岡山大学は1月23日、健康食として近年注目されている古代米の「紫米(むらさきまい)」に含まれる、抗酸化作用やストレス緩和作用などの効果を持つ青紫の天然色素「アントシアニン」が、太陽光や宇宙放射線、紫外線(UV-C)から種子中の遺伝子を保護し、宇宙環境で米を長期保存できることを明らかにしたと発表した。
同成果は、岡山大 資源植物科学研究所の杉本学准教授、岡山大の前川雅彦名誉教授、福岡工業大学の三田肇教授、東京薬科大学の横堀伸一准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンス分野における放射線を含む宇宙環境による影響の全般を扱う学術誌「Life Sciences in Space Research」に掲載された。
米国航空宇宙局(NASA)が提案する「アルテミス計画」では、2030年代に月面に恒久的な有人活動拠点の建設を、そして2040年代には火星有人探査を行うことが目指されている。人類が地球から離れ、月や火星などの他の天体や、宇宙空間に長期間にわたって滞在したり、移動したりする場合、食糧自給のための作物の栽培や、宇宙での長期間輸送などを行う必要がある。月や火星は低重力であり、固有磁場もなく(弱い残留磁場は局所的に存在している)、大気もほとんどないか極めて薄く、地球とは環境が大きく異なるのはよく知られた事実だ。もちろん宇宙空間はいうまでもない。月や火星、宇宙空間では、太陽を起源とする荷電粒子や放射線、また太陽系外からの銀河宇宙線の影響が大きく、それらは生命にとって大敵だ。このような過酷な環境での保存や栽培に適した作物を開発するためには、植物の発生、成長、世代交代などに与える影響を調べることが必要であり、宇宙ライフサイエンス研究の中でも重要な課題の1つとなっている。
宇宙環境のうち、宇宙放射線やUV-Cを含む太陽光は、植物内で活性酸素種(ROS)を発生させて酸化ストレスを引き起こす。その結果、DNAや脂質、タンパク質、酵素などの生体高分子と反応し、DNAの変異や脂質の過酸化、タンパク質の変性、酵素の失活などを起こして細胞にダメージを与え、変異、生育阻害、死滅をもたらす。これまでに宇宙環境に曝露されたイネ、インゲン豆、トウモロコシ、ナズナなどの種子は発芽率の低下や生育異常が報告されており、宇宙環境で種子を安定に保存する方法が求められていた。
近年の健康志向の高まりと共に多くの人に食されるようになってきた紫米の種皮の部分に含まれているのが、フラボノイド(ポリフェノール)の一種である抗酸化物質のアントシアニンだ。研究チームは今回、そのアントシアニンに注目し、白米(T65)に交配技術で同化合物の合成遺伝子座を導入して紫米(T65-Plw)を作成。それを用いて、宇宙環境に対するアントシアニンの防御効果について検討を行ったという。
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所と、全国の大学などの研究者の共同プロジェクトとして、2015年から国際宇宙ステーション(ISS)でスタートしたのが、「たんぽぽ」計画だ(2024年時点で同計画の第6弾を実施)。これはISSにおいて、微生物や宇宙塵、有機物を採集、また微生物や有機物などを宇宙空間に曝露して微生物がどの程度生存できるか、有機物がどのように変成していくのかを調べる研究で、その第3弾(2020年10月30日から2022年1月13日まで)において、紫米と白米をISS「きぼう」実験棟の船外で440日間保存する実験が行われた。
その結果、太陽光に当てられた紫米の生育率(まいた種子のうち発芽し生育した種子の割合)は55%、白米は15%となり、紫米の生育率は白米より3倍以上高い値が示されたとのこと。また、遮光された状態では紫米の生育率は100%、白米は70%となった。続いて、種子に存在する発芽に重要な「貯蔵型mRNA」の損傷数を計測すると、太陽光に当てられた紫米では548個、白米では1590個、また遮光された状態では紫米は303個、白米は1546個だったとした。これらの結果から、紫米に含まれるアントシアニンが、種子中の遺伝子を太陽光や宇宙放射線から保護し生育率を高めることが明らかにされたとする。
人類が宇宙で長期にわたり滞在し活動する上で、植物は「食料となる」「酸素を作り出す」「癒やし効果を得られる」など、重要な役割を担う。研究チームは今回の研究成果について、宇宙環境での種子の保存や生育に適した植物の開発に不可欠な条件を得るための有用な情報を提供し、人類の宇宙開発への貢献が期待できるとしている。