間だったらどうだろうか。私は畑で採れた天の恵みである野菜を全部人の胃袋に収めたいと思い、会社をつくった」という「志」に深く感銘を受け、アルバイトからの入社を決意したのです。

 当時、2人目の子供が生まれた頃で周囲の反対もありましたが、会社をたたみ、すべて一から自分を鍛えたいとの覚悟で舘本の下へ。過酷な現場も経験するなかで必死に経営を学びました。その一つの結実がFSセンターです。赤字転落した東京デリカフーズの立て直しを2004年に命じられ、事業を立て直すなかでFSモデルを構想。09年に同社社長、17年に持ち株会社の当社社長に就任し、FSモデルの全国展開計画を推進したほか、「物流2024年問題」に備え、物流を担う子会社も設立しました。いずれもリスクマネジメントからの挑戦です。また、こうしたビジネスを支えるため、「人」を最も重要な資産と位置付け、多様な人財が能力を最大限に発揮できる環境づくりにも注力しています。

 今後に向けては、気候変動などの影響を受けて野菜の安定供給ができる体制構築や価格乱高下、就農人口減少などの日本の課題も踏まえ、持続可能な農業の実現を支えるための取り組みを進めています。事業を通じて未来の子供たちが安全でおいしい野菜をいつでも食べられるような世の中にすることが、私の志です。

2017年、東京・名古屋・大阪のデリカフーズ3社が統合した際、記念撮影した舘本会長(左)と大﨑社長