神戸大学は10月6日、太陽から放出される高速の荷電粒子流である太陽風プラズマの速度特性が、月面の帯電状態や静電気環境を左右する新たな仕組みを発見したと発表した。

  • 太陽活動に左右される月面帯電現象と、着陸探査領域における静電気環境のイメージ

    太陽活動に左右される月面帯電現象と、着陸探査領域における静電気環境のイメージ。(c) 月面静電気・放射線調査チーム (LERIT)(出所:神戸大Webサイト)

同成果は、神戸大大学院 システム情報学研究科の中園仁大学院生、同・三宅洋平准教授、ノルウェー・オスロ大学のWojciech J. Miloch教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国地球物理学連合が刊行する太陽-地球システムなどの宇宙物理を扱う学術誌「Journal of Geophysical Research: Space Physics」に掲載された。

持続可能な月面活動に向けて不可欠な成果を発表

アルテミス計画では、2030年代には月面に恒久的な有人活動拠点を建設し、長期的な探査を行うことが計画されている。そのためにも、月面環境の詳細な調査は不可欠だ。月面が高真空であること、それぞれ約2週間続く昼夜では300℃近い表面温度の寒暖差があること(日中が約110~120℃、夜間は約-180~-170℃)などはよく知られた事実だが、地球で生活する我々からは想像しづらい月特有の環境要素もあり、その1つが「特殊な静電気環境」である。

大気がほぼない月面には、宇宙空間から絶えず高速の荷電粒子集団である宇宙プラズマが降り注いでいる。宇宙プラズマが月面に入射すると、その電荷が月を覆う細かい砂の堆積層であるレゴリスに取り込まれ、月面は静電気を帯びる。これが「月面帯電」だ。

宇宙ではこの静電気自体が、探査機器を危険にさらす要因となる。加えて、月面では帯電したレゴリス粒子が探査機器に付着・侵入することで、その影響はより深刻化する。さらに、有人活動拠点の内部に侵入すれば、宇宙飛行士の健康にも関わる。つまり、月面静電気環境の予測と評価は、宇宙活動の長期化や、月面での人間社会の形成に伴って顕現化する新たな環境科学課題なのである。だが、月面の静電気環境は、宇宙から降り注ぐ宇宙プラズマの動態(エネルギーや流束の時間変動)に支配されており、その変動の効果を含めた静電気環境の把握は、人類が長期探査活動を行うには現状不十分だ。

そこで研究チームは今回、物理法則に則った大規模計算機シミュレーションを多数回実施し、数多くの荷電粒子の集団挙動とそれが作り出す月面の静電気環境を調査したとのこと。同調査では、起伏に富んだ月面において広く存在すると考えられる窪んだ地形の内部に蓄積される静電気量が、スーパーコンピュータを用いた物理シミュレーションにより検証された。

月は地球の周りを公転する期間の7割で太陽風プラズマにさらされる。この太陽風プラズマを構成するイオンと電子の通常時の運動状態は、イオンが直進性を持つ一方で電子は四方八方に飛び交っており(多方向性)、互いに大きく異なる。しかし、これらの粒子運動の直進性と多方向性の度合いは、太陽活動や太陽風の状態(特に速度)に応じてさまざまに変化する。今回は、100回を超えるシミュレーションを実施することで、多様な太陽風速度条件に対する窪み地形底部の蓄積静電気量が調査された。

その結果、太陽風速度が非常に「遅い条件」と非常に「速い条件」では、顕著な静電気の蓄積は見られなかったといい、それらのどちらにも当てはまらない「中間の速度条件」においてのみ、窪み地形底部に顕著な正電荷の蓄積が認められたとした。これは遅い条件ではイオンと電子の両者が窪みの内部に侵入できないのに対し、中間の速度条件ではイオンのみが窪みの内部に侵入できることに起因するものだ。

  • 太陽風流速に依存した荷電粒子の底面到達度

    太陽風流速に依存した荷電粒子の底面到達度。中間の速度条件ではイオンが底面に到達するが、電子は到達しにくく、その結果、底面に強い正帯電が生じる。(出所:神戸大Webサイト)

ちなみに速い条件では、イオンと電子の両者が窪みの内部に侵入できるため、互いに電荷を打ち消し合い、底部の電荷蓄積は抑制される。また、平均的な太陽風パラメータとされる毎秒400kmの流速、10電子ボルトのプラズマ温度は、今回分類した3つの条件の中では、中間の速度条件に対応するとのこと。この条件では、プラズマデバイ長(およそ10m)未満の小さな開口部を有する窪みの底部において、最大で+700Vの電圧に達する可能性も示されたとした。

  • 底面電圧の太陽風流速依存性

    底面電圧の太陽風流速依存性。「遅すぎず」「速すぎない」速度条件で窪み底面の正帯電は卓越する(赤:正帯電、青:負帯電)。(出所:神戸大Webサイト)

月に普遍的に存在する窪み地形底部の特異な帯電事象が示された今回の研究成果は、月面を滑面とみなす従来の帯電物理描像の刷新を促すものだ。同時に、太陽活動の変動やそれに伴う宇宙プラズマ動態と、月面静電気環境のつながりを理解する上での重要な一歩となるとする。これらは、人類が今後月面で展開・運用する探査機器やインフラに対する静電気環境リスク評価や、月での持続的な人類活動に不可欠な「月面静電気ハザードマップ」の構築に役立つことが期待されるとしている。