京都大学は8月4日、ヒトiPS細胞由来の間葉系幹細胞から作成した神経導管を用いてラットの末梢神経の再生に成功したと発表した。

同成果は、同大 iPS細胞研究所の趙成珠 特定研究員と池谷真 准教授(以上、臨床応用研究部門)の研究グループと、光澤定己 大学院生と池口良輔 准教授と松田秀一 教授(以上、同大学大学院医学研究科整形外科)の研究グループ、青山朋樹 教授(同大学大学院医学研究科人間健康科学)、中山功一 教授(佐賀大学医学部再生医学研究センター)、秋枝静香 代表取締役(サイフューズ)らの共同研究グループによるもの。詳細は、英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載された

現在、ケガや腫瘍切除などにより末梢神経が損傷した場合、神経の切断端を縫合することで修復が行われており、それが不可能な場合は患者自身の別の部位から採取した神経を移植することで再生が行われている。ただし自家神経移植は、外科的切開を行う箇所が増え、手術時間も延びるなど、患者にかかる負担が大きい。さらに、採取する箇所の機能が失われるために供給量に限りがあること、神経腫が形成される可能性があるなど、複数の課題が存在する。このほか、他家由来神経移植、人工神経導管などの選択肢もあるが、それぞれやはり複数の課題を抱えているのが現状だ。なお神経導管とは、神経細胞の中で軸索と呼ばれる突起を伸ばすことを促す管腔構造体のことである。

そこで共同研究チームが目に付けたのが、コンピュータ制御によるバイオ3Dプリント技術だった。共同研究チームはこれまで、バイオ3Dプリンタ「Regenova」を用いて、人工材料を含まない神経導管の作製に成功しており、末梢神経再生における有効性が確認されていた。課題は、以前の実験では細胞の材料として成人から採取した皮膚繊維芽細胞が用いられていた点で、そのため品質がドナーごとに異なるという管理の難しさがあった。

その課題を克服するため、研究チームが今回細胞材料として選んだのが、品質が安定していて管理しやすく、理論的に無限に拡大培養が可能なiPS細胞だった。免疫調節分子やエキソーム(細胞から分泌され、細胞間を行き交う小胞で、核酸やタンパク質などの生理活性物質を含む)の分泌、損傷組織の修復などが期待される間葉系幹細胞(iMSC)を誘導することで、神経導管は作製された。なおiMSCとは、iPS細胞から神経堤細胞(NCC)を介して誘導される細胞である。

今回の研究では、免疫不全ラットの座骨神経を5mm切断し、バイオ3D神経導管移植が実施された。手術後8週間で再生し、バイオ3D神経導管移植群と、その対照群のシリコンチューブ移植群で比較評価が行われた。そして、形態、運動性、電気生理学、筋重量に基づいた評価で、バイオ3D神経導管移植群の再生神経の方が優れていることが確認されたのである。また、移植されたバイオ3D神経導管の内側と表面の両方に血管が新たにできたことも観察され、iMSCの皮下移植では、血管新生を促進する機能も認められたという。

こうした結果から、共同研究チームは、iMSCで作製されたバイオ3D神経導管は、将来的に神経欠損の治療において、神経自家移植片に代わる有用なものになる可能性があるとしている。

  • iPS

    (A)バイオ3D神経導管の作成方法のイメージ。(B)バイオ3D神経導管作製の各段階の画像。(C)iMSCとバイオ3D神経導管の断面画像 (出所:京都大学 iPS細胞研究所Webサイト)