ビジネス環境の変化が激しさを増す昨今。長期にわたり変わらないビジネスモデルで価値を提供し続けるのは困難だ。こうした課題は大企業でも変わらず、むしろ大企業だからこそ、既存ビジネスモデルの枠にとらわれずにスタートアップ企業との連携やオープンイノベーションによる共創、社内起業家の育成を強化している例もある。

富士通もそうした一社と言える。同社は2014年からハッカソンイベント「FUJI HACK」を開催している。「ハッカソン(hackathon)」とは、「ハック(hack)」と「マラソン(marathon)」を合わせた造語。異なる職種や業種の人材が数人のチームを作り、数日間かけて集中的に新規ビジネスを考案しプレゼンテーションに挑む。

このほど、富士通を中心に各業界をリードする複数の大手企業から多様な人材が参加し、「FUJI HACK 2025」が開催された。本稿では、最終日に行われた成果発表会の様子をお届けする。

  • 「FUJI HACK 2025」会場

    「FUJI HACK 2025」会場

富士通が開催したハッカソン「FUJI HACK 2025」

「FUJI HACK 2025」は2日間にわたり開催。富士通のグループ会社を含む複数業種の39社から、計77人が20チームに分かれて参加した。

今年の開催テーマは、「地球丸ごとデジタルツインで、2030年の社会課題を体感し、再設計せよ」。2030年の社会を想像し、生活者体験やウェルビーイングの向上、責任あるサプライチェーン構築を題材として、デジタルツインの活用が検討された。

Day1ではまず、さまざまな企業から集まったメンバーがチーム作りを実施し、テーマに沿って課題を整理した。ここで、新規ビジネスにつながるアイデアが出され、具体的な方向性の検討やプロトタイプの構築が進められた。

Day2では成果発表会に向けて、アイデアの磨き上げと発表スライドのまとめなどが行われた。予選となる成果発表会を勝ち抜いた6チームが、決勝発表会へと進出。決勝に進んだチームは、審査員および他の参加者に向けてピッチを行った。

  • ピッチコンテストの様子

    ピッチコンテストの様子

上位入賞チームの白熱のプレゼンをお届け

Day2は、1チーム4分間のピッチによる、成果発表会が行われた。審査基準は、アイデアの独創性やおもしろさによる「チャレンジ度」、課題の目の付け所による「課題発見度」、ユーザーの共感や驚きを生むかを評価する「ワクワク度」、審査員に事業化したいと思わせるかが基準となる「ソワソワ度」、プロトタイプの完成度による「ギーク度」の5つ。

富士通 執行役員専務の福田譲氏、パーソルイノベーション lotsfl 代表の田中みどり氏、IncubeX Studio社長の明石宗一郎氏、Cynthialy CEOの國本知里氏の4人が審査員を務めた。なお、決勝戦では各審査員が選ぶ審査員賞と、参加者全員の投票で決まるFUJI HACK賞が選出された。

福田譲賞:想像力を育てる子ども主導の"ユメ"革命

子どもたちは親や友達の影響を強く受け、自分が本当に興味を持っていることや好きなことに気付く機会は意外と少ない。ここに目を付けたのが「こどもAI」チーム。5~8歳の子どもとその親をターゲットに、子どもの気持ちが毎日1本の夢の物語になるサービスのプロトタイプを開発した。

  • 「こどもAI」チームのプレゼン

    「こどもAI」チームのプレゼン

このサービスでは、まず子どもがバイタルデータを取得するためにウェアラブルデバイスを装着する。そこで取得したデータと1日の行動を分析し、子どもの好奇心と興味を可視化。子どもが好きだと感じている映像を処理し、パーソナライズされたコンテンツを提供する。また、好きなことを体験できるイベントや教室と連携し、体験機械の提供も見込めるという。

  • 「こどもAI」チームのビジネス概要

    「こどもAI」チームのビジネス概要

  • ビジネスモデル

    ビジネスモデル

福田氏は「予選と決勝でプレゼンターが変わっていたので、チームの発表内容に自信を持っていると感じた。日ごろから、今後の日本では量より質で勝負するしかないと感じていたが、このプレゼンはエモいビジネスに対しテクノロジーの裏打ちもあった点を評価した」と述べていた。

  • 富士通 執行役員専務 エンタープライズ事業 CEO 福田譲氏

    富士通 執行役員専務 エンタープライズ事業 CEO 福田譲氏

田中みどり賞:デジタルツインでキャリアを活性化

「整えラボ」チームは、幸福度を多様な要素で可視化できる未来を想定し、キャリアの意思決定を支援するソリューションを考案した。ターゲットとなるのは、選択肢が多様化する中でキャリアを考える20~30代のビジネスパーソン。または、人材が安定しない企業の人事担当者など。

  • 「整えラボ」チームのプレゼン

    「整えラボ」チームのプレゼン

具体的には、デジタルツイン空間で3カ月間のインターンシップが可能なサービスを提供する。これにより、転職検討先の文化や空気感を体験し、入社後のギャップを低減する。業務の条件やスキルのマッチングにとどまらず、転職希望者の幸福度や満足度による意思決定を支援するという。

  • 「整えラボ」チームのビジネスモデル

    「整えラボ」チームのビジネスモデル

他の悩みに対するサービス展開も考えられ、自治体・行政向けのサービスとして移住の活性化やミスマッチ防止などにも応用可能とのことだ。

田中氏は「私はパーソルでキャリアの未来について考える立場にいるが、このサービスは不確実性が高い時代において疑似体験を提供してチャレンジのハードルを下げることができると思う。ぜひ具体的な体験内容をこれから一緒に考えたい」とコメントしていた。

  • パーソルイノベーション lotsful 代表 田中みどり氏

    パーソルイノベーション lotsful 代表 田中みどり氏

明石宗一郎賞:自分らしいキャリアを応援する「Dr.J」

「人生ガチャUR確定」チームは、あらゆる暮らしがデジタルツインで再現され、AIが最適な学びや行動を提案する社会を想定し、仕事体験をシミュレーションするプラットフォーム「未来博士 Dr.J」を提案した。

  • 「人生ガチャUR確定」チームのプレゼン

    「人生ガチャUR確定」チームのプレゼン

このサービスはデジタルツイン技術とVR(Virtual Reality:仮想現実)技術を使って、没入感のあるリアルなデモ環境を提供する。仕事をリアルに体感することで、自律的なキャリア選択を支援する。

  • 「Dr.J」デモ画面

    「Dr.J」デモ画面

  • 「人生ガチャUR確定」チームチームのビジネスモデル

    「人生ガチャUR確定」チームのビジネスモデル

明石氏は「現実的なアイデアで、事業として販売しやすい。この領域はスタートアップや競合も多いので、大企業ならではの力を発揮できればうまくいきそう」と評価した。

  • IncubeX Studio 代表取締役社長 明石宗一郎氏

    IncubeX Studio 代表取締役社長 明石宗一郎氏

國本知里賞:100日トラウマ克服プログラム「Remembrance 100」

「リメンバー☆ミー」チームは、100日間のトラウマ克服プログラム「Remembrance 100」を提案した。このチームは、2030年には生成AIの高度化によりAIチャットボットや個人AIサービスが提供され、仮想現実への依存が社会問題になると予想したという。

  • 「リメンバー☆ミー」チームのプレゼン

    「リメンバー☆ミー」チームのプレゼン

仏教においては、故人の死後100日目に百箇日法要(ひゃっかにちほうよう)が行われる。この法事から着想を得て、100日間でAI依存から脱却し、悲しみから立ち直るソリューションを考案した。

ソリューションはフェーズ0からフェーズ3に分けて提供。各フェーズを通じて、徐々に仮想世界ではなく現実世界を実感する体験の割合を増やす。バイタルセンサーや故人AIとのチャットログから依存スコアを可視化し、このスコアに応じて100日間のプログラムをAIが提案する仕組み。

  • 「Remembrance 100」のサービス概要

    「Remembrance 100」のサービス概要

  • 「メンバー☆ミー」チームのビジネスモデル

    「メンバー☆ミー」チームのビジネスモデル

國本氏は「生成AIやバーチャルヒューマンのサービスを考える中で、これから依存性が社会課題になっていくことを実感している。Remembrance 100は提供するソリューションが明確で、今後の課題解決に期待できる」と評価した。

  • Cynthialy 代表取締役 CEO 國本知里氏

    Cynthialy 代表取締役 CEO 國本知里氏

FUJI HACK賞:「Dr.J」が審査員賞とダブル受賞

会場参加者による投票の結果、明石宗一郎賞を受賞した「人生ガチャUR確定」チームがFUJI HACK賞を受賞した。

優勝したチームメンバーからは「さまざまな業種の企業から人材が集まったが、それぞれの得意分野を各メンバーがしっかりやりきったことが結果につながった。Day1でプレゼンの方向性が定まらずに不安だったが、Day2までに議論を重ね、Day2ではプレゼンと資料作りに集中できた」とのコメントが届いた。

また、「今回のハッカソンは、2030年の未来社会で実現したいサービスではなく、2030年の社会で起こっている課題に対し解決するソリューションを提供することがテーマだった。そのため、普段は考えないような問題の次の問題まで考えることに苦労した」とも話していた。

  • FUJI HACK賞を受賞した「人生ガチャUR確定」チーム

    FUJI HACK賞を受賞した「人生ガチャUR確定」チーム

なぜ、富士通はハッカソンイベントを開催するのか

福田氏はハッカソンイベント「FUJI HACK」を開催する理由について、「富士通自身がイントレプレナー(社内起業家)に困っているから」だと話していた。

2025年6月に創立90周年を迎えた富士通では、既存事業に対する慣性の法則が働き、新しいビジネスが生まれにくくなっているという。こうした課題がある中で、さらに新しいビジネスと価値を生み出し続けるために、同社はハッカソンイベントを実施している。

その他にも同社は4年前に新規事業創出プログラムを開始し、コーポレートベンチャーキャピタルやスタートアップ企業との連携にも着手している。社内からの新規事業を募集したところ、累計400人ほどの立候補(社内コンテスト参加)もあったそうだ。

「こういった取り組みが日本全体に広がればうれしい。将来的にはそこから新しいサービスの需要が生まれ、富士通が事業化する良い流れを作り出せたら」(福田氏)

  • 富士通 執行役員専務 エンタープライズ事業 CEO 福田譲氏