名古屋大学は、小マゼラン銀河(小マゼラン雲)内で、星々の距離を正確に測れる「セファイド変光星」の運動を調査したところ、今回と同じ研究チームが以前発表した同銀河の引き裂かれるような運動に加え、天の川銀河に近い星は北東へ、遠くの星は南西へと互いに遠ざかる新たな運動を発見したと5月16日に発表した。
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小マゼラン銀河のセファイド変光星の運動を矢印で可視化した図。矢印は約4,000個のセファイド変光星の速度を示す。矢印の色はセファイド変光星までの距離を示しており、近いほど緑色、遠いほど赤紫色で着色されている。緑色の星印は18万光年より近いセファイド変光星の平均位置を、赤紫色の星印は23万光年より遠いセファイド変光星の平均位置を示す。星印から伸びる太い矢印は、近いセファイド変光星と遠いセファイド変光星の平均的な運動方向を表す。図の上側が北、左側が東に対応
(出所:名大ニュースリリースPDF)
同成果は、名大大学院 理学研究科の中野覚矢大学院生、同・立原研悟准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
天の川銀河から約20万光年離れた小マゼラン銀河は、大マゼラン銀河(大マゼラン雲)と共に肉眼で見られる“衛星銀河”(天の川銀河の周りにある小さな銀河)のひとつだ。
研究チームは2025年4月、小マゼラン銀河の大質量星が同銀河を引き裂くように、北西-南東方向に逆向きに動いていると発表した。星の見かけの運動から速度を導出するには、星までの距離を把握する必要があるが、大質量星までの正確な距離測定は難しく、前回の研究では、すべての星が20万光年に位置すると仮定して速度が計算された。しかし、これには大きな誤差が含まれる可能性があった。
地球から星までの距離を正確に測定できる星のひとつに、セファイド変光星がある。この変光星は明るさが周期的に変化し、その周期と本来の星の明るさ(絶対等級)には一定の関係があるため、変光周期から本来の明るさを求められる。そして、見かけの明るさと本来の明るさを比較することで、星までの距離を正確に算出できる。
研究チームは今回、欧州宇宙機関(ESA)の位置天文衛星「ガイア」の観測データを用い、小マゼラン銀河内のセファイド変光星4236個を用いて、その運動を可視化することにした。小マゼラン銀河全体で個々の星までの距離を考慮した運動解析は、今回の研究が世界初となる。
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小マゼラン銀河で、奥行き方向の速度が測定された91個のセファイド変光星の分布図。背景には小マゼラン銀河の星が白で、91個のセファイド変光星は着色された円で示されている。円の色は奥行き方向の速度を表し、遠ざかる速度が赤いほど大きく、青いほど小さい
(出所:名大ニュースリリースPDF)
まず、ガイアによって奥行き方向の速度が測定された91個のセファイド変光星の分布が可視化された。これらの星は特に若くて明るく、そのうち36個は前回の研究成果の大質量星の北西-南東方向の運動と一致した。この運動は、南東に位置する大マゼラン銀河に小マゼラン銀河が引き裂かれていることを示すと解釈。さらに、大質量の運動と同様に、セファイド変光星でも小マゼラン銀河の銀河回転が見られないことも確認された。
その一方で、小マゼラン銀河のセファイド変光星の距離に応じた運動の特徴として、天の川銀河に近い星ほど北東に、遠いほど南西に向かって動く、大質量星とは異なる方向の運動も発見された。先行研究では、近い星が北東に動くことは示されていたが、遠い星が南西に動き、手前と奥で互いに逆向きに動いていることが発見されたのは初めてである。
91個のセファイド変光星の距離と奥行き方向の速度の相関係数は-0.095であり、距離と奥行き方向の速度がほとんど無関係であることが確認された。同変光星によって発見された北東-南西方向の運動は、大マゼラン銀河によって引き伸ばされるだけでなく、原因不明のまた別の作用によるものと研究チームでは解釈している。
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小マゼラン銀河のセファイド変光星の動きを矢印で可視化した図。運動の向きが矢印の色で表されている。銀河の南東には赤矢印が多く、南東に位置する大マゼラン銀河に向かっている。銀河の北西には水色の矢印が多く、大マゼラン銀河から遠ざかっている
(出所:名大ニュースリリースPDF)
小マゼラン銀河、大マゼラン銀河、そして天の川銀河の互いの重力による影響をシミュレーションした13年前の先行研究では、小マゼラン銀河において「星までの距離が遠いほど、奥行き方向の速度が大きくなる」と予想されていた。
しかし今回の研究によって、星の距離と奥行き方向の速度がほとんど無関係であることが示され、13年越しにシミュレーションの予想が覆された。この発見は、天の川銀河を含む3つの銀河の重力的な結びつきの歴史を再計算・再検討する運動を大きく促す成果になるとのこと。
小マゼラン銀河は奥行き方向に約10万光年も伸びているが、その形状はこれまで大マゼラン銀河の重力によるものと解釈されてきた。しかし今回の研究によって、それが間違いであることが明らかにされた。
天の川銀河とは反対方向に伸びていることから、原因は天の川銀河の重力の可能性もあるという。あるいは、さらに過去に起きた小マゼラン銀河と大マゼラン銀河の接近が原因である可能性も考えられる。この謎の解明には、新たなシミュレーションによる検証が必要としている。
さらに今回の研究では、小マゼラン銀河内で初めて距離を考慮した星の運動が解明され、前回の大質量星の研究で得られた、小マゼラン銀河を引き裂くような運動や、銀河回転の不在が再現された。13年前のシミュレーションでは、小マゼラン銀河が回っていると仮定されていたが、回転しない小マゼラン銀河を前提とした新たなシミュレーションを行うことで、観測との矛盾を解消する新たな理論の構築が期待されるとしている。