日本IBMは4月14日、開発中のエンタープライズ向け大規模システム開発で仕様駆動開発を本格的に適用するための、コンテキスト標準ソリューション「ALSEA(AI Lifecycle Shared Engineering Artifacts、アリーシア)」を先行プロジェクト向けに提供を開始した。同日には記者説明会が開催された。なお、同ソリューションの一般提供は2026年下期に予定している。

日本IBMが進める「AI for IT」と3つのAI駆動開発モデル

生成AIの進化により、コード生成やテスト自動化などの分野でAI活用は急速に広がっており、開発現場では個々の作業効率を高める手段として、生成AIを活用する動きが一般化しつつある。

同社では、AIなどの先進技術を活用してITのスピード向上や品質向上を実現するため「IT変革のためのAIソリューション(AI for IT)」を2024年から体系化。コード生成、テスト自動化、IT運用高度化、プロジェクト管理など、網羅的に開発のタイプやプロジェクトフェーズをカバーするソリューションを整備し、IT変革を支援してきた。

具体的にはAI関連製品・ソリューションを「AI戦略策定とガバナンス」「コード生成のためのAI」「テスト自動化のためのAI」「IT運用高度化のためのAI」「プロジェクト管理のためのAI」に体系化し、JavaやCOBOL、PL/1などさまざまな開発言語や要件定義、運用までのフェーズに適用を可能としている。

同社は、AI駆動開発を非エンジニア向けの「バイブコーディング」、高スキルなエンジニア向けの「ハイブリッド」、重要システムを開発・保守するエンジニア向けの「仕様駆動開発」の3つに区分している。この中でも、同社が注力するのが仕様駆動開発であり、AIエージェント駆動のエンタープライズ向け開発支援を行う「IBM Bob」の提供を3月に開始。

  • 「IBM Bob」の概要

    「IBM Bob」の概要

これにより、AI for ITは全方位・全局面・全開発タイプをカバーする形となり、システム開発は「人が主体」となる開発から「AIが主体」となり、人は設計・監督に集中する開発へと移行しつつあるとのこと。

なぜエンタープライズ開発では「仕様駆動」が不可欠なのか

日本IBM 執行役員 コンサルティング事業本部 インダストリーサービス&デリバリー統括の高橋聡氏は、エンタープライズ向けシステムの開発について「少数の優秀なエンジニアだけでプロジェクトを成功に導くことはできない、統制が取れたオペレーションや組織全体で品質を確保することをいかにカバーするかを考え、仕様駆動開発のコンセプトが生まれた。大規模プロジェクトにAIを全面的に適用し、成功させるためには仕様駆動開発を高いレベルで実現する必要がある」との見解だ。

  • 日本IBM 執行役員 コンサルティング事業本部 インダストリーサービス&デリバリー統括の高橋聡氏

    日本IBM 執行役員 コンサルティング事業本部 インダストリーサービス&デリバリー統括の高橋聡氏

一般的に、エンタープライズ向けの大規模システム開発では、組織的な体制、説明可能性を伴う合意形成、標準化された品質確保が前提となる。数百人規模・数年単位で進行するミッションクリティカルなプロジェクトにおいては、個人のスキルや即興的なAI利用に依存することは難しく、意思決定や成果物の品質が事業継続に直結するため、属人性を排した仕組みの構築が不可欠との認識が広まっている。

こうしたエンタープライズ特有の前提条件をふまえると、AIを本格的に適用するためには開発における判断や指示、成果物生成を組織として再現性高く統制する仕組みが求められるという。

そのうえで、同氏は「仕様駆動開発を高いレベルで実現するためには、IT部門が蓄積してきた形式知や有識者の暗黙知をコンテキストに変えて、AIに導入することが鍵になる。人間は設計書の不備や矛盾などを行間として読むことで補完するが、AIにはできない。誤ったコンテキストで指示を出すと、誤った成果物が生成されて手戻りが増大する。したがって、大規模プロジェクトでAIを適用するためにはコンテキストを適切にコントロールしてどのように、AIに導入するのかという点が非常に重要。ALSEAは、コンテキストエンジニアリングを高いレベルで実現するソリューションだ」と説明する。

  • 仕様駆動開発の成功のカギはコンテキストだという

    仕様駆動開発の成功のカギはコンテキストだという

仕様駆動開発を支えるコンテキスト標準基盤「ALSEA」

ALSEAは、日本IBMが蓄積してきた大規模システム開発のメソッドやノウハウ、標準プロセス、成果物テンプレート、ルール、ガイドを、IBM Bobが理解・活用可能なコンテキストとして体系化し、エンタープライズ向けAIによる仕様駆動開発のための標準基盤として開発を進めている。

  • IBM BobとALSEA

    IBM BobとALSEA

開発に必要な標準的なコンテキストをALSEAとして提供することで、AIを組織として正しく動かし、大規模プロジェクトにおいても全面的にAIが主体となり、人は設計・監督に集中する開発を可能にしている。

同社によると、仕様駆動開発をエンタープライズに適用する際のチャレンジとして、AIに精通した技術者の確保やAIに指示する開発者の経験・知識に成果物の品質が依存するという。

また、プロンプトが書面に残らずレビューによる合意形成・品質確保が困難で保守性に懸念があるほか、複雑な要件、さまざまな制約を考慮したアウトプットを出力させることが困難とのことだ。

その点、ALSEAは個々の作業量を極小化し、コンテキスト標準を提供することで品質の標準化と再現性を確保。さらに、プロンプトを仕様として可視化し、合意形成を容易にすることに加え、個社独自の標準ルールやセキュリティ基準に対応している。

  • エンタープライズ開発におけるALSEAの価値

    エンタープライズ開発におけるALSEAの価値

主な特徴は「成果物の品質均一化」「人間のワークロード削減」「大規模開発プロジェクトの対応」の3点だ。

成果物の品質均一化については、同社独自の大規模開発のノウハウ(開発指針、標準、ルールなど)をIBM Bobが参照する共通コンテキストとして提供し、開発者やチームごとの差異に依存しない、説明可能で再現性の高い成果物を生成。これにより、エンタープライズ環境で求められる画一的な品質確保を支援する。

人間のワークロード削減に関しては個別・都度の指示を最小化し、必要最低限の成果物に標準化することで、AI(IBM Bob)が主体で設計書、プログラムコード、テスト成果物を生成する。人間はレビューと判断に集中し、手戻りの防止やレビューの徹底を通じて、開発現場における負荷と調整コストの低減を実現するという。

大規模開発プロジェクトへの適用では、複数プロジェクトが同時に進行するエンタープライズ環境においても、標準化されたプロセスとプロジェクト管理を軸にサブシステム分割やハイブリッドクラウド環境への対応を可能にする。

  • ALSEAの特徴

    ALSEAの特徴

これらの特徴により、同社は経済産業省のDXレポートにおける「2025年の崖」で指摘されているレガシーシステムのブラックボックス化や、人材制約といった課題の解消を支援していく。

IBM Bob単体とALSEAの違いを示す開発デモ

続いて、日本IBM 執行役員 技術戦略 テクニカルリーダーシップ担当 副CTOの早川勝氏が、ALSEAのデモを行った。デモは「販売している製品のサポートページの開発」というシチュエーションとし、IBM Bob単体と、ALSEAを組み合わせたものを比較。

  • 日本IBM 執行役員 技術戦略 テクニカルリーダーシップ担当 副CTOの早川勝氏

    日本IBM 執行役員 技術戦略 テクニカルリーダーシップ担当 副CTOの早川勝氏

要件はニュース(最新情報の表示)、ダウンロード機能、返品・修理依頼、検索、管理、アクセス統計などで、保守する人はITに詳しくないことを前提とし、コンテンツの予約公開機能を含む。

まず、早川氏は「IBM Bob単体で機能要件、技術設計、外部設計を実施し、優秀なドキュメントを生成することはできるが、これは小規模開発の場合に限る」と話す。これを大規模開発を想定した場合、外部設計が巨大ファイル化して分業が困難となり、仕様の分散(別ドキュメント混在)、画面仕様の粒度・項目定義の不統一などで戻りが発生する恐れがあるという。

さらに、技術設計ではコンテキストが未指定のため技術選定が自由化し、エンタープライズ標準(サーバ側キャッシュなど)やトランザクション特性、リトライ設計などが反映されない恐れもあり、ファイル構成・記述内容・製品選定が実行のたびに揺らぎ、成果物がブレることが懸念される。

テンプレートとルールで実現するALSEAの開発プロセス

一方、ALSEAは開発者やプロジェクトマネージャー向けに、テンプレート、ガイド、コマンドの3種のコンテキストを用意。要件定義からテストまでのフルフェーズで提供し、個別プロジェクトへのカスタムが可能。最初に開発標準や設計標準などのルールを作成し、そのルールに従い成果物を自動生成することから、コンテキストの適用に深いスキルを不要としている。

  • ALSEAの基本的な操作フローと規定ドキュメント

    ALSEAの基本的な操作フローと規定ドキュメント

早川氏は「必要最低限の成果物に絞り、レビューの負荷は抑え、人間のレビュー前提で品質を保証するほか、プロンプトの最小化で工数が削減できる」と説明。ここからは、IBM Bobに仕様・ルール・成果物体系というコンテキストを与えた場合、大規模開発がどう変わるかを示す。

ALSEAを組み合わせたデモの流れは、要件定義、機能要件、非機能要件、技術設計、内部設計、機能設計、開発、テストの各工程の成果物を次工程のインプットに連携。ルール作成で標準ルールを生成し、企業の標準があれば差し込みや修正を可能としている。

  • IBM BobとALSEAでの作業フロー

    IBM BobとALSEAでの作業フロー

機能要件では、巨大ファイルを回避し、機能ごとにファイルを分割。ユースケース、ユーザーストーリーを整備し、非機能要件はIPA(情報処理推進機構)の「非機能要件グレード」を参照して可用性、パフォーマンス、サイバーセキュリティ、運用などを明確化する。

技術設計においては、ルールにトランザクション特性などを反映し、使用するプロダクトを指定してサーバ側キャッシュなどエンタープライズ標準を適用しつつ、アーキテクチャの選定理由を明示する。適切なファイル構造と考慮事項を盛り込んだ設計が最小のコマンドで生成される。

  • IBM BobとALSEAでの作業フロー

    技術設計の概要

外部設計はルール作りの概要、設計を生成し、不明点は開発者に問い合わせて明確化してベストプラクティスにもとづきAPI仕様、画面仕様などを適切なドキュメント体系で生成。完成度の高い画像も自動生成し、確実なレビューを可能とする。

実装では設計図に準拠したコードが生成され、完成は設計図とほぼ一致する形となり、レビューで確定した仕様がそのまま反映されるため、完成後の手戻りを抑制できるという。

  • 実装のイメージ

    実装のイメージ

さらに、BobとALSEAの組み合わせではプロジェクト管理の成果物についても対応しているほか、今後はSAPなどパッケージシステムへの対応も有効なため、順次対応を予定している。

最後に、高橋氏は「BobとALSEAは互いに補完し合うものだ。スーパーエンジニアのBobと、大規模なエンタープライズ向け仕様駆動開発ソリューションのALSEAが組み合わせることで、2027年以降にシステム開発プロジェクト全体に対する効果目標として、35%の工数削減、30%の期間短縮を目指す」と期待を示していた。

  • 35%の工数削減、30%の期間短縮を目指す

    35%の工数削減、30%の期間短縮を目指す

今後、同社はIBM Bobを活用しつつ、ALSEAを活用した仕様駆動開発をエンタープライズ向けシステム開発の標準基盤として定着させることを目指す考えだ。