東京大学と才能教育研究会は12月24日、聴覚野や言語野は音楽経験によらずに音楽判断に選択的な活動を示すのに対して、楽器演奏の習得によって右脳の「運動前野外側部」や「感覚運動野」が有効に活用されることを明らかにし、聴覚野や言語野が音楽と言語の共通基盤であるとの仮説を支持する結果が得られたと発表した。
同成果は、東大大学院 総合文化研究科 広域科学専攻の酒井邦嘉教授、才能教育研究会の早野龍五会長らの共同研究チームによるもの。詳細は、大脳皮質の発達・進化・組織化・可塑性・機能などに関する学際的な分野を扱う学術誌「Cerebral Cortex」に掲載された。
音楽は言語と同様に人間に固有の能力だが、実は脳における音楽の神経基盤はよくわかっておらず、「音の三要素」である音の高さ(周波数)・強さ(音圧)・音色(周波数成分)や、「音楽の三要素」であるメロディ(旋律)・リズム(律動)・ハーモニー(和声)が、脳のどのような情報処理に対応しており、脳のどの部位によって担われているかについては、定説がないという。また、そうした音楽に関係する脳機能が、楽器演奏の習得経験によってどのように異なるかもよくわかっていないという。
今回の調査では、12~17歳の中高生98人(大半が15歳)を対象として、3群に分けて研究が進められた。1つは、母語教育法を楽器演奏習得に応用した「スズキ・メソード」の課程でヴァイオリン前期中等科以降の生徒が33人(Suzuki群、以下S群)。もう1つは、東大教育学部附属 中等教育学校の生徒で8歳以前に楽器習得(35人がピアノなどの鍵盤楽器を経験)を始めた36人(Early群、以下E群)。そして同じく東大付属校の生徒で9歳以降に楽器習得を経験した者および未経験者29人(Late群、以下L群)である。
楽器習得の開始年齢は、S群とE群ともに平均4~5歳で両者に統計的な差はなかったが、総練習時間は各群の平均で、S群3900時間、E群2400時間、L群720時間という違いがあった。
特定の楽器経験によらない音楽的な判断を調べるため、音源にはフルート独奏による録音が用いられた。楽曲はJ.S.バッハ作曲「メヌエット(ト長調)」、フォーレ作曲「シシリエンヌ(ト短調)」、フランク作曲「ヴァイオリンソナタ(イ長調)」の冒頭部が使用された。
調査開始の1週間前から、それぞれ3回ずつCDで聞くよう指示が出された。各試行では曲の一節を15秒提示して、音の高さ(Pitch)・テンポの速さ(Tempo)・音の強弱(Stress)・複数の音の抑揚(Articulation)それぞれの観点で、不自然な箇所(音楽的エラー)があったかどうかを判断させ、ボタン押しで回答させたほか、これら4条件に加え、曲のつながり(半数が途中で別の曲に替わる)を判断する対照条件(Connection)が実施された。
その結果、S群はこれらすべての条件で課題の正答率が高いことが示されたという。この違いは、楽器習得の開始年齢や楽器の総練習時間だけからは説明できず、スズキ・メソードの効果だと考えられるとしている。
また、課題実施時の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で測定したところ、Pitch条件では、音楽経験によらず3群すべてに左右の「聴覚野」の活動が観察された。L群ではそれが唯一の活動だったのに対し、楽器習得を長く経験したS群とE群では、脳の両半球に共通した活動が見られたという。
Tempo条件では、左脳の聴覚野と右脳の感覚運動野を含め複数の領域に活動が見られ、これはS群だけに特有な脳の活性化だった。S群だけの活動領域には、記憶の想起過程で機能する「海馬」も含まれていたという。
そしてStress条件では、3群に共通して右脳の運動前野外側部や感覚運動野の活動が観察されたとしたほか、Articulation条件では、3群に共通して「言語野」である左脳の運動前野外側部と下前頭回の活動が観察された一方で、右脳の運動前野外側部の活動は、S群とE群に限られていた。定量的な脳活動の解析により、音楽的エラーの種類に依存した脳活動は、音楽経験に関係して定量的に変化することが判明したという。
これらの結果から、聴覚野(Pitch条件)や言語野(Articulation条件)は音楽経験によらずに音楽判断に選択的な活動が示された。それに対し、楽器演奏の習得によって右脳の運動前野外側部(Articulation条件)や感覚運動野(Tempo条件)が、有効に活用されるということが確認された。さらに、音楽表現(Articulation)の解釈と言語の解釈とで、脳の働きに共通性が見られることがはっきりと示されており、その点について研究チームでは興味深いこととしている。
なお研究チームは今後も、ヒトの脳における言語・音楽や創造性のメカニズムの解明を追究していくとしている。