BMは「AI格差(AI divide)」の拡大を背景に、企業のAI活用を支える「AIオペレーティングモデル」を提示した。リアルタイムデータ、スケール運用、トラスト、ROIの可視化といった要素を統合し、AIを業務運営の中核に据える必要性を訴えた。

米IBMは5月5日~7日の期間でボストンのThomas M. Menino Convention & Exhibition Center(MCEC)において、年次カンファレンス「IBM Think 2026」を開催。本稿では「Power the agentic AI(エージェント型AIを駆動する)」と題した、IBM Senior Vice President, Software and Chief Commercial OfficerのRob Thomas(ロブ・トーマス)氏などによる、初日午後のキーノートを紹介する。

AI格差の拡大、企業間で広がるパフォーマンス差

最初に登壇したトーマス氏は、AIにまつわる企業を取り巻く環境について以下のような現状認識を示した。

「AI格差(AI divide)は現実に存在し、日々刻々と広がっています。S&P500企業の営業利益率は直近5年間で14%から17%へと上昇しました。今後19%が見えており、ごく少数の企業に集中していることは問題ですが、これほどの利益率の拡大は見たことがありません。さらに、モルガン・スタンレーによると、AIの導入企業は他社の2倍の利益率拡大を実現し、AIネイティブ企業は非AI企業の5~6倍の収益成長を遂げています。成功している企業は、単にAIの導入を増やしたのではなく、ビジネスの運営方法そのものを変えたのです」(トーマス氏)

  • IBM Senior Vice President, Software and Chief Commercial OfficerのRob Thomas(ロブ・トーマス)氏

    IBM Senior Vice President, Software and Chief Commercial OfficerのRob Thomas(ロブ・トーマス)氏

こうした状況は過去にも起きており、1800年代後半に電気が普及し、最初の用途は電球のみだったが、30年後の電動モーターによる組立ラインの登場こそが本当の電気の活用だとトーマス氏はいう。

同氏は「電球も価値はありますが、組立ラインこそが生産性を根本的に変え、産業構造を変革しました。同じことが現在の企業でも起きています。企業のAI活用の多くは、メールの要約や文書作成、会議準備などの“電球レベル”です。勝者となる企業は、現代版の組立ラインとも言えるエージェント群を構築する企業です」と話す。

では、なぜこうしたAIを活用できる企業と、できない企業の“差”が生まれるのだろうか?やはり技術的なものが関わってくるのか。その点について、同氏は「技術ではなく“オペレーション(運用)の問題"です。人と技術を組み合わせて、どのように運営するか。これが電球から組立ラインに進めない原因となっています」と指摘した。

AIオペレーティングモデルとは何か?構成する4つの要素

トーマス氏は、AIの活用に優れた企業は「何が起きているか理解できるか」「プロセスを自動化できるか」「それを全社にスケールできるか」「適切にガバナンスし、安全に運用できるか」の4つの要素を備えているという。

これを実行可能な形に整理すると、信頼できるリアルタイムの「インテリジェンス(Intelligence)」、そこから導かれる全社横断の「アクション(Action)」、エンドツーエンドで動く「運用(Operation)」、組み込まれた「信頼性(Trust)」の4つとなる。

これらを統合したものが、当日午前中のキーノートでIBM CEOのArvind Krishna(アービンド・クリシュナ)氏が触れた「AI Operating Model(AI運用モデル)」だ。

  • 「AI Operating Model(AI運用モデル)」のコンセプト

    「AI Operating Model(AI運用モデル)」のコンセプト

同氏は、AI運用モデルについて「AIでビジネス運営を変革するための決定版の指針です。しかし、多くの企業ではモデルは理解していても、実運用に落とし込めません。なぜか?それは単一のプラットフォーム/クラウドで完結することがないからです。現実は複数のモデル、環境、ハイブリッド、分散コンピューティングが混在し、常に変化していることから実装を難しくしているのです。重要なことは、どのAIを選ぶかではなく、既存の全環境でAIをどのように運用するかです」と強調した。

インテリジェンスの鍵はリアルタイムデータ

まずはインテリジェンスの部分から見ていこう。AI運用モデルでは、インテリジェンス(意思決定能力)が足がかりとなるが、データは分断してリアルタイムで取得されておらず、自社のAIモデルを学習していくためのコンテキスト(文脈)が欠落しがちだ。そうしたことから、インテリジェンスの実現にはデータの接続・理解・信頼性確保が不可欠とのこと。

  • インテリジェンスの実現にはデータの接続・理解・信頼性確保が不可欠だという

    インテリジェンスの実現にはデータの接続・理解・信頼性確保が不可欠だという

現在、リアルタイムデータは標準になりつつあるが、重要なことは適切なタイミングでの意思決定となり、実行可能なインテリジェンスでなければ、むしろ分断を拡大させてしまうという。そのため、IBMでは2025年末にオープンソースの分散ストリーミング基盤「Apache Kafka」ベースのデータストリーミングを手がけるConfluentを約110億ドルで買収している。

そして、トーマス氏に促されてConfluent Founder and CEOのJay Kreps氏が登壇した。同氏は、LinkedIn在籍時にApache Kafkaを共同開発しており、当時の課題はデータは常に生成されていたものの、分析はバッチ処理で行われていたことだったという。

  • Confluent Founder and CEOのJay Kreps氏

    Confluent Founder and CEOのJay Kreps氏

同氏は「結果が出たときには『顧客がもういない』では合理的ではありません。バッチ処理は、データが常に生成され続けるデジタルビジネスの時代において1960年代の遺物のように思えました。そこで私たちは、この状況をうまく活用できるシステムをどう構築すべきかを模索しました。最終的にこの経験がKafka、そしてConfluent誕生の原点となったのです」と経緯を話す。

Kreps氏がKafkaをオープンソース化した理由は、多くの企業に利用してもらうことでエコシステムを形成し、ひいてはリアルタイムデータは企業運営の基盤になると考えていたからだという。その後、Confluentを2014年に設立して商用化に乗り出し、クラウドサービスやガバナンスなどを強化している。

同氏は、フードデリバリーにおける顧客クレームをAIエージェントで処理(返金、再配送、不正判断など)するため、各システムからリアルタイムデータを取得し、顧客履歴や配送情報と統合してAIが判断・実行するデモを披露した。

披露後に同氏は「SQLと設定だけで実装が可能です。また、IBM watsonx.dataと連携し『問題の多い店舗は?』などの質問を自然言語で分析できる。このようにリアルタイムで行動し、その結果を理解するループが企業全体で回ることが重要です」と説く。

10億アプリ、AIエージェントの時代ではAI運用モデルが不可欠に

続いて、IBM Senior Vice President, Software Dinesh Nirmal(ディネシュ・ニルマル)氏が登壇し、AI運用モデルのアクション、運用、トラストついて説明に立った。ニルマル氏は開口一番に「なぜ、そもそもAI運用モデルが必要なのでしょうか?」と聴衆に呼びかけた。

  • IBM Senior Vice President, Software Dinesh Nirmal(ディネシュ・ニルマル)氏

    IBM Senior Vice President, Software Dinesh Nirmal(ディネシュ・ニルマル)氏

AI運用モデルが必要な背景として、ニルマル氏は今後5年間で10億のアプリケーション、さらに10~20億のAIエージェントが登場することが見込まれており、これらの管理が課題になる点を挙げる。

その際、エージェントを抑制するコントロールプレーンはどうするのか?エージェント同士はどのように通信するのか?誰がそれらのエージェントにアクセスするのか?どのようなデータにアクセスするのか?など考えるべき事項は多いのも事実だ。

また、今後5年間で企業内コードの50%をAIが生成し、その反面で脆弱性が40%増加することが想定されており、検出のみならず修復が課題となるほか、依存関係や影響範囲の把握が不可欠となっている。さらに、企業内での人間のアクセス1つに対し、120の非人間アクセスが存在するようになるため、権限管理やIAM(Identity and Access Management)戦略、ポリシー管理の方向性を定める必要があるという。

同氏は「だからこそ、AIオペレーティングモデルが必要なのです。これがこれからわれわれが直面する現実であり、今後5年間の企業の課題です。AIオペレーティングモデルなしでは、この世界では生き残れません。これが現実であり、すでに兆候は現れています」と断言。

こうした状況において、アクションを起こす際に「可視化(Visibility)」が重要なため「HCP Terraform powered by Infragraph」のパブリックプレビューを発表。Infragraphは、リアルタイムのグラフデータベースであり、ハイブリッドクラウド環境におけるインフラ、アプリ、セキュリティデータを可視化し、米国の対象ユーザーが利用できる。

  • 「HCP Terraform powered by Infragraph」がパブリックプレビューとなった

    「HCP Terraform powered by Infragraph」がパブリックプレビューとなった

アクションをスケールで回す「運用」の仕組み

自社のIT資産を可視化できたら次は運用だ。ニルマル氏は「企業では1つのアクションを回すのではなく、数百・数千のアクションをスケールで回します。それが運用です」と話す。

スケールでアクションを実行するには、理解する(Understand)、判断する(Decide)、実行する(Act)の3つの要素が必要となる。

同氏は「GDPR(EU一般データ保護規則)違反を検知した場合、まず原因を理解し、次に何をすべきか判断して実行します。こうしたユースケースに対して、有効なソリューションが『IBM Concert Platform』です」と説く。

Concert Platformは、アクションを運用として回すオーケストレーション基盤だ。たとえば、InfraGraphのデータを取得し、欠落しているコンプライアンス制御を提示することで、修正処理を実行(チケット生成・自動対応)する。対応完了後に、コンプライアンス回復を通知することを可能としている。

  • 「IBM Concert Platform」の画面

    「IBM Concert Platform」の画面

ニルマル氏は“アクション”を起点に可視化から「Understand、Decide、Act」の実行ループを示し、IBM Concertでアクションを大規模に回す“運用”に接続して説明していた。

トラストを実現する主権型AI基盤「IBM Sovereign Core」

トラストに関しては、IBM General Manager, IBM SoftwareのPriya Srinivasan氏が同日に発表されたAI対応主権管理ソフトウェア「IBM Sovereign Core」を解説。同氏は「デジタル主権の概念はデータの所在にとどまらず、オペレーションやAIそのものの主権へと拡張しています」と危機感を示した。

  • IBM General Manager, IBM SoftwareのPriya Srinivasan氏

    IBM General Manager, IBM SoftwareのPriya Srinivasan氏

Srinivasan氏は、オペレーションにおいてはプラットフォーム運用者の把握やコントロールプレーンの存在、オープン性、ハイブリッド対応、AIではモデルが動く場所、推論のガバナンス、データアクセス権などの領域にデータ主権の考え方を広げる必要があると言及している。

同氏は「一度設定して終わりというものではなく、継続的に実施、自動化され、かつ証明可能でなければなりません。しかし、多くのIT/セキュリティ対策は、ルールを決めて止まり、継続的に運用・証明できていません」と指摘。企業や市場が必要としているのは、監査可能、可観測性、置き換えが可能、オープンな点にあり、企業にコントロールと自律性をもたらすものだという。

その点、IBM Sovereign Coreはコントロールを企業の手に取り戻し、オンプレミス、エアギャップ環境、任意のクラウドなど選択した環境において、短時間で立ち上げ、デプロイが可能な基盤を提供するとのこと。

  • IBM Sovereign Coreの一般提供を開始した

    IBM Sovereign Coreの一般提供を開始した

Srinivasan氏は「何を動かし、誰がアクセスして、AIをどのように使うのかをすべて自分たちで決めることができます。好みのツールやモデル、サービスを使いながらコントロールを失うことなく、数時間でAIを有効化できます」と説明している。

そして、トラスト(信頼性)は設計段階から組み込まれており、システムの稼働初日からコンプライアンス要件を満たし、その状態は継続的に監視され、自動的に維持・証明される仕組みとなっている。AI活用を迅速に立ち上げながらコンプライアンスとレジリエンス(回復力)を維持しつつ、全体のコントロールを常に確保できる基盤というわけだ。

自社で運用・管理するコントロールプレーンにはAPIキーやパスワードなどの機密情報、暗号化・復号に使う暗号鍵、ID、アクセス権限などは自社の境界内に保持され、自ら設計・選択できる。また、境界の内側と外側に何を置くかも自由なため、利用した技術に応じてプラグインが可能なことに加え、必要であれば環境の移行を可能としている。

さらに、AIシステムは常に変化し、要件を満たし続ける必要があるため、自動コンプライアンスの機能を用意。最新リリースでは、160のコンプライアンスフレームワークが事前に組み込まれている。

  • 160のコンプライアンスフレームワークが事前に組み込まれている

    160のコンプライアンスフレームワークが事前に組み込まれている

加えて、Sovereign Coreを立ち上げれば、IBMの技術、サードパーティ、オープンソースなどを拡張性の高いカタログで選択でき、チームは迅速にAIの開発に取り組めるという。同氏は「開発者は生産性の高いツールを使うことができ、環境の外には出ない状態になります。結果として、AIエージェントやアプリを素早く構築できます」と、メリットを語る。

他方、AIの導入に際して考慮すべきものとして、ここ数年話題にのぼるROI(Return On Investment:投資利益率)の可視化も重要だ。

同社ではApptioをAI運用モデルに統合しており、AIジョブ全体や推論のコスト、トークン消費量、利用されているモデル、利用部門・アプリケーションなどを可視化・把握できるようにしている。

  • AI運用モデルにはApptioが統合されている

    AI運用モデルにはApptioが統合されている

AI運用モデルが実現する「信頼できる意思決定」

これまで、AI運用モデルのインテリジェンス、アクション、オペレーション、トラストを見てきたが、同モデルに必要なものは「Connected Systems(接続されたシステム)」だ。これにより、システム同士がどのように接続されているかを可視化し、理解できる状態とし、その出発点となるのがInfraGraphとなる。

次に「Trusted Outcomes(信頼できる成果)」として、企業にとって重要なことは単に意思決定して行動することではなく、その判断がコンプライアンス上で問題ないと言えること、リスクの観点からも正当化できること、監査に耐えうることになる。すなわち、自分たちの意思決定に責任を持てる状態にすることだ。

ニルマル氏は「冒頭でなぜAI運用モデルが必要なのかを話しましたが、その理由は明確です。これから押し寄せるシステムの複雑性、そして爆発的に増えるアプリケーションに対応するには不可欠だからです」と、その必要性を訴えた。

ここで、再びトーマス氏を壇上に呼び込んだ。同氏がAI運用モデルが顧客の課題解決に役立つのか?と問いかけると、ニルマル氏は「できます。30年の信頼と実績があるからです」と自信をのぞかせる。

  • 左からニルマル氏、トーマス氏

    左からニルマル氏、トーマス氏

同氏によると、30年前にデータ分野におけるプロセスで同様の経験をしているという。IBMはデータ分野において、過去30年にわたり可視化、運用、ガバナンス、分析といった段階を経て発展してきており、この経験をAI運用モデルに適用できると強調した。

ニルマル氏は「AI運用モデルは、30年前に当社がデータ領域で実現してきたことをAIに適用したものです。だからこそ、顧客を支援できるだけの信頼と実績があり、そこに大きな手応えを感じています」と期待を示す。

同氏の答えを受けた、トーマス氏は「AIの成熟プロセスを曲線で考えてみると、重要なことは試験導入、個別プロジェクト、プログラム化へと進み、AIを日常業務のオペレーティングモデルとして組み込むことです」と話す。

しかし、現状で多くの企業は部分的・個別対応であり、そこからオーケストレーション(統合運用)された状態へどのように移行するかが課題となる。

ニルマル氏は「ConfluentのKreps氏が話したように、複数のデータソースをどのように統合し、AIに活用できる形にするかが鍵を握ります。なぜなら、すべてはインテリジェンスから始まるからです。そして、多くの企業はこの点で苦戦しています」との見解だ。

そして、トーマス氏は「AIが本格的にスケールされて活用されるのはこれからです。そして、AI運用モデルはAI格差を埋めることにつなげ、現在IBMが最も注力している領域です。これが正しく機能すれば、すべての意思決定が改善され、組織内の業務が変革し、進化していきます。その成果は、現代版の『エージェントによる組立ライン』のようにビジネスにインパクトをもたらします」と力を込める。

最後に、同氏は「重要な問いは、AIを採用するかどうかではありません。自らの業務を再設計してリードする側になるのか、それとも取り残される側になるのか、どちら側に立つのかということです。つまり、可能性を現実の力に変えられるか否かが問われているのです」と述べ、キーノートを結んだ。