
「野村證券、大和証券に肩を並べる存在に」─みずほ証券社長の浜本吉郎氏はこう強調する。法人向け営業では、証券大手5社中1位のみずほ証券だが、課題となっているのは各社が注力している「富裕層向け営業」。ここを挽回すべく、人員の増強など改革を進める。また、投資初心者などに対しては楽天証券やみずほ銀行との連携を強化し、裾野を広げていく考え。浜本氏が進める今後の戦略とは─。
市場の変動にも個人投資家は冷静
「日米の株式市場は史上最高値を付けているが、これには複合的な要素がある」と話すのは、みずほ証券社長の浜本吉郎氏。
世界経済は、引き続き高い地政学リスク、各国の実体経済の先行き不透明感などがありながら、日米の株式市場は史上最高値圏での推移が続く。なぜ、こういう状況になっているのか。
振り返れば、2025年4月3日、米トランプ大統領が日本に相互関税24%を課すと表明し、4月7日には日経平均株価は一時3万1000円を割れる事態となった。
この時は、トランプ大統領が打ち出した関税が、日本にとって現実のものになるかどうかが全くわからない、「真っ暗な闇に放り込まれたような状態」(浜本氏)だった。
ただ、新型コロナウイルスによる市場の停滞と比べると、あくまでに「人為的」なもの。トランプ大統領が「ディール」を仕掛けてくる人物であり、24%の相互関税は「アウトコース高めのボールが投げ込まれた」(浜本氏)と受け止められた。
その後、相互関税に関する不安材料が徐々に払拭され、各企業が業績見通しを出すなど先が見えるようになったことで、株価の底値が切り上がっていった。
そして、米国などの消費や賃金などファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が堅調に推移していることが大きかった。雇用の指標は悪化している一方で、AI(人工知能)やDXの影響で「生産性は変わらないか、むしろ上がっている」状況。
今年度の日本の企業業績は関税影響もあり前期比で減益の見通しだが、これがプラスマイナスゼロに近づくだけで、株価にとっては上昇要因になる。
こうした様々な材料を勘案すると、日経平均は年末に4万6500円から4万7000円という見通しになる。
注意すべきは世界に「過剰流動性」、つまり余剰資金が溢れていること。株式や不動産といった伝統的資産だけでなく、暗号資産(仮想通貨)を始めとした新たな資産に余剰資金が回っている。
日本では24年の「新NISA」開始以降に投資を始めた人も多い。24年8月に米景気の後退懸念から日経平均株価1日に4400円超下落するというショックを受けて、みずほ証券を始め、各社は対応に奔走したこともあった。
前述の今年4月の下落でも、みずほ証券では顧客への連絡を徹底し、相場の情報を伝えた。ただ、多くの投資家が24年8月の暴落を経験していたこともあり、狼狽売りや、信用取引で大きな痛手を被るといった事例は少なかった。
「NISAで投資している方々が積み立てを止めることは、ほぼなかった。価格下落で『口数を多く買える』と受け止めた方が多かった」と浜本氏。
それよりも「物価上昇を意識される方が多かった」と浜本氏。月々の支出がかさむため、NISAの積み立て金額を減らすといった人がいる一方で、「投資をしていないと将来、インフレに勝てない」という意識が、特に現役世代に浸透しており、投資を続けるという人が多かった。
楽天証券との連携をどう深めていくか
日本でも、多くの人々の中に投資が根付く中、その接点をいかにつくるかが重要。そうした中、みずほフィナンシャルグループは、みずほ証券を通じて、22年に楽天証券に出資。当初持ち株比率は20%だったが、現在は49%まで高まっている。
また、24年4月、共同出資で資産運用に関する相談業務を手掛ける「MiRaIウェルス・パートナーズ」を設立している。
「現役世代が平日午前9時から午後5時の間に店舗に行くのは難しい。スマートフォンやPCがメインだとすると、この分野を中心に取り組んでいく必要がある」(浜本氏)
みずほ証券から楽天証券への商品供給を進めてきているが、ECM(株式引き受け)で約50件、DCM(債券引き受け)で約40件、TOB(株式公開買い付け)の代理人が約10件といった実績が積み上がってきている。
特に「個人向け社債の分野で楽天証券さんが力を伸ばしている」と浜本氏。24年11月にみずほFGは楽天カードに14・99%出資しているが、25年6月、その楽天カードは個人向け社債を総額800億円発行。
みずほ証券は、そのうち300億円を引き受けた。募集期間は2週間だったが、100店舗で、約2000人の営業担当者が営業をかけて5日間で売り切った。
一方、楽天証券は同じグループということで、それまでの実績よりも金額を増やして190億円を引き受けた。楽天証券のウェブサイトなどを通じてプロモーションをしたわけだが、店舗、営業担当者ゼロで、何と4分半で売り切る結果に。
「正しく需要を見て、正しいプロモーションをして、正しいボリュームをきちんと推測すれば、非常に強力なチャネル」と浜本氏は手応えを感じている。
楽天証券の債券引き受け部署に、みずほ証券の元部長といった人材を送り込むなどして、両社の間で密接なコミュニケーションを取るようにしている。
今後は、みずほ銀行が持つ約2000万口座の顧客を、どう楽天証券と結びつけるか。もちろん、みずほ銀行でもNISAでの投資はできるが、「初心者の方にとっては、楽天証券のUI/UXが優れている」と投資の入口として、2年前から楽天証券に送客している。
みずほ銀行の行員は、それによって人事評価がプラスになるという形で制度面も変えた。
加えて、「デジタル空間でつながることが大事」として、みずほ銀行のインターネットバンキングサービス「みずほダイレクト」で楽天証券の口座開設ができるようにしたり、口座の残高も表示できるようになった。「今後、さらに利便性を高めていきたい」
そして25年11月から、みずほ銀行の強みである法人顧客の従業員に金融サービスを提供する「職域ビジネス」で、楽天証券の「職場積み立てNISA」のサービス提供を始める。
すでに、楽天証券ホールディングスが運営するPTS(私設取引所)にみずほ証券が出資するなどしているが、今後新たな取り組みも検討する考え。
今、三井住友フィナンシャルグループが総合金融アプリ「オリーブ」で先行。遅れ馳せながら三菱UFJフィナンシャル・グループが総合金融サービス「エムット」を開始した。
今後、みずほが楽天経済圏とのつながりを含め、どういった形で個人向けサービスをブランド、パッケージとして打ち出してくるかが注目されている。
富裕層向け営業をどう強化していくか
今、みずほ証券を始めとする大手証券会社は、いわゆる富裕層向け営業に注力している。その中で浜本氏は「この分野は、他社との競合の中で、一番遅れている分野」だとして、強化を進めている。
みずほ証券の個人向け営業部門の年度換算の純営業収益は、国内最大手の野村ホールディングスに対して3分の1の規模だというのが現状。
「預かり資産も、楽天証券と合算で約100兆円。野村HDさんの150兆円は簡単に追いつける数字ではない」としながら、まずは増益率で野村を含む他社に勝っていくべく、改革に取り組んでいる。
例えば現在、みずほ証券でリテール・事業法人部門長を務める常務執行役員の湯原裕二氏は野村證券出身。野村のチャネル改革を手掛けてきた人物で、この経験を取り込もうとしている。
また、個人の富裕層や事業法人は動かす資金も大きいため、証券会社からのアドバイス、ソリューションを求める傾向が強く、ここにいかに応えるかが大事になるため、この分野の人員を増強中。
浜本氏は「我々はまだ、従来の全方位型の店舗営業を進める傾向が強い」として、この転換を進める。例えば、日常の問い合わせはコールセンターの機能を高めることで対応。それによって「我々の生産性も、お客様の満足度も高まるはず」
顧客を訪問して世間話や相場の話をし、求められたアドバイスを会社に戻ってリサーチ部門から取得して送る─という形では1人あたり3時間ほどを費やすことになるが、高度化されたコールセンターで適切な情報を出すことができれば、1時間で10人の顧客に対応することができるという考え方。
元々、みずほ銀行は法人営業に強く、その情報も多く保有している。これを規制に沿った形で顧客の同意も得て証券側で共有することで、資産運用のコンサルティングに生かしていく。
これまで、みずほ銀行では個人営業と法人営業とは別々に活動してきたが、法人オーナーの資産運用といった個人と法人にまたがる領域にも注力。ここに向けては銀行、信託、証券、それぞれの専門性を生かして付加価値を付けていく。
野村證券の営業担当者は約5000人に対し、みずほ証券は約2000人。「いきなり増やすのは難しいが、例えば半期に50人ずつくらいは増やしていきたい」と拡充を急ぐ。
こうした取り組みによって個人向け営業部門の収益を高め、足元で1500億円程度の純営業収益を2000億円、3000億円に高めていくことを目指す。「我々は法人向け営業の収益では大手5社比較で1位。
個人向け営業でSMBC日興証券さんを捉え、大和証券さんに近づくことで、野村さん、大和さんに肩を並べることができる」と力を込める。
グリーンヒル買収の成果はどう出ているか?
みずほ証券の海外事業は、特に米国で強い。23年には、世界の投資銀行のリーグテーブルで10位に入るなど存在感を高めている。23年には米投資銀行グリーンヒルを買収し、投資銀行業務に力を入れているが、現在までにどのような手応えを感じているのか。
「米国ではみずほ、グリーンヒルで一体運営している。欧州ではまだ分かれているが、今後統合していく。M&A(企業の合併・買収)のマンデート(委任)獲得数も、1年前と比較して約6割増えている」
海外では例えば、米スニーカー大手のスケッチャーズのMBO(従業員による買収)といった大型案件も手掛けられるようになっている。
さらに、米国で企業の売買案件のリストが積み上がっている。以前であれば、日本企業から米国で買収をしたいという相談があった際には、そこから共同で探索したり、他の大手投資銀行に相談するなどしていたが、今はグリーンヒルから、すぐに案件リストが出てくる。
「日本企業のクロスボーダー案件が非常に活発化している。以前は相談がなかった日本の大手企業からのパイプラインも増えている」と浜本氏。
特に今、日本の大手企業は資金の余剰を抱えている他、PBR(株価純資産倍率)で1倍以上を確保しようと、各社が企業価値向上に取り組む中で、M&Aも活発化している。
「日本企業に対するM&Aのパイプラインは、これまでにないくらい多い」。みずほ証券の投資銀行部門の収益も高まる見通しで、「グリーンヒル買収の効果が出ている」と話す。
25年7月に英国の再生可能エネルギー分野専門のM&A助言会社であるオーガスタの買収を決めたが、今後さらなる買収を進めるというよりは、「武器は揃った。今後は各分野の責任者が国境を超えて議論し、本当の意味での一体化を進めていく」
投資銀行部門で得た情報やニーズを、ファイナンスやリスクヘッジといった形で事業や部門を超えてつなげていき、総合的なソリューションとして提供していく考え。
地域、事業の責任者が、グローバルで自らの事業に責任を持って見ていくという地域とビジネスの縦軸、横軸を組み合わせた「マトリクス経営」を展開することで、グリーンヒルとの一体性を高め、より収益力を向上させていくことを目指す。
今、みずほ証券は強いところをより強く、弱いところを埋める取り組みを進めている。この成否が野村、大和に伍していけるかの分かれ目となる。