三菱重工は2020年7月20日、同日早朝に打ち上げに成功したH-IIAロケット42号機について、オンライン記者会見を開催した。

会見には、積み荷であるアラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「ホープ」の関係者も登壇。開発の苦労や今後の展望などについても語られた。

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    UAEの火星探査機「ホープ」を搭載した、H-IIAロケット42号機の打ち上げ (提供:三菱重工)

会見ではまず、三菱重工から打ち上げ結果について報告。また、UAEのサラ・アルアミリ先進技術担当大臣は「新型コロナウイルス流行の困難の中、打ち上げが成功できたのは、三菱重工や日本政府、種子島の皆さまのおかげであり、深く感謝する」と述べた、

また、ホープのプロジェクト・ディレクターを務めるオムラン・シャラフ氏からは、ホープの現状について、「探査機からの最初の信号受信に成功した。現在はそのデータや探査機の状態の状況を分析している」と説明が行われた。

なお打ち上げ直後、2枚ある太陽電池パドルのうち、1枚が展開しないトラブルが発生したものの、その後解決したとされている。実際にパドルが展開していなかったのか、センサーの不具合などによるものなのかといった詳細や、今後に影響があるのかどうかなどについては、明らかになっていない。

地球観測衛星の5倍難しかった火星探査機の開発

今回打ち上げられたホープは、UAEにとって初の火星探査、また地球周回軌道の外へ出ていく惑星探査ミッションでもある。

同機を開発したドバイのムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター(MBRSC)は2006年に設立され、韓国に地球観測衛星の製造を発注するとともに、技術者を韓国に派遣するなどして、衛星の国産化に向けた布石を打ってきた。そして2018年に打ち上げられた地球観測衛星「ハリーファサット(KhalifaSat)」で国産化を達成した。

それに続く今回のホープについて、オムラン・シャラフ氏は「ハリーファサットに至るまでは、外国(韓国)から知識移転を受けてきた。今回のホープも、米国コロラド大学から知識移転を受けて開発したものだが、地球観測衛星と火星探査機という違いがあることから、開発は5倍難しかったと感じている」と振り返った。

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    会見するエミレーツ火星ミッション・プロジェクト・ディレクターのオムラン・シャラフ氏 (提供:三菱重工)

また、UAEは2017年に、ドバイ首長国のUAE副大統領兼首相のムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首長によって、国家宇宙計画が発表されており、この中ではホープを打ち上げることと同時に、「2117年までに火星移住を行うこと」と定められている。

ホープをこの火星移住計画にどうつなげていくか、またこの約100年の間にどのようなプログラムを考えているかについて、UAE宇宙庁のムハンマド・アルアハバビ総裁は「ホープは私たちにとって初の火星探査機であり、宇宙探査、科学にフォーカスを置いている。そこから得られるデータに基づいて、今後について考えていきたい」と語った。

なお、2016年には、UAE宇宙庁と宇宙航空研究開発機構(JAXA)との間で、宇宙分野における協力などを定めた機関間協定が締結されるなど、今回の打ち上げ以外の面でも徐々に深みを増している。

これについてシャラフ氏は「ホープからのデータは、日本を含めた世界中の科学界にも提供していきたい。これにより両国の科学力を高め、科学界全体に影響を与えていきたい」と語った。

また、火星探査以外の、今後のUAEの宇宙計画について問われたMBRSCのユーサフ・ハマド・アルシャイバニ長官は「たくさんのプロジェクトが進んでいるが、個々のプロジェクトについて、現時点では明らかにできない」と回答した。

ちなみに、現在UAEでは、「ファルコンアイ(FalconEye)」と名付けられた、同国初の軍事用偵察衛星の計画が進んでいることが知られている。1号機は昨年7月、欧州のアリアンスペースの「ヴェガ」ロケットで打ち上げられたものの失敗。現在は2号機の打ち上げ準備が進んでいる。

アルシャイバニ長官が言葉を濁した背景には、直近の具体的な計画がこの軍事衛星であったためと考えられる。これはUAEに限らず、軍事衛星を保有するすべての国に言えることではあるが、安全保障上の利益を損ねずに、いかに宇宙計画全体の透明性を確保するかは、今後において重要かつ課題となろう。

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    火星探査機ホープの想像図 (C) MBRSC

三菱重工のロケットの強みと課題

いっぽう三菱重工にとって、今回の打ち上げは、同社の打ち上げ輸送サービスにおける、4機目の海外顧客の衛星(宇宙機)となった。また、UAEの衛星を打ち上げたのは、2018年に打ち上げたハリーファサットに続いて2機目となった。

既報のとおり、打ち上げに三菱重工を選んだ理由について、シャラフ氏は「三菱重工のロケットは他社と比べ、信頼性(打ち上げ成功率)や価格面など総合的に最も優れていた」と語っている。

そして、今回の打ち上げを通して受けた感想として、シャラフ氏は「三菱重工の方は、つねに『どこか改善できることはないか』と聞いてきてくれた。それに対して、『こうしてほしい』と要望を伝えると、そのとおりに対応してくれた。日本は欧州などに比べると、海外の衛星の打ち上げ実績は少ないが、顧客からのフィードバックを受けて改善していく進歩が早く、このことは今後の強みになっていくだろう」と称えた。

また、三菱重工の執行役員 防衛・宇宙セグメント長の阿部直彦氏は「海外顧客の打ち上げはまだ4回目。顧客に対する対応や効率がこなれていない。この点はUAE側からも指摘を受けた。一気に解決は難しいので、一機一機打ち上げて身につけていきたい」と振り返った。

そして「今回の成功で、信頼性をまたひとつ積み重ねることができた。次世代機の『H3』ロケットにもつなげていきたい。それによりH3のファンが増え、海外からの受注も増えていくのではないか」と語った。

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    三菱重工の執行役員 防衛・宇宙セグメント長の阿部直彦氏 (提供:三菱重工)