海洋研究開発機構(JAMSTEC)は11月20日、新種新属新亜科のクラゲを発見・新種記載し、「セキジュウジクラゲ」(学名「Santjordia pagesi」)と命名したことを発表した。
同成果は、JAMSTEC 超先鋭研究開発部門のDhugal Lindsay主任研究員らの研究チームによるもの。詳細は、動物に関する全般を扱う学術誌「Zootaxa」に掲載された。
JAMSTECは、海底に眠る鉱物資源の採掘などに必要な環境影響評価や環境モニタリング技術の確立を目指し、さまざまなプロジェクトに取り組んでいる。そして現在注目しているのは、採掘などで特に影響が出やすいと考えられている閉鎖的環境である海底火山カルデラ内の生態系だという。これまで、JAMSTECが実施してきた多数の海底カルデラの調査対象海域の1つに、「須美寿(すみす)カルデラ」があるが、伊豆小笠原中部域(東京より南約460km)火山フロント上に位置し、直径約10km(東西方向)に達することに加えて、火口内海底は水深が1000m超というかなり閉鎖的な環境だとする。
これまでJAMSTECでは、須美寿カルデラの内外の比較調査を試みており、2002年には無人探査機「ハイパードルフィン」を使って、同カルデラ内の潜航調査を行い、不思議なクラゲを発見し採集することに成功したという。そしてそのクラゲの形態分類学的研究を実施した結果、これまで報告されたことの無い類の無い種であることが分かったという。しかし、採取は1匹のみだったため突然変異や被食歴による奇形などの可能性もあり得ることから、新種としての記載が先送りにされていたとする。
その後18年が経過し、2020年になって今度は無人探査機「KM-ROV」で同じ須美寿カルデラの調査潜航が行われた。その際に、同じクラゲ種と見られる2個体目が観察され採集にも成功したという。
遺伝子解析の後に、世界的な公共の塩基配列データベース「Genbank」で検索が実施された結果、同データベースには登録されていないことが判明。そこで今度は、南極海、カリブ海、日本海溝など、世界各地の海域で親戚の関係にありそうなクラゲの採集が行われ、遺伝子解析が実施された。その結果、最も近縁である仲間は大型の深海性鉢クラゲの「ユビアシクラゲ」、「デープスタリアクラゲ」、そして「ダイオウクラゲ」だったという。ただし、それらのクラゲ類はどれも傘に触手を有せず、口を囲むような口腕のみを有することを特徴としているが、今回の新種は傘縁には触手がないものの、傘縁と口腕の間の傘下に触手を有しておりその点が異なっていたとする。
次に近縁なクラゲ分類群は、今まで採集されたクラゲ種の遺伝子解析だけでは、はっきりとした結論が出せず明確なのはミズクラゲ科の仲間であるという点だけだったという。現在定義されているミズクラゲ科は複数の異なる科に新たに分ける必要があることも明らかとなったが、遺伝子解析するための標本がまだ採集されていない種も多く、その分類学的再検討はまだ見送るべきであるとされた。そのことから、今回の新種は新種というだけでなく新属よりも高次分類群である新亜科として分類されるべきであり、新種新属新亜科が定義された。
今回の新種は胃が真っ赤で、傘上から見た場合は胃が十字架の形に似ることから、ラテン語の属名は、赤い十字の聖ゲオルギウス(ドラゴン退治の伝承を持つキリスト教の聖人で、スペイン・バルセロナ市を含むカタルーニャ地方の守護聖人)十字をイメージした「Santjordia」とされ、和名はセキジュウジクラゲ属とされた。種の和名は同じくセキジュウジクラゲ(新称)とされたが、ラテン語の学名は若くて他界した、Lindsay主任研究員の師匠にあたるバルセロナ出身のクラゲ分類学者Francesc Pages氏にちなんで「pagesi」とされた。
セキジュウジクラゲは、何百時間の調査研究がさまざまな海域で行われている中、須美寿カルデラの内側でしか発見されておらず、希少種だという。海底に付着するポリプ世代が存在すると推定されるが、そのポリプが付着するのは露出している火山性海底熱水鉱床(硫化物)に覆われている岩の可能性もあり、ポリプ世代を発見できれば特異的に付着基盤を選択しているか否かの実験を実施でき、須美寿カルデラの海底資源の開発についてその環境影響評価に貢献できるという。また、新たな刺胞毒を有している可能性が高いセキジュウジクラゲだが、遺伝子資源としての同種が須美寿カルデラでしか観察・発見されていないことを考慮すると、さらなる調査研究が必要であると考えられるとしている。