宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月8日、「H3ロケット」の開発状況について、記者説明会を開催した。すでに5機の打ち上げが行われているものの、それらはすべて“22形態”と呼ばれるコンフィギュレーションだった。現在、新たに“30形態”の開発が進められており、次の6号機で初実証が行われる予定だ。
5号機までの22形態は、第1段の両側に固体ロケットブースタを搭載するという、H-IIAロケットなどでおなじみのスタイルだったが、30形態は固体ロケットブースタがなく、3基のメインエンジン「LE-9」のみで打ち上げられる。日本の大型ロケットでは初めての試みで、ある意味、最も"H3らしい形態"であるともいえる。
H3のカタチをおさらい。30形態は低コスト化の切り札
H3ロケットは、2023年3月に打ち上げられた初号機が失敗したものの、原因を究明して対策を施した2号機が2024年2月に成功。これまで、4機連続での打ち上げ成功を達成している。22形態が順調に運用を継続している中、大きなチャレンジとして残っていた課題が、次の打ち上げとなる6号機の30形態である。
H3ロケットには、LE-9エンジンの基数と、固体ロケットブースタ(SRB)の本数によるバリエーションが存在する。基本となる22形態はエンジン2基とSRB2本、増強型の24形態は2基と4本という組み合わせで、最もシンプルな30形態はSRBなしでエンジン3基のみとなる。
30形態は第1段の推力のみで打ち上げるため、メインエンジンの数は1基増えるものの、固体ロケットブースタが不要になるため、大幅なコストダウンが可能となる。当初の計画では、2号機が30形態で「だいち4号」を打ち上げる予定だったが、初号機の失敗を受け、計画を変更。6号機でのデビューとなった。
H3ロケットの大きなウリである、「H-IIAの半額」という打ち上げコスト削減は、この30形態が実現するものだ。主に政府衛星の打ち上げを想定したコンフィギュレーションで、日本の自立性確保に貢献すると期待されており、H3ロケットの有田誠プロジェクトマネージャは「H3ロケットが新たな段階を迎える」と力を込める。
固体ロケットブースタなしという、システムレベルでの刷新を伴う打ち上げとなるため、6号機は試験機として位置付け、主衛星は搭載しない。その代わりに、打ち上げ性能を確認するためのダミーペイロード「VEP-5」(重量1.6トン)を搭載する。ただ相乗り機会は提供し、6機の超小型衛星を搭載するという。
同様にダミーペイロードを搭載した2号機でも、2機の超小型衛星が搭載されていたが、フェアリングの分離面に近かったため、衝撃レベルが大きいという課題があった。今回は、新たにリング状の超小型衛星搭載アダプタを開発。フェアリング分離面から遠ざけ、衝撃を緩和した。6号機では、この技術実証も行われる。
30形態は主に太陽同期軌道(SSO)への打ち上げで使われることになるため、6号機は高度580kmのSSOに投入する計画だ。第1段の燃焼時間は214秒。22形態の場合はだいたい300秒前後だったが、30形態はエンジンが2基から3基に増えるため推進剤の消費ペースが早く、そのぶん燃焼時間は短めになっている。
H3ロケットでは、衛星への負荷となる加速を抑えるため、機体が軽くなる終盤に、推力を約66%に絞るスロットリングを3号機から実施している。22形態だと、最後の20秒程度だったのに対し、推力が1.5倍の30形態ではスロットリングをより早く行う必要がある。6号機では、214秒の燃焼時間うち、最後の60秒がスロットリングになるという。
30形態の燃焼試験実施へ、機体把持装置の検証も
30形態は前述のようにシステムレベルでの大きな変更となるため、打ち上げ前に、種子島宇宙センターで実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)を行い、地上設備や機体の機能を検証する。実際の打ち上げと同じ手順で準備作業を行い、短時間(約25秒間)の燃焼まで実施することで、問題がないか最終確認するのがねらいだ。
CFTは初号機の打ち上げ前にも行われていたが、30形態での注目点は、ホールドダウンシステムである。これは、H3ロケットの根本付近の4カ所にある射座金具を上から押さえつけ、移動発射台(ML)に固定しておく装置だ。
22形態の打ち上げだと、固体ロケットブースタの重量があるため、メインエンジンを点火しただけでは機体は上昇しない。一方、30形態は3基のメインエンジンだけで上昇するのだが、推力が立ち上がる途中で上昇してしまうと、姿勢がふらつく恐れがあって危険なので、推力が大きくなるまで固定しておくのが、このシステムの役割だ。
実際の30形態での打ち上げでは、ロケット側のオンボードコンピュータがメインエンジンの燃焼圧をチェックしていて、規定値以上に到達したら、火工品の分離ナットに作動信号を出す。それによって、押さえつけていたアームが外れ、拘束が解除される仕組みだ。
今回のCFTは約25秒間の燃焼とはいえ、固定しておかないと飛び上がってしまうため、しっかり押さえつけておく必要がある。そのため打ち上げ時とは異なり、分離ナットは使わず、通常のナットで固定。間違っても拘束を解除しないようにする。
また、MLに追加された機体把持装置の検証も行う予定だ。これは、射点に機体を出す際、風で機体が揺れないよう押さえておくものだ。風による振動の問題は、特に22形態や24形態で影響が大きく、30形態では機体把持装置を使う必要はないのだが、CFTを極低温状態での検証機会として活用する。
CFTは、5月25日の夕方5時に機体移動を開始し、翌26日の朝7時に点火する予定。準備作業は実際の打ち上げと同様に進めるが、打ち上げ当日と違って予備時間は設けていないため、作業で何か問題が発生したときは、点火時刻がその分だけ遅れるので、見学に行く人は注意して欲しい。
LE-9タイプ2は完成に向け大きく前進
6号機で搭載されるLE-9エンジンは、2号機以降で使われているタイプ1Aのままであり、基数以外に変更はない。LE-9は、最終形としてタイプ2の開発が進められているところだが、この現状についても説明があった。
LE-9は開発が難航。液体水素ターボポンプ(FTP)のタービンで発生した振動が大きな問題となり、H3ロケットの初打ち上げは二度にわたって延期を余儀なくされた。これまでは、ロケットの運用開始を優先させるため、性能を抑えた形の暫定的なタイプ1とタイプ1Aを使用してきたが、LE-9が本領を発揮するのはタイプ2だ。
タイプ2では、FTPの振動問題を完全に解決し、比推力を2秒向上させるほか、初めて3Dプリンタ製の噴射器を採用する。タイプ1/1Aでは実績がある機械加工で製造されていたが、3Dプリンタを活用することで、さらなるコストダウンを実現する予定だ。
LE-9のタイプ2エンジンは、2024年6月〜11月に、種子島宇宙センターで5回、燃焼試験を実施。さらに角田宇宙センターでは、3Dプリンタ製の噴射器の試験も行った。これらの試験の結果、「性能(比推力)とタービン翼振動の問題を解決できる解が見えつつある」(有田プロマネ)という。
そして今月からは、種子島宇宙センターで再度燃焼試験を実施。そこで、最終的な仕様を確定した上で、完成に向けた認定試験へつなげる予定だ。
実際に何号機の打ち上げからタイプ2を適用することになるのかは、現時点では未定。本来であれば試験機である6号機で一緒に検証するのが理想ではあったが、残念ながら間に合わなかった。有田プロマネによれば、JAXA衛星の打ち上げ時に適用する方向で、現在検討しているところだという。
2025年度は、H-IIAの最終号機である50号機の打ち上げを皮切りに、3機のH3ロケットのフライトが計画されている。30形態の6号機のあと、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)初号機の打ち上げでは、初めて24形態が登場する予定で、まだまだ注目すべき話題が続きそうだ。