大阪大学(阪大)は5月12日、脳梗塞後の神経機能障害を回復させる新たなメカニズムを発見したことを発表した。

同成果は、阪大大学院 医学系研究科 遺伝子幹細胞再生治療学の島村宗尚寄附講座教授、同・大学院 医学系研究科 臨床遺伝子治療学の森下竜一寄附講座教授、同・大学院 健康発達医学の中神啓徳寄附講座教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、多数の分野から脳循環とその疾患に関する全般を扱う学術誌「Stroke」に掲載された。

脳梗塞後の炎症を制御することは、脳梗塞の悪化を防ぐために重要とされているほか、神経機能障害の回復には残存した神経回路の再構築が必要であり、そのためには神経突起の伸長を促進させることが必要とされている。しかし、既知の炎症および神経突起伸長に関連する分子をターゲットにした治療法はいまだ十分ではなく、有効な治療法が確立できていないことから、脳梗塞の悪化を防ぎ、神経機能障害を回復できる治療法の開発が望まれているという。

「RSPO3」は分泌型糖タンパク質ファミリー「RSPO1~4」の1つで、ロイシンリッチリピート含有Gタンパク質共役型受容体「LGR4/5/6複合体」を介して、「Wnt/β-カテニン情報伝達経路」を増強することが知られている。LGR4/5/6受容体は幹細胞ニッチに発現し、腸上皮の再生やがんの進展に寄与することが広く知られていたが、近年になって、敗血症性肺損傷においてLGR4が肺のマクロファージに発現し、RSPO3とLGR4が結合することにより、マクロファージを介した炎症を抑制する作用もあることが報告されていたという。

脳にもRSPO3、RSPO1、LGR4が発現していることが確認されていたが、脳梗塞のような中枢神経疾患におけるRSPO3/LGR4シグナルの機能は不明だったが、Wnt/βカテニンシグナルには神経突起伸長や神経保護作用があることも知られていることから、研究チームでは、RSPO3/LGR4シグナルには脳梗塞後の炎症制御、神経突起の伸長を促進する可能性があることを想定。今回の研究では、マウス脳梗塞モデルにおいて、脳梗塞後の脳におけるミクログリア・マクロファージ、神経細胞に受容体LGR4が発現し、血管内皮細胞からRSPO3が発現することが見出されたという。

具体的には、RSPO3を脳梗塞1日目から脳室内に投与することにより、脳梗塞9日目の神経機能障害が改善し、「IL-1β」や「iNOS」など、炎症を促進させる分子の発現が抑制される一方で、神経突起伸長のマーカーの「GAP43」の発現が増加することが確かめられたとする。

また培養細胞の検討では、RSPO3が、「TLR2」、「TLR4」、「TLR9」を介した、脳にある免疫細胞「ミクログリア」からの炎症性サイトカインの発現を抑制して神経細胞死を抑制するとともに、神経細胞においては神経突起の伸長を促進させることが発見されたともする。

なお、今回の研究成果よりRSPO3/LGR4シグナルが、脳梗塞後の炎症を制御するとともに神経突起の伸長を促進させることにより、脳梗塞後の神経機能障害を改善することができる新たな分子機構であることが解明されたことから、研究チームでは、既知の分子をターゲットにした脳梗塞後の炎症制御では、現時点では十分な治療効果が得られていない状況を踏まえ、今回のシグナルをターゲットとした、新たな治療薬開発の可能性が示されたとしている。

  • 脳梗塞時の炎症の仕組み

    (1)脳梗塞になると障害細胞から炎症を惹起するシグナルがミクログリアに伝わり、(2)炎症性サイトカインが産生され、(3)神経細胞死が惹起される。一方で、(4)脳梗塞になると血管内皮細胞からRSPO3が分泌されるが、作用は十分ではない。(5)RSPO3を脳室内に投与しRSPO3を補充すると、RSPO3が受容体ミクログリアや神経細胞に発現するLGR4に結合してβカテニンの核内移行が促進され、(6)炎症性サイトカインの産生抑制による神経細胞死の抑制と、(7)神経突起の伸長が促進され、脳梗塞後の神経機能障害が改善される (出所:阪大Webサイト)