名古屋大学(名大)は10月4日、沖縄の代表的な縄文時代の遺跡である「野国貝塚」(沖縄県嘉手納町)から出土したおよそ7500~7200年前のブタ個体群を、下顎骨を用いて年齢査定を行った結果、高齢個体が多いことを確認し、これらの高齢個体が生存しているのは、人間がこれらのブタを保護・管理(飼育)していた証拠と考えることが妥当であるとの結論に達したと発表した。

同成果は、名大 博物館・大学院 情報学研究科の新美倫子准教授、沖縄県立埋蔵文化財センターの盛本勲氏(研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は、沖縄考古学会が刊行する機関誌「南島考古 第40号」に掲載された。

ブタを盛んに利用する食文化を持つ沖縄では、遺跡から出土するイノシシの骨が野生イノシシなのか、それとも実は家畜ブタなのか、そしていつから家畜ブタは出現するのかという問題がずっと議論されてきたという。

沖縄には、当時の人が利用したイノシシの骨が出土する遺跡が多数ある。それらの中でも野国貝塚から出土したイノシシ骨は、旧石器時代の化石イノシシを除けば、沖縄で最も古い資料の1つであり、また出土量が多い(661個体とされている)ことでも知られている。

研究チームはこれまで、これらのイノシシ骨の形態分析と年代測定を実施しており、野国貝塚から出土した骨が約7500~7200年前のものであること、その大部分は野生イノシシではなく家畜のブタであることを確認していた(2021年4月に発表済み)。

つまり、この時代の沖縄には、多数のブタが中国大陸から持ち込まれていたこと自体はすでに明らかにされていたが、ブタは人に飼育されていても、いったん逃げ出せば簡単に野生化する動物であるため、沖縄に持ち込まれたブタが中国大陸と同様に飼育されていたのか、それとも人の手から逃げ出して野生化し、人々はそれを狩猟していたのかまではわかっていなかったという。

そこで研究チームは今回、野国貝塚のブタが飼育されていたか否かを判定する指標として、個体群の年齢構成に注目することにしたという。出土した下顎骨を用いて、後臼歯の萌出状態からブタの年齢を推定し、107個体を幼獣(生まれてから第1後臼歯が萌出した0.5歳まで)、若獣(0.5歳からすべての歯が生え揃う3歳頃まで)、成獣(すべての歯が生え揃って以降)の3種類で分類したところ、幼獣:若獣:成獣=22個体(21%):28個体(26%):57個体(53%)となったという。

さらにこの結果を用いて、野生イノシシを狩猟していた縄文時代の遺跡(愛知県の伊川津貝塚)、ブタが飼育されていた弥生時代の遺跡(愛知県の朝日遺跡)、中近世の遺跡(沖縄県の東村跡)との比較を行ったところ、野国貝塚の年齢構成パターンは成獣の多い伊川津貝塚(野生イノシシを狩猟していた遺跡)に類似しており、若獣の多い朝日遺跡や東村跡(ブタを飼育していた遺跡)とはかなり異なっていることが判明。野国貝塚も野生個体群を狩猟していたかのように思われる比較結果となったとするが、野生イノシシを狩猟していた遺跡では見られない大きな特徴として、「高齢の個体が多い」という点があり、これが野生イノシシを狩猟していた遺跡とはいえない証拠と考えられるとしている。

  • ブタの飼育

    (左)各遺跡の年齢群別個体数とその比率の一覧表。(右)各遺跡の幼獣・若獣・成獣の割合の比較。野国貝塚に最も近いのは、縄文時代の狩猟していた伊川津貝塚だが、野国貝塚は成獣が多いこと(幼獣も少ない)ため、ラインの描き方が異なるのが見て取れる (出所:名大プレスリリースPDF)

実際のところ、すべての歯が生え揃って成獣となった以降の個体については、外観から正確な年齢を査定する方法はないという。しかし、最後に生える永久歯の第3後臼歯(人間の親知らずに相当)がひどく摩滅した下顎骨はかなりの高齢であると考えられ、このような個体が少なくとも6個体は出土している。野生イノシシを狩猟していた遺跡では、このような高齢個体が出土することはほとんどないという。

  • ブタの飼育

    第3後臼歯がひどく摩滅した、野国貝塚から出土した下顎骨 (出所:名大プレスリリースPDF)

狩猟していた遺跡で高齢個体が出土しない理由は、おそらく野生状態では体力の衰える高齢まで生き残れる個体がそもそも少ないため、捕獲されることもないからだと推測されるとする。つまり、野生では生き残れない高齢個体が生存しているのは、人間がこれらのブタを保護・管理、つまり飼育している証拠と考えることができるとしている。

野国貝塚のブタ飼育では、弥生時代や中近世のブタ飼育のように若獣を選択的に屠殺することはしておらず、高齢個体も上述したように生き残っている。これは沖縄の初期におけるブタ飼育の特徴であり、そのあり方は新しい時代に行われるようになった効率の良い飼育形態とはかなり異なっているという。これが時代と共にどのように変化して、現在の沖縄でのブタ利用文化につながるのかは今後の検討課題としている。

また、これまで日本列島において中国大陸から持ち込まれたブタが飼育され始めたのは、約3000年前に始まる弥生時代においてと考えられてきた。しかし今回の研究成果により、沖縄ではそれよりもさらに4000年ほども前となる、縄文時代早期の終わり頃にはすでに人々がブタを飼育していたことが明らかとなったことから、日本列島でのブタ飼育の開始時期は一気に4000年ほど古くなったとしている。