理化学研究所(理研)および米バージニア大学は3月19日、アルマ望遠鏡を用いて約50個の原始星の周囲に存在するガスの化学組成を分析した結果、有機分子の存在量が天体によって大きく異なることを発見したと発表した。

同成果は、理研 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室のヤオルン・ヤン訪問研究員(現/バージニア大 天文学科フェロー)、同・坂井南美 主任研究員、同・イーチェン・チャン基礎科学特別研究員、同・ナディア・ムリョ基礎科学特別研究員、同・ズィウェイ・チャン特別研究員、同・シャオシャン・ゼン特別研究員、国立天文台の廣田朋也 助教、同・樋口あや 研究員、電気通信大学の酒井剛 准教授、芝浦工業大学の渡邉祥正 准教授(理研 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 客員研究員兼任)、東京大学の山本智 教授、同・大屋瑶子 助教、同・今井宗明 大学院生(当時)、仏・グルノーブル惑星天体物理学研究所のセシリア・セッカレーリ上席研究員、同・バルトランダ・レフロック主任研究員、同・アナ・ロペスセプルクレ研究員、同・マチルダ・ブーヴィエ大学院生らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天文学専門誌「The Astronomical Jounal」への掲載に先立ち、近日オンライン版に掲載される予定だ。

天の川銀河などの銀河系内やその周囲の星間空間には、幾世代にもわたって超新星爆発で放出された92種類の元素がガスや星間塵(ダスト)として漂っている。それらは、超新星爆発などの影響を受けたり、長い年月をかけ自己重力によって集まったりして密度が高くなると、「分子雲」と呼ばれるようになる。そして分子雲の中で、さらに密度の高い場所ができると、自己重力で周囲のガスやダストを集めるペースがアップし、やがて新しい星(原始星)となる。

この過程は、星という天体が形成される過程であると同時に、星間空間を漂う原子のガスやダストから、さまざまな分子や物質が作られていく化学進化の過程でもある。その過程の最後で、原始星の周囲には「原始惑星系円盤」が形成され、その中で惑星が成長していき、最終的には惑星系となる。

  • 分子雲

    惑星系の誕生過程の模式図。原始惑星系円盤の形成領域における化学組成は、将来誕生する惑星系の化学環境の「初期状態」といえるという (出所:理研Webサイト)

分子雲中に埋もれた原始星は、まさに原始惑星系円盤を形成している最中にあり、そこでのガスの化学組成を調べることは、将来誕生する惑星系の化学組成を知るうえでとても重要だという。

国際共同研究チームはアルマ望遠鏡を用いて、2016年から複数年にわたり、地球から約980光年彼方の「ペルセウス座分子雲」に属する約50個の若い原始星を観測した。ペルセウス座分子雲は南北に約30光年、東西に約60光年の比較的大きな分子雲だ。その中では各所において、非常に小さいものも含めると数百もの原始星が誕生していることがわかっている。

形成される原始惑星系円盤の大きさ(半径100天文単位程度)の空間分解能において、メタノール(CH3OH)、アセトニトリル(CH3CN)、ギ酸メチル(CH3OCHO)、ジメチルエーテル(CH3OCH3)など、さまざまな有機分子が出す電波スペクトル線が観測され、原始星を取り巻くガスの化学組成が網羅的に調査された。

これほどの数の原始惑星系円盤の形成領域に対する有機分子の分布を調べた例は、過去にないという。今回の観測により、同じ分子雲に属する原始星周りの化学環境が初めて明らかになったという。

解析の結果、原始星の58%が周囲にメタノールなどの有機分子を含むガスをまとっている一方で、残りの42%では有機分子が検出されなかったという。各有機分子の存在量に対し、原始星周囲のガスや塵の総量を基準とした比較が行われたところ、天体によって100倍以上も異なることが判明した。ガスや塵の総量は十分あるのに有機分子の存在量が少ない、あるいは検出されない天体がある一方で、ガスや塵の総量はそれほど多くないにもかかわらず有機分子が豊富な天体など、さまざまなケースがあることが明らかとなったのである。

  • 分子雲

    3つの原始星それぞれの周りに存在するガス(メタノールとギ酸メチル)の分布。左から原始星「Barnard 1c」、「IRAS 03235+3004」、「L1455 IRASS4」。カラーは分子の出すスペクトル線の強度が、等高線はダストの出す熱輻射の強度がそれぞれ表されている。有機分子の存在量がダストの量、すなわち天体の規模によって決まっているわけではないことがわかる (出所:理研Webサイト)

この結果に対して、原始星の明るさ(進化段階)や観測領域の温度など、現在の物理的状態との比較が行われたが、明確な原因を特定することはできなかったという。つまり、過去の進化過程や局所的な環境の違いにより、このような多様性が生じた可能性が高いと考えられるとする。

また、有機分子同士の存在量の比較も行われた。すると、メタノールが多い天体ほど、アセトニトリルも多いことが確認されたのである。酸素を含む有機分子と窒素を含む有機分子は、宇宙ではその生成過程が異なる可能性が指摘されていたため、これほどの相関が見られたことは驚きだという。どちらも有機分子としては最も単純な部類であり、より複雑な有機分子の生成において鍵となる分子だ。

  • 分子雲

    メタノールとアセトニトリルの存在量の相関。(左)縦軸がアセトニトリル(CH3CN)、横軸がメタノール(CH3OH)の存在量に相当する。50個の天体で、両分子の相対的な量は変わらないが、それぞれの存在量は100倍以上(200~500倍)の範囲にわたるさまざまな値を示すことが確認された。(右)ガスの総量や密度状態の指標となる値(ダストが出す電波の強度)を用いて、分子の存在量が規格化されたうえで比較がなされた結果。規格化後も相関関係はほぼ変わらず、値も依然として100倍以上にわたる広い範囲に分布していることが明らかとなった。両分子の関係性が示されているのと同時に、天体の規模によらず有機分子の存在量比そのものがばらつき(多様性)を持っていることが示されている (出所:理研Webサイト)

そこで国際共同研究チームは、酸素を含む有機分子に着目。そしてメタノールと、より複雑なギ酸メチルやジメチルエーテルとで存在量の比較が実施された。すると、おおむね相関が見られたものの、ガスや塵の密度が高い天体ほど複雑な有機分子の存在量がやや高いという傾向が見られたという。

  • 分子雲

    有機分子の存在量比とガスの総量や密度状態の相関。左のギ酸メチル(CH3OCHO)および右のジメチルエーテル(CH3OCH3)と、メタノール(CH3OH)の存在量比を縦軸に、ガスの総量や密度状態の指標となる値(ダストが出す電波の強度)を横軸に取って比較が行われたグラフ。どちらも、ガスの総量や密度が高い(横軸の値が大きい)天体ほど、メタノール分子に対する存在量比が高い(縦軸の値が大きい)傾向が見られる (出所:理研Webサイト)

これらの結果は、それぞれの有機分子の生成過程を反映しているものと考えられることから、原始惑星系円盤の形成領域における有機分子生成過程の理解に大きく役立つと期待できるとしている。

メタノールは、ダストの表面で一酸化炭素(CO)分子に水素が付加することで作られていることが、ほぼ間違いないと考えられている。しかしアセトニトリルは、ダストの表面での生成と気相反応での生成、どちらが重要なのかよくわかっていなかったという。

今回の研究により、アセトニトリルの主な生成過程がメタノールと似ていること、つまり気相での生成がそれほど重要ではない可能性が示されたとする。要は、星間空間における有機分子の生成過程をより詳しく解明する大きな手掛かりとなるとした。

また、今回は同じ分子雲中にあっても、惑星系が誕生する前の原始惑星系円盤の形成領域に、有機分子に富む領域とそうでない領域が存在するという事実が確認された。このことは、将来そこで誕生する惑星系の化学環境にも、大きな多様性がある可能性を示しているという。

今後、この多様性の起源と将来形成される惑星系への伝播が理解できれば、原始太陽系の化学環境との共通点などを通して、太陽系の化学環境がありふれたものであるのか、あるいは特殊なケースであるのかなどが明らかになると期待できるとしている。