スターライナーを放棄して帰還の可能性

こうした一連の出来事から、メディアではミッションの継続に悲観的な見方も流れた。ミッションを中断し、ウィルモア、ウィリアムズ両宇宙飛行士は別の宇宙船で帰還させ、スターライナーは無人で帰還させるしかないのでは、とも取り沙汰された。

これについて、NASAとボーイングは長らく、否定的な発言を繰り返してきた。

曰く、「選択肢としてはあるものの、現時点ではスターライナーで問題なく帰還させられると確認している」、「宇宙飛行士は宇宙に取り残されているわけではない」と、時には強い言葉で主張してきた。同時に、万が一ISSで非常事態が起きたときには、即座に宇宙飛行士をスターライナーに乗せて脱出させることも可能だとした。

ところが8月8日になり、NASAとボーイングは一転して、ウィルモア、ウィリアムズ両宇宙飛行士を別の宇宙船で帰還させる検討を行っていることを認めた。あくまでスターライナーによる帰還ができなくなったわけではないとしたうえで、9月に打ち上げ予定のクルー・ドラゴン宇宙船運用9号機(Crew-9)の乗組員を4人から2人に減らし、来年2月にウィルモア、ウィリアムズ両宇宙飛行士を乗せて帰還させる可能性があるという。

これに先立ち、NASAは8月6日、クルー・ドラゴンCrew-9の打ち上げを、それまで予定されていた8月18日から、9月24日以降へ延期すると発表していた。理由として、「ISSの運用の柔軟性を確保するため」、「スターライナーの最終的な帰還計画を検討する時間を確保するため」と説明されていたが、それがこの非常事態プランの検討のことだったのである。

ただ、この計画の実施には、いくつかの障壁がある。

クルー・ドラゴンに搭乗するためには専用の船内服が必要であり、また、スターライナーの船内服とは互換性がない。そのため、地上でウィルモア、ウィリアムズ両宇宙飛行士のため船内服をあつらえたうえで、ISSへ送らなくてはならない。

さらに、最近明らかになったところでは、スターライナーCFT-1の機体には自動操縦の機能がなく、無人でISSから離脱するには、ソフトウェアを更新しなければならないという。これはジャーナリストのエリック・バーガー氏がニュースサイトArs Technicaでスクープしたもので、8月8日になってNASAとボーイングがその報道を認める形で明らかになった。

スターライナーは2019年と2022年に無人での飛行試験を行っており、このときは無人でISSへのドッキングと離脱が可能な能力をもっていた。なぜ、現在の機体からそれが外されているのかは明らかになっていない。

  • クルー・ドラゴン

    クルー・ドラゴン (C) NASA

すでに影響も

はたして、スターライナーCFT-1がどのような結末を迎えるかはまだわからないが、すでにさまざまな影響が出ている。

もともとNASAとボーイングは、CFT-1が成功すれば、運用段階に移行し、2025年2月にも4人の宇宙飛行士を乗せて打ち上げることになっていた。しかし、現時点では2025年8月以降に延期となっている。

また、今回の問題の解決が長引く可能性もあり、原因究明が終わっても、改修や追加の試験などに時間がかかる可能性もある。さらに、これまでの度重なる開発の遅延や、飛行試験で問題が相次いでいることを鑑みると、また別の未知の問題が潜んでいる可能性も否定できないだろう。

今後、スターライナーの運用計画、ボーイングの財政、ひいてはISSの運用計画全体に、さらなる影響が及ぶことも考えられる。

また、これまでの遅延により、開発費も膨れ上がっており、ボーイングの業績に影響を与えている。CCDevプログラムは固定価格契約であり、NASAからは規定の金額が支払われるのみで、足らない分、つまりコストが超過した分はボーイングが自ら負担しなければならない。運用段階に入れば、NASAからISSへの宇宙飛行士の輸送に対して運賃が支払われ、利益が生まれるが、開発が終わらない限り、それも見込めない。最悪の場合、ボーイングが企業判断として、スターライナーの事業から撤退する可能性もありうるだろう。

もっとも、忘れてはならないのは、宇宙開発、とりわけ人が乗る有人宇宙船の開発は、きわめて難しいものであるということである。とくに、米国にとって新たな宇宙船の開発は数十年ぶりであり、民間企業が主体となって進めるというまったく新しい要素もあった。その挑戦の意義が失われることはない。

そのうえで、これまでのNASAとボーイングの行動には大きな疑問が残る。問題の調査、対処、復旧作業にあまりにも時間がかかりすぎており、一般・メディアに対する説明も不十分かつ首尾一貫していない。なにより、これまでの開発や無人での飛行試験などで起きた問題に対する原因究明のプロセス、再試験のプロセス、試験後の認定や飛行許可のプロセスにも、はたして正しく行われたのかどうかという疑問が残る。

有人宇宙飛行において最も重要なのは安全、すなわち宇宙飛行士の命である。米国はこれまでも、いくつもの過ちを犯してきた。今回のスターライナーのミッションや、今後のISSの運用がどうなるにせよ、宇宙飛行士が安全に地球に帰還できることを願いたい。

  • ISSに係留中のスターライナーCFT-1

    ISSに係留中のスターライナーCFT-1 (C) NASA

参考文献

Starliner Updates
NASA's Boeing Crew Flight Test - NASA
NASA likely to significantly delay the launch of Crew 9 due to Starliner issues | Ars Technica
NASA, Boeing Complete Second Docked Starliner Hot Fire Test - Space Station