アニコム先進医療研究所、麻布大学、京都大学の3者は、長崎県・対馬でイエネコとの交雑が危惧されていた“尾の短いツシマヤマネコ”1匹と、比較対象となる“通常のツシマヤマネコ”15匹の全ゲノム解析を実施。その結果、どのツシマヤマネコからも、イエネコとの近年の交雑を示す証拠は認められなかったと、9月1日に共同発表した。

  • (左)対馬で撮影された短尾のツシマヤマネコ。(右)短尾のイエネコ (出所:共同ニュースリリースPDF)

    (左)対馬で撮影された短尾のツシマヤマネコ。(右)短尾のイエネコ (出所:共同ニュースリリースPDF)

同成果は、アニコム 研究開発課の松本悠貴研究員(麻布大 データサイエンスセンター兼務)、京大 野生動物研究センター 分子保全研究部門の村山美穂教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、生態学および保全生物学分野を広く扱うオープンアクセスジャーナル「Global Ecology and Conservation」に掲載された。

尻尾が短いツシマヤマネコ、何が問題なのか

対馬にのみ生息する野生のツシマヤマネコ(ネコ科ベンガルヤマネコ属)は、環境省レッドリストにおいて絶滅危惧IA類(CR)に指定されるとともに、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」に基づく国内希少野生動植物種に指定されている希少動物だ。環境省による最新の生息状況調査では、上島には約90〜100頭の定住個体が生息すると推定され、下島では少なくとも17頭が確認されている。

ベンガルヤマネコとイエネコは交雑可能であり、対馬にはイエネコも生息していることから、ツシマヤマネコも遺伝的固有性の喪失が危惧されている。そうした状況下で、環境省などが実施した2024〜2025年の調査において、尾に異常が見られるツシマヤマネコが島内の複数地点で少なくとも3頭が確認された。

実態把握のため、環境省が3頭中の1頭を捕獲してレントゲン検査などを実施した結果、この個体の尾長は104mmで、オス成獣の一般的な尾長(245.0±20.14mm)のおよそ半分にとどまり、第9〜10尾椎付近より先の尾椎は明瞭に描出されなかった(検査後に放獣済み)。

こうした短尾などの尾の異常は、イエネコでは一般的な形質であるため、これらの短尾個体についてもイエネコとの交雑が懸念された。しかし、外見の異常だけでは、交雑に起因するものなのか、野生個体群内の変異や発生異常、あるいは外傷によるものなのかを区別することはできない。これは今後の個体群管理の判断に直結するため、ゲノム情報に基づく客観的な検証が必要とされていた。

そこで研究チームは今回、短尾個体1頭に加え、比較対象となるツシマヤマネコ15頭、対馬に生息するイエネコ5頭、大陸産のアムールヤマネコ4頭の計25個体について全ゲノム解析を行い、380万カ所の一塩基多型を比較することにした。

今回の研究成果

遺伝的な近縁性を調べる主成分分析では、短尾個体はツシマヤマネコの集団内に位置し、イエネコとの中間的な位置を示さなかった。また、祖先の遺伝的構成を推定するADMIXTURE解析や、別の交雑検出用の分析手法でも近年の交雑を支持する結果は得られなかったとした。母親からのみ受け継がれるミトコンドリアDNAに関しても、他のツシマヤマネコのミトコンドリアDNAと同一の型を共有していた。同様の傾向は、周辺で捕獲された他のツシマヤマネコ15頭でも一貫して認められたとした。

ゲノム上のホモ接合域から算出したツシマヤマネコの近交係数は平均0.585と、イエネコ(平均0.126)やアムールヤマネコ(平均0.172)と比べて著しく高い値であることが確認された。ただし、短尾個体の近交係数も0.587と、他のツシマヤマネコと同程度だったことから、特定個体固有の極端な近交度の高さのみで短尾を説明することはできないと結論付けられた。

また、イエネコの短尾やカギ尾の原因として知られる遺伝子「TBXT」および「HES7」においても、機能に影響すると予測される変異は検出されず、イエネコ由来の遺伝子変異では、この個体の形態異常を説明できないことが明らかにされた。

交雑の有無は、放獣の可否、飼育下繁殖への組み入れ、さらには個体群管理の方針決定といった、取り返しのつかない判断に直結する。今回の結果は、外見上の形態だけを根拠に保全上の判断を行う危険性を具体的に示すものとされた。

なお、ベンガルヤマネコ属において短尾個体を記載した報告は、今回の研究が初となる。過去の事例として、フロリダパンサーでは尾の異常が近交弱勢の指標として扱われ、異集団からの導入による遺伝的救済を経て異常の頻度が低下したことが知られている。絶滅に瀕した孤立個体群において、形態異常を記録・監視することの重要性を示す成果とされている。

対馬では今回、ツシマヤマネコとイエネコとの交雑は確認されなかったものの、短尾が生じた直接的な原因の特定には至っておらず、今後の課題とされた。複数地点で異常個体が確認されていることから、先天的・発生的な要因も推測される一方、カメラトラップの画像解析のみでは詳細な状態の把握が難しく、外傷に起因する可能性も否定できないとされている。

また、今回の研究手法は近年の交雑検出に優れる一方、より過去の交雑や、微量な遺伝的影響の検出には技術的に制限がある点も課題として挙げられた。今後は異常個体の捕獲・臨床検査・遺伝解析の継続的な調査に加え、糞などから得られるDNAを用いた非侵襲的な遺伝的モニタリング手法を確立し、個体群の健全性を維持・把握していく必要があるとした。

なお、今回の結果は、対馬におけるイエネコとの交雑や接触のリスクが存在しないことを意味するものではないと研究チームは注意喚起している。過去には、イエネコ由来とされるネコ免疫不全ウイルスへの野生のツシマヤマネコの感染事例も存在しており、感染症の伝播防止は依然として重要課題だ。

対馬市の「対馬市ネコ適正飼養条例」における飼いネコの屋内飼養の徹底や、不適切な給餌の防止といった適正飼養の推進は、ツシマヤマネコの固有性を守るうえで欠かせないとしている。