近年、デザイナーなどの専門職のみならず、広く関心を集めるようになった「フォント」。現在流通しているフォントの多くはPC上で用いるデジタルフォントだが、それ以前は「写植」、さらに遡れば「活版印刷」と、ここ100年以内に、文字表現の技術はめまぐるしく変化していると言える。

そんな中、今後の「フォント」はどう変わっていくのだろうか。本稿では、アドビが4月10日「フォントの日」に開催したイベント中で行われたトークセッション「フォントの未来」において、デザイン領域で活躍する面々が語った未来予想についてお届けする。

  • 左から、アドビ 日本語タイポグラフィ シニアマネージャー 山本太郎氏、THE GUILD 代表の深津貴之氏、日本デザインセンター アートディレクター 有馬トモユキ氏、ヤフー・ジャパン デザイナーの李ナレ氏

    左から、アドビ 日本語タイポグラフィ シニアマネージャー 山本太郎氏、THE GUILD 代表の深津貴之氏、日本デザインセンター アートディレクター 有馬トモユキ氏、ヤフー・ジャパン デザイナーの李ナレ氏

このトークセッションには、ヤフー・ジャパン デザイナーの李ナレ氏、UI/UXデザイナーでTHE GUILD 代表の深津貴之氏、日本デザインセンター アートディレクター 有馬トモユキ氏、アドビ 日本語タイポグラフィ シニアマネージャー 山本太郎氏が登壇。WebデザインやUI/UXデザイン、フォント制作など、デジタル領域を中心に活躍する専門家が一堂に会し、それぞれが思う「フォントの未来」を語る場となった。司会は&Co.Ltd代表取締役 横石崇氏が務めた。

フォントの流行は技術と表裏一体

横石氏は、通信環境5G、IoT、AR、VRといった話題のキーワードに象徴されるように、技術的な進化が進む中で、フォントはどういった変化を遂げるだろうか?という問題提起を行い、それに対して各人が見解を示す形でトークが進行された。

ヤフー・李氏は、古くからタイプフェイスの発展は技術と密接に行われてきたと語る。ごく最近の例として細身のフォントが好まれる流れがあるが、それは高解像度ディスプレイが普及し、細い線でも表現できるようになったためであると指摘した。それに対して日本デザインセンター・有馬氏も「表示できるから使いたくなる」と同意を示した。

そんな有馬氏が先進的なフォントの例として紹介したのは、Appleの開発したフォント「San Francisco」。小さいサイズでの表示では6と8を誤読しやすいので、6を2種類用意しておいて、先端が直線に近くなっているものが表示される。フォントの字形に対する工夫のみならず、文脈に応じた文字を選択する仕組みを採用してユーザビリティを向上させていることを賞賛した。

  • Appleが開発した「San Francisco」

    Appleが開発した「San Francisco」

一方、異なる視点から「未来のフォント」を提示したのはTHE GUILDの深津氏。AIが人の作業を学習して代理して実行する技術を提案し、それをフォントの領域に適用すると、自動で適切な文字詰め(カーニング)を実行してくれる「AI字詰めロボ」だとした。絵画であればレンブラントなど「過去の巨匠を召喚して仕事をしてもらう」ようなイメージだという。それに対し、アドビ・山田氏は反対を表明。統計的情報を集めれば巨匠の作品と同様の物を作ることはできるかもしれないが、これから先の未来を作るのは今生きている人間の役割だと語った。

話題は、いわゆるフォントの種類や特定の書体ではなく、その用途を拡張する方向に展開。日本デザインセンター・有馬氏は、「バリアブルフォント」の進化について言及した。「バリアブルフォント」とは、1種類のフォントの太さ(ウェイト)や幅をユーザーが調整可能なものを指す。BoldとLightの中間を100段階ほど細かく定義できれば、絵文字にも適用し、100段階にわけた微妙な表情の表現なども可能になり、異なる言語圏の人たちとのコミュニケーションの壁がなくなるのではと提案した。

  • 有馬氏が開発したバリアブルフォント
  • 有馬氏が開発したバリアブルフォント
  • 有馬氏が開発したバリアブルフォントが披露された

媒体とコンテンツの美しさ

これまでWeb空間やディスプレイ上での表示という側面でフォントを語ってきた面々。ここで李氏が、媒体とコンテンツの関係性について、「本をデバイスとして考えた時、コンテナとコンテンツは一体になって美しさを醸していた。しかし、デジタル媒体になってそれが分離した」と語った。Webサービスで言えば、コンテンツを入稿するのは作者、ブログサービスというコンテナがその格納先となり、たとえ同じコンテンツでも、格納先ごとに異なるデザインで表示される。有馬氏は、数百年にわたって中身(本の内容)と外見(本の装丁)が両輪で作られていたのに、インターネットでは技術先行で作られていると指摘し、深津氏もそれに同意した。

同意する一方で、深津氏はWeb空間におけるコンテンツと外見の乖離に関して、「あまり心配していない」と発言。「美的な部分はあと10年くらい割を食うかもしれないが、次の10年には復活するのではないか」と予想を立てつつ、「美しさが(技術の採用に対比して)置いていかれがちとは言いつつも、MSゴシックがWindowsの標準フォントだった時代から、ヒラギノ(mac OSやiOSなどの標準フォント)、Noto Sans(源ノ角ゴシック)など、美的な進化も着実に進んでいる」と、これまでの発展に思いをはせた。

「技術革命が起きている間は、それがすべて勝敗を決めていく。技術の進化が一定のところまで来て、それだけでは差別化ができなくなってきた頃に、美しさ・たたずまいといったものが重視される。歴史的に見ても、そういう順番で物事は進んで行く」(深津氏)

近未来に求められるフォントの問題解決

終盤、フォントの未来に期待することとして、「未来」とするスパンを「現在」に近いところに移し、その問題解決について提言が行われた。

  • 締めくくりに語られた、フォントの"近未来"のために期待されるトピック

    締めくくりに語られた、フォントの"近未来"のために期待されるトピック

李氏は海外では常識になりつつある「Webフォント」が、日本語ではいまだ普及していない理由を解説。文字数が非常に膨大になる日本語フォントでは、サブセットを都度使う分だけ埋め込み軽量化を図ったとしてもレイテンシ(遅延)が出てしまう現状があり、1秒表示が遅れると非常に大きな損害が起こるWebサービスにおいて、安心して使える状況にないという。その一方で、Webフォントのみならずフォントの利用には大きなコストがかかるため、フォントの費用対効果を明確にする努力をした上でないと発展は難しく、今後Web上でのタイポグラフィの発展のため解決が望まれると見解を示した。

また、有馬氏はIoTの発展が叫ばれる昨今に対応した、センサーと接続しやすいスペックのフォントが求められるのではとコメント。深津氏は、AndroidやiOSなどデバイスごとに別のフォントが採用されることによる分断を指摘し、共通フォントなどそれを解決し、「軽くて良いフォント」を実現するテクノロジーが望まれると語った。そして最後に山田氏が、フォントおよび組版・Webコーディングソフトなどをリリースしているアドビの立場として、解決すべき問題について地道に取り組んでいきたいと述べて、場を締めくくった。