国立天文台(NAOJ)と大阪府立大学は3月29日、NAOJ 野辺山宇宙電波観測所(NRO)の45m電波望遠鏡を用いて、天の川銀河の「いて腕」と「オリオン腕」の間に位置する大質量星形成領域「こぎつね座OBアソシエーション」に対する大規模な分子ガス雲観測を実施し、同領域で長さ100光年にわたる巨大フィラメント状分子ガス雲の存在を明らかにしたと発表した。

同成果は、名古屋市科学館の河野樹人学芸員、NAOJ NROの西村淳特任准教授、大阪府立大の藤田真司研究員を中心とした、名古屋大学、東京大学、鹿児島大学などの研究者も参加した16名の共同研究チームによるもの。詳細は、2022年2月発行の日本天文学会欧文研究報告「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。

恒星は希薄な星間ガスが集まった分子雲から誕生するが、星間ガスは可視光では観察が難しいため、長波長の電波による観測が行われている。そうした中で太陽質量の10倍以上の大質量星についてはまだ不明なことが多いが、星間ガス雲が集中する銀河の渦巻き腕の中で誕生すると考えられてきた。

しかし、ESA(欧州宇宙機関)が天の川銀河の詳細な三次元地図作製を目的に2013年に打ち上げた衛星「ガイア」の観測結果から、天の川銀河の腕間領域「スパー」にも大質量星が存在することが示され、その存在が注目されるようになってきた。天の川銀河の星間ガス雲については、1970年代から電波望遠鏡による観測が行われ、数多くのことが明らかにされているが、スパーについてはこれまで高分解能の分子雲観測は行われておらず、その詳しい形状や性質は未解明のままだった。

  • (左):Spitzer 宇宙望遠鏡による赤外線観測から推定された天の川銀河の想像図。太陽系は銀河中心からおよそ2万6000光年離れたところに位置している。(右): 今回の解析領域であるこぎつね座OBアソシエーションと太陽系の位置関係。太陽系からはおよそ6500光年の位置に存在し、いて腕とオリオン腕のちょうど間の領域(局所スパー)に位置している

    (左):Spitzer 宇宙望遠鏡による赤外線観測から推定された天の川銀河の想像図。太陽系は銀河中心からおよそ2万6000光年離れたところに位置している。(右): 今回の解析領域であるこぎつね座OBアソシエーションと太陽系の位置関係。太陽系からはおよそ6500光年の位置に存在し、いて腕とオリオン腕のちょうど間の領域(局所スパー)に位置している(出所:NAOJ NRO)

そこで研究チームは今回、野辺山45m電波望遠鏡と主力観測装置であるFOREST受信機を用いて、太陽系に最も近い「局所スパー」をターゲットとして、一酸化炭素分子(CO)の広域観測を実施することにしたという。観測領域はおよそ27平方度で、これは満月140個分にも相当する広さである。

加えて、今回は単にCOを観測するのではなく、低密度分子ガス雲から星形成の母体となる高密度分子ガス雲を一挙に捉えることができることから、同位体ごとの観測も併せて行われた。COの同位体とは、炭素12と酸素分子からなる12CO、炭素13と酸素分子からなる13CO、そして炭素と酸素の同位体18 OからなるC18Oの3種類だ。

  • (上)観測によって得られた天の川銀河の腕間領域における分子ガス雲の分布。赤が12CO、緑が13CO、青がC18Oで色付けされた3色合成図。(下)今回解析が行われた、こぎつね座領域の巨大フィラメント状分子雲。銀河面に平行におよそ100光年にわたって細長い構造をしている

    (上)観測によって得られた天の川銀河の腕間領域における分子ガス雲の分布。赤が12CO、緑が13CO、青がC18Oで色付けされた3色合成図。(下)今回解析が行われた、こぎつね座領域の巨大フィラメント状分子雲。銀河面に平行におよそ100光年にわたって細長い構造をしている(出所:NAOJ NRO)

観測の結果、スパーにも腕と同様に分子ガスが豊富に存在することが明らかになったという。

およそ100光年にわたる巨大なひも状(フィラメント)という構造的特徴を持った分子ガス雲が多く存在することが確認された。研究チームでは、こうした巨大フィラメント状分子雲が、スパーにおける星形成に深く関わっていると考えているとする。

中でもフィラメント構造が最も顕著なのが、今回詳細な解析が実施されたこぎつね座OBアソシエーションだという。太陽系からの距離はおよそ6500光年で、これまで可視光や赤外線による研究が行われており、その中心部には散開星団NGC6823が位置する。星団周辺の分子ガス雲が詳しく解析されたところ、視線速度の異なるガス雲で構成されており、それらの重なった領域に若い星団が集中していることが判明した。

  • こぎつね座OBアソシエーションの分子ガス雲の解析結果。背景画像で近づく分子ガス雲を、青い等高線で遠ざかる分子ガス雲の空間分布が示されている。十字が散開星団NGC6823の大質量星の位置。2つの分子ガス雲が重なった領域に、大質量星が集中している様子がわかる

    こぎつね座OBアソシエーションの分子ガス雲の解析結果。背景画像で近づく分子ガス雲を、青い等高線で遠ざかる分子ガス雲の空間分布が示されている。十字が散開星団NGC6823の大質量星の位置。2つの分子ガス雲が重なった領域に、大質量星が集中している様子がわかる(出所:NAOJ NRO)

これらの観測結果から、巨大フィラメント状分子雲を含む複数のガス雲同士の衝突がスパーにおける星団形成のきっかけになった可能性が考えられるという。これまでの研究で、腕の中で分子雲同士の衝突による星団形成の可能性は指摘されていたが、局所スパーにおいては今回初めて確認されたとする。

今回の研究は、天の川銀河の分子雲観測プロジェクト「FUGIN」の拡張観測にも対応しているという。今後、天の川銀河全体の分子ガス雲のより詳細な解析を行うことで、腕とスパーの分子ガス雲の性質の違いが明らかにできることが期待されるとした。