
世界秩序が大きく揺らぐ中で
── 千代田化工は今回、2019年3月期に陥った債務超過からの復活を果たしたわけですが、その話を聞く前に、世界で仕事をする立場として地政学リスク、各国の政治状況など混沌とした現状をどう見ますか。
榊田 まず、日本では総選挙が行われ、第2次高市政権が発足しましたが、高市首相は打ち手が早いですし、何かを変えてくれそうだという期待が国民の間にあると思います。
物価高対策や社会保障、財政など様々な課題がありますが、やはり大きいのは外交安全保障だと思います。まさに今、日本にとって大きな自律・自立に向けての転換期です。
─ 同盟国である米国との関係をどう考えますか。
榊田 トランプ大統領との間で、日本は対米投資80兆円を行うと約束していますが、これは実行されていくでしょう。米国は特にモノづくりができなくなっています。サービス産業、ファイナンスで生きていこうというのが米国ですから、モノづくりの観点で頼りにするのは、西側諸国の中では日本とドイツです。その意味でも日本にとってはチャンスが来ています。
戦後、米国、英国、フランスなどが世界のルール、秩序をつくり、日本はそれに従ってきました。しかし今、世界の秩序が大きく変わろうとする中で、世界の新たなルールづくりを日本が主導する機会が来ているのではないかと思うんです。
─ この状況下を生き抜くには、日本にもしなやかでしたたかな戦略が必要ですね。
榊田 ええ。そのためには、特に経済で強くなることが非常に重要です。
再生計画実行後は赤字案件はゼロ
─ ところで今回、千代田化工は再生計画の中で三菱商事に発行していた優先株の償還を進めることを発表しましたね。この経緯を聞かせて下さい。
榊田 当社は2026年1月28日に、26年3月期の純利益を当初予想の225億円から、前期比3倍となる800億円になる見通しに上方修正を行いました。この純利益は1948年の創業以来の最高益です。
同時に、新たな資本政策も公表しました。当社は米国のLNG(液化天然ガス)プロジェクト等で大きな損失を出し、19年3月期決算で2149億円の最終赤字に転落、債務超過に陥り、その後再生計画をスタートさせました。
約33%を保有する筆頭株主の三菱商事から1600億円の投融資、三菱UFJ銀行から200億円の劣後ローンを受けて、債務超過を解消しました。その財務支援をこれから2年半の間に全額返済するというのが、今回の公表になります。
─ 進めてきた再生計画が実を結んできたと。
榊田 そうです。ただ、道は決して平坦ではありませんでした。2021年にはその10年前に契約した豪州の「イクシス」というLNGプロジェクトで長年の係争を終結させることにより200億円の損失を計上しました。
再生計画をスタートする前に受注した米国「ゴールデンパス」というLNGプロジェクトでは、共同事業体を組んでいたパートナー企業が破綻し、24年3月期決算で370億円の引当金を計上、158億円の最終赤字となりました。
25年11月にようやく契約の改定にこぎつけ、引当金が全額戻り、自己資本が積み上がったことで優先株償還に目途が付いたわけです。
今後は26年5月に決算発表、6月の株主総会で定款変更をして優先株の一部償還と、劣後ローン返済を行い、28年6月には優先株を全額償還する予定です。
─ 榊田さんは三菱商事時代から、千代田化工の件には関わっていたんですか。
榊田 17~20年、三菱商事の取締役会の一員、コーポレート側の代表取締役として管理する側で関わっていました。その私が千代田化工に入ったのは21年ですが、最初の取締役会で、過去の案件「イクシス」で損失を出すことになりました。過去のこととはいえ、やはり現役の役員が責任を取るべきだと考え、全役員の報酬をカットし、全員で再生に取り組むという決意を示しました。
─ 再生計画で心がけたことは何でしたか。
榊田 徹底的なリスク管理です。これにより再生計画を始めて以降の案件では赤字はゼロです。このことは、今回の最高益に大きく結びついています。そして、再生計画中に受注した超大型案件であるカタールの「NFE」LNGプロジェクトも順調に進んでおり、利益貢献しています。
また、国内の案件は極めて安定的で、ライフサイエンス関連ではワクチンなど医薬関連のプラントも堅調に推移しており、バイオ医薬品など、技術開発も進めています。
更には、脱炭素関連では、政府の補助金支援の付いたプラント案件も多く、また水電解・水素製造におけるトヨタ自動車との協業など、大いに期待しています。
最大の経営課題であった優先株の償還の目途が立ちましたから、今後は当社のパーパスである「社会の〝かなえたい〟を共創(エンジニアリング)する」の精神で成長戦略を進めていく考えです。
─ 赤字案件がなくなったのは大きいですね。以前のリスク管理とは何が変わりましたか。
榊田 前提として、事業を行う以上リスクは取らなければ成長はできません。その一方で、そのリスクをどう管理するかが大事だということです。
最も変わったのは、受注する際にコストやスケジュールを見る、お客様を見る、パートナーの能力を見るということを徹底するようにしたことです。すなわち入口管理なのですが、過去はこれらの点が甘かったと言わざるを得ません。
また、人員の最適配置を行い、モニタリングするということも行いました。プロジェクト遂行の途中で、少しでも「まずい」と思ったら、すぐに手を打ちました。このモニタリングについても過去は甘かった。
そしてプロジェクトマネジャーに全てを任せきりになっていたことで、経営にシグナルが来なかったことも反省です。一言で言うとプロジェクトのガバナンスを強化したということです。
─ 一方で、ガバナンス強化で締め付けてしまうと、チャレンジしなくなるという懸念はありませんか。
榊田 当初はその懸念もありました。社員からすれば「どうして、ここまでうるさいことを言われなければいけないのか」という感覚を持つのはわかります。三菱商事や三菱UFJ銀行から来た人間は、特にうるさいことを言いますから(笑)。最初は確かに嫌がられましたが、それを言い続けたことが今の赤字ゼロにつながっています。
ただ、先程申し上げたように、再生計画前に受注した案件は「入口」が甘かったため、どうしても後になって損失が発生してしまいました。
大型案件ではランプサム(一括請負契約、事前に決めた総額で費用を支払う契約方式)での契約はやはりできません。まして今は世界的な物価高ですから、そうした状況下で一括請負というのはありえません。
国内の小型案件は2、3年ですが、海外の大型案件は5~10年ほどと長期にわたりますから、リスク管理が甘いとどうしても赤字が出てしまいます。
まだ当社は自己資本が薄いですから、大きな案件を手掛けて、いい時はいいけれど悪い時には悪いというボラタイルな経営をやってはいけないんです。あまり大きなリスクは取らず、中規模のリスクはしっかり取るという形で仕事をすることが大事になります。
産業界で高まるエンジニアリングへの期待
─ 今、榊田さんはエンジニアリングの可能性、将来性について、どう感じていますか。
榊田 ますますエンジニアリング会社に対して期待される部分が高くなっているということを感じています。
今、どの業界も人手不足で、何か事業の計画をしようという時にも、自社だけではなかなか計画できなくなっています。また、技術の開発はできてもコマーシャルプラントなど社会実装に持っていくのも難しくなっているんです。
そういう時に当社がFS(Feasibility study=実現可能性評価)を行ったり、基本計画を立てたりというお手伝いをしています。こうしたお客様の計画を積み上げて、投資計画にまで組み上げていきます。
─ これまで培ってきたエンジニアリングの機能がさらに広がっていく?
榊田 そうです。過去はお客様から「こういう設備をつくりたい」というご依頼をいただいて、EPC(Engineering、Procurement、Construction= 設計・調達・建設)の引き合いをいただき、見積もりを出し、受注するという形でしたが、今はその上流と下流を広げようとしています。
─ 具体的にはどういった内容を考えていますか。
榊田 上流では先程申し上げたFSや基本計画に注力します。場合によって本来は事業主側が手掛けていた技術開発も我々がお引き受けすることも考えています。つまりプロジェクトの初期段階から当社が関与するということです。
また、下流では、事業主側には設備のメンテナンスをする人がいなくなっていますから、それを我々がお引き受けします。また、設備の診断、検査、AIを活用したオペレーション開発も手掛けます。プラントが完成した後の業務をお引き受けする形です。
要は上流から下流まで、一気通貫で手掛けることを考えているということです。ここまでできれば、最終的には事業への参画という形での関与も出てくるでしょうが、我々の会社の姿も変わってくると考えています。
今後も変わらず「人」中心の会社として
─ これまで会長として仕事をしてきた中で嬉しかったことはありますか。
榊田 やはり再生計画に一定の目途がついたことにホッとしています。正直、何十年か、かかる可能性はあると思っていましたが、業績の改善や、三菱商事との交渉で契約変更するなど様々な努力をしてきました。
─ 改めて、今のエンジニアリング会社には「つなぐ」機能、インテグレーター機能が求められています。
榊田 産業界からの期待は感じています。ただ、我々エンジニアリング会社のマンパワーにも限りがありますから、様々な工夫をして、海外のエンジニアリング会社や当社の子会社の活用、外国人人材の起用などもしながら、仕事をしていく必要があります。
─ 今、海外事業の比率はどれくらいですか。
榊田 足元では7割から8割です。ただ、優先株を償還する期間は国内事業の比率を高めたいと考えています。この期間は大きな仕事、大きなリスクを取ることは難しいですから、この数年は国内で足場固めをしたいと考えています。
─ 今、会長として社員にはどういう言葉で呼びかけていますか。
榊田 やはり当社のパーパスである「社会の〝かなえたい〟を共創(エンジニアリング)する」を繰り返し訴えています。
共創、共に創るということは、社会が何をしたいかを知るということです。例えば脱炭素をしたい、新たな時代に合ったサプライチェーンづくりをしたいという時に、それに貢献するためにエンジニアリングの力を使っていこうということです。
また、共創というのは、1人でやるよりもいろいろなパートナー、関連会社、協力会社など、様々な人達と共にやっていくということです。
1人では限界がありますから、様々な「人」との連携を進めていく。それをコーディネーションするのがエンジニアリング会社の役割です。
─ やはりエンジニアリング会社の財産は「人」ということになりますか。
榊田 完全に「人」です。AIなど最新技術は活用していきますが、やはりエンジニアリング会社が「人」中心の会社であることは変わりません。
最後になりますが、イラン中東情勢は混迷を極めつつあり、今回のインタビューが記事化される頃の状況は何とも予想がつきません。
沈静化を祈念し、世界がそれに向かって動いてくれることを期待するのみですが、当社の最大資産は人財であり、社員の安全を最優先とする方針は微動だにさせない所存です。