アストロバイオロジーセンター(ABC)を中心とする国際共同研究チームは3月29日、すばる望遠鏡が近赤外線高分散分光器(赤外線ドップラー装置)「IRD」(InfraRed Doppler)を用いて実施中の系外惑星探索プロジェクト「IRD-すばる戦略枠プログラム(IRD-SSP)」で取得されたデータを利用して、13個の低温度星(M型矮星)の化学組成を明らかにしたと発表した。

同成果は、ABC系外惑星探査プロジェクト室/国立天文台(NAOJ)の石川裕之特任研究員を論文筆頭著者とする国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国の天文学専門誌「The Astronomical Jounal」に2022年1月18日付で掲載された。

IRD-SSPは、「M型矮星」とよばれる、太陽より軽く温度が低い恒星(低温度星)の周りに惑星を探査するプログラム。すばる望遠鏡で2019年から5か年計画で合計170夜にわたる観測計画として進められている。2018年にファーストライトを迎えたIRDを用いた大規模探査計画である。

  • M型の赤色矮星のイメージと、そこで観測されたNaとFeのスペクトル(C)アストロバイオロジーセンター

    M型矮星のイメージと、そこで観測されたNaとFeのスペクトル(C)アストロバイオロジーセンター

今回の研究では、惑星発見に先立ってM型矮星自身の特徴を明らかにしたもので、IRD-SSPのデータを用いた初めての成果となるという。

今回分析対象となった化学組成は、その星が銀河系の進化の中でいつ生まれたのかという指標にもなる重要な情報だ。星は世代を溯れば溯るほど、水素とヘリウム以外の重元素の量が少なくなるからである。

また、化学組成はその恒星の周りに存在するかもしれない惑星(系外惑星)の形成材料にも反映されるため、今後系外惑星が発見された際に惑星の特徴を調べるためにも必要となるという。

しかし、M型矮星は可視光で見ると非常に暗いことと、温度が低いために分光データが複雑であることにより、可視光観測などの従来方法では化学組成を測定するのが困難だったという。

研究チームは今回、そのIRD-SSPによって収集が続けられているM型矮星の近赤外線スペクトルを利用して、その化学組成を導き出す独自手法を開発。導き出せる化学組成は、水素に対する、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、チタン、クロム、マンガン、鉄、ストロンチウムの存在量の比(割合)だ。

そして初期サンプルとして、13個のM型矮星の測定が実施された。その結果、それらのM型矮星は太陽の近くのF、G、K型星と似た化学組成を持つことが確認されたとした。

続いて研究チームは、ESA(欧州宇宙機関)が天の川銀河の詳細な三次元地図作製を目的に2013年に打ち上げた衛星「ガイア」が取得したデータを組み合わせ、天の川銀河内での各星の動きを調べることにしたという。すると、特に金属量が少ないM型矮星ほど、太陽とは異なる運動をしている傾向が示唆されたとした。この傾向はF、G、K型星でも知られており、銀河系の化学進化を反映していることが考えられるとしている。

  • 論文図表

    (左)水素に対するFeの存在量比(金属量)と、Feに対するMgの存在量比の関係(太陽での存在量比に対する相対値)。多くの星が太陽と似た値だが、金属量の低い星も存在している。(右)天の川銀河内で星の運動を表した図。太陽と同様に銀河円盤に沿った回転運動をしている星が多いが、そこから外れている星もある。図中の星印は今回の研究で調べられた13個のM型矮星。三角印は同研究チームによる先行研究で扱われたM型矮星。黒点は、比較のためにプロットされた、約1000個のF、G、K型星(文献値)。今回調べられたM型矮星の多くは、太陽と似た組成や運動を持つが、バーナード星のように金属量が少なく、太陽とは異なる運動をしている星もあり、それらを含めてF、G、K型星と同じような傾向があることが判明した(白抜きの星印および三角印)(C)クレジット:アストロバイオロジーセンター

今回の13個のターゲットの中には、観測可能な恒星のうちで最も高速で移動していることや、1万年後には太陽系に最も近い恒星となることなどで知られたM型矮星の代表的存在である「バーナード星」(へびつかい座の方向、約6光年)も含まれている。バーナード星は、天の川銀河内でも比較的古いタイプの恒星であることを示す複数の証拠がこれまで報告されてきたが、今回の観測によって初めて得られた詳細な化学組成測定の結果もそれに矛盾しないものだったという。

今回の成果は、13個のM型矮星の詳細な化学組成が明らかになっただけでなく、IRDによる系外惑星探索が進行中の約100個のM型矮星の化学組成が、近いうちに測定可能であることが示されたことに意義があるとする。

研究チームは、太陽系の近くに存在するM型矮星がどのような星たちなのか、初めて明らかになることが期待されるとした。

また、惑星は恒星と同じ分子雲から原始惑星系円盤などを経て誕生することから、恒星の化学組成は惑星材料の化学組成に大きく反映される。今後、IRDが系外惑星を発見した際には惑星材料の化学組成にほぼ等しいデータを提示できることになり、その惑星の特徴にもヒントを与えられるだろうとしている。