日本再興に向けて、経済人の果たすべき役割とは? 【 答える人 】アサヒグループホールディングス会長・小路明善

国と企業との関係 

 

─ 世界での政治的な動きが経済活動にも影響を与えます。国と企業の関係はどう考えればいいですか。 

 小路 日本は憲法9条を踏まえると、外交立国や科学技術立国を目指すためには、やはり経済が強くなくてはいけません。つまり経済が国力の根幹であり国家間外交の基盤でもありますので、日本の経済を強くしていくことが非常に大事なことです。デュアルユース(軍民両用)もアメリカのようにはいかないので、経済を武器にして、日本の成長を図っていくと。 

 具体的には、高付加価値創出型経済をつくり、循環させていくことだと思います。そのために、コストプッシュインフレからディマンドプルインフレへ持っていくと。そこにおいて、金融政策は非常に大事になります。高付加価値を得るためには、付加価値の高い商品サービス、新開発の商品サービスを生み出す必要があります。 

 われわれ企業は、固定費を削減して利益を出す企業経営をしてきましたが、これからは付加価値額をどう上げるかが大きな命題となっています。付加価値額は企業で言えば粗利を指します。付加価値の高い商品によって持続的に売上高を伸ばしていき、そこから原材料費を引いたものが粗利になります。 

 問題は、今、原材料費が為替安、円安で高騰していると。これを金融政策によって円安を止めるべきだと思います。 

 ─ 日本は長いこと円安、デフレ経済が続きましたね。 

 小路 ええ。ですから段階的に中立金利というものに向けて利上げをしていくことが必要だと思います。それによって今の160円近くになった為替を、110円、120円台に戻していくと。そうすることで、売上が増えれば粗利が増えていく。粗利が増えるということは、産業の付加価値額、さらに言えば日本経済の付加価値額が増えて、高付加価値創出型経済構造になっていくということです。 

 昨年の実質GDPは1.1%増で590兆円でした。国も経済界も、2040年に向けて名目GDP1千兆円を目標に掲げております。それはそれで目指すとして、大事なことは、例えばその1千兆円が高付加価値の商品やサービス、事業によって成り立っているかが重要です。いわゆるボリューム経済から質と価値の経済に転換しなければいけないということなのです。 

 ─ 実体経済で稼ぐ力をつけていることが大事だと。 

 小路 はい。今、優先度が高いのは、経済安全保障です。この経済安全保障の戦略的自立性と戦略的不可欠性という2つの分野はなかなか進んでいません。  

 例えば自立性でいえば、今、大問題になりつつあるエネルギーの問題。日本のエネルギー自給率はこれまで15%ほどでしたが、先のイラン戦争によって不透明感が出て来ています。ナフサが滞ったら企業は商品がつくれなくなります。原料高から材料の値上げが起きてきます。 

 日本は食料自給率も38%と低い水準ですから、これから世界がどう変わっていくか注視していかなければいけません。世界の人口は100億人に向けて増えていく中、食料を国外に頼っている状態では、生活が至らなくなります。 

 それから抗生物質、抗菌薬の原液、原薬はほぼ100%中国に依存しています。あまり表には出ていませんが、コロナの時に一時抗菌薬が品薄になって大変なことになりました。 

 日本はこういったさまざまな面での自立性において、10年近く数値が上がっていないことに強い危機感を感じています。 

 

日本再興に向けて

 

 ─ 今世界が分断、対立で混沌とする中、日本再興に向けてわれわれはどう考えていけばいいのか、小路さんの考えを聞かせてくれませんか。 

 小路 日本という国の新たな価値、付加価値をどう生み出し高めていくかが重要なポイントだと思います。 

 例えば日本の価値というのは、勤勉であるとか、安全であるとか、治安がいいとか、住みやすいといったことがあります。この付加価値を高めるとしたら、勤勉さが国民一人一人の成長にどうつながっていくのか、あるいは治安の良さや安心に暮らせる都市をどうつくっていくのかを考えていかねばなりません。 

 ─ 一方で地方は人口が減少し、東京一極集中という課題も抱えています。地方活性化はどう考えていけばいいですか。 

 小路 わたしは道州圏域制を早期に導入すべきだという考えです。廃藩置県後、現在の47単位の行政単位では経済はもう成り立ちません。既に九州や北陸あたりで地域連合がどんどんと進んでいます。こうした広域連携で経済をどう回していくかがポイントだと思います。 

 その広域連携の地域がある程度固まってきたら、今度はそこにスマートシティやスーパーシティをどう築くかを考える。そしてその都市の役割、都市機能、をどう持たせるか。例えば首都機能、国際都市、1次産業を育成する、成長させる投資、IT都市などいろいろな都市機能というのが出てくると思います。 

 ─ 各都市に役割を持たせると。 

 小路 ええ。人というのは、やはり魅力ある場所に移ります。東京一極集中をしているのは、20代から40代の人間が4割を占めます。この人たちは、教育を求めてというよりも、仕事の多様性がある場所を求めて、結局東京にまた戻ってくるということが起きています。 

 ですから、地方都市に魅力を持たせるべきです。魅力があれば、地元の大学から地元の企業に就職していきます。それを実現する方法として、道州圏域制の導入が必要だと考えます。2040年に向けて、1729ある自治体のうち消滅可能性都市は4割といわれていますから、急ぎやるべきだと思います。 

 消滅可能性都市の中の35%は、自発的な試みで付加価値が高まったところもあります。 

 ─ 自分たちの魅力を見直し知恵を絞り出していくときですね。今後、日本は世界でどのような国を目指していけば良いのでしょうか。 

 小路 あくまで産業人としてのわたしの考えですが、具体的には5つほどあります。 

 1つは科学技術立国。しかも常に世界に先駆けて最先端技術を満たす最先端技術立国を目指すこと。2つ目は投資無形資産立国です。国内外に向けて、政府も産業界も積極的に投資をして、事業の拡大を図っていくことが必要です。純粋投資でも結構です。無形資産としては国際特許を取って社会実装していき、また他国との連携をどのようにしていくかが重要です。 

 長いデフレ時代に、産業界は守りの経営に入り、剰余金がたくさんあります。わたしはこれをもっと国内外に投資に向けて、チャレンジするべきだと思います。チャレンジしないところに成果はありません。社員の成長がなければ、企業の成長もありません。 

 3つ目は、貿易立国です。日本は資源がありませんから、貿易によって輸出入で成長していくと。4つ目は外交立国です。今、高市総理が非常にいい外交をされていますけれども、総理のみならず、官民、さらに学も含めた外交が非常に重要になってくるんですね。 

 ─ 交換留学も広義でいえば外交の1つと言っていいですか。 

 小路 そうですね。専門用語でダブル・ディグリーといって、単位の互換制度があります。いくつかの大学ではアメリカの大学と単位互換制度をやっていて、海外の提携大学で単位を取れば自大学でも単位を取ったこととみなされます。産官学と政治も合わせ、積極的に海外との交流を深めていく外交立国を目指すことが必要だと思います。 

 5つ目は教育立国。やはり生涯学習は人間の成長にとって非常に必要なことです。本質的に人間は自らが成長することに喜びを覚えるんですね。 

 もちろん成功も必要です。しかし成功というのは、成長の結果として得られるものが成功であって、他力本願的に得られた成功では満足感は得られません。職業の能力も含めて、人間的にも成長し、結果を出すことで、皆から評価をされると。これが本当の成功だと思います。 

 ─ 成長していく過程が大事だと。 

 小路 ええ。本質的な成功を掴むために、常に人間は死ぬまで成長をしていくことが必要です。そういった教育立国ということに日本は力を入れていくべきだと思います。 

 これらのことを推進することで、日本の再興につながってくるのではないかと思います。

 

目指すべき方向性は? 

 ─ 小路さんは経団連で教育・大学改革推進委員会の委員長を務めてきていますね。教育についてはどう考えますか。 

 小路 大学も初等中等教育も、改革をしようと動き始めています。強い国づくりには高度専門人材が非常に重要です。先ほど申し上げた最先端の科学技術立国は、高度な専門知識を持った人材がリードしていくことになります。高度専門人材の育成は企業人になってからでは遅いのです。ですから大学教育改革が非常に重要になります。 

 さらに言えば、大学のみならず、初等教育をどう変えていくか。日本の初等教育はこれまで教える教育ですから、個を育み、磨く教育に変化させていくことが必要だと思います。 

 そのためには、探究心を持った子どもに育てていかないといけないと。ノーベル賞の朝永振一郎博士が同じことを言っていますが、小さいころから常に生活の中で疑問を持つことだと。なぜこれはこうなんだという疑問が探究心を育て、探究心が知識を育むというのです。 

 ─ 外交はどう考えていけばいいでしょうか。 

 小路 マルチラテラリズム(多国間主義)と、バイラテラリズム(二国間主義)という言葉がありますが、その両方をやらなければいけません。特にCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)は日本が主導してやってきました。こういった国々とも、マルチ外交を進めていかなければいけません。 

 例えば、李在明大統領が韓国から今年来て、高市さんとドラムセッションをやられました。しかし、韓国はまだ福島の原発の影響で日本の8県の水産物を輸入禁止にしています。同盟国でそのような状態は日韓関係についてもよろしくないと。 

 一方で韓国はCPTPPに入っていません。CPTPPは、加盟国全国が一致しないと加盟できませんので、日本が応援して韓国が加盟できるような状況をつくり、韓国は輸入水産物の8県の禁止を解除することができれば、日本と韓国双方にとって良いと。そういった二国間外交も非常に細かく見てやっていかなければいけないと思います。 

 ─ アメリカはどう見ていますか。 

 小路 イアン・ブレマーというアメリカの政治学者が「アメリカに振り回されるな」と言っています。今はアメリカファーストからトランプファーストになっているようにも思います。 

 高市総理の外交というのは素晴らしいと思いますが、ただこれからは是々非々でアメリカにもものを言っていかないと、アメリカに振り回されてしまうのは良くないと思います。日本が言うべきことはしっかりとアメリカに言っていくと。 

 それから、世界はアメリカ株式会社に支配されるような状況が出ています。トランプ大統領は、G7からG2、世界経済はアメリカと中国が主導すると言っているわけです。 

 日中貿易、日米貿易というのは非常に大きいですし、また防衛に関してもアメリカに頼らざるを得ないということなので、日米同盟関係は崩してはいけません。しかし、アメリカと日本の両方にとってメリットがあることを日本側から提案していかなければいけないと思います。