触った感覚をつくる・つたえる

この感覚の欠落から端を欲して、「触覚技術」に話は及ぶ。南澤氏は、触覚を伝えることで、相手が存在する実感を伝達することが可能になると考えている。

触覚の伝達技術は10年程前から開発されているが、多くが複雑かつ高価(5000万円~1億/1台)なシステムであるため、研究室に1台あるかどうかという状況だったそうだ。

これでは社会に触覚伝達のシステムが広がるのは難しいと考え、南澤氏は「触覚システムをいかにシンプルにするか」という問題意識で研究を進め、装着が容易で安価なウェアラブル端末の開発などを行ってきた。

GravityGrabber(2007)

ただ、研究室の観測範囲で考え得る触覚技術の利用シーンは「医療、福祉、エンターテインメント」の3分野に集約されてしまい、「範囲が狭すぎる」と判断した。そこで多様な活動フィールドの人が自分たちに向けて技術を使えるような環境が必要だと考え、「TECHTILE toolkit」を制作した。

「TECHTILE toolkit」(2012)

「TECHTILE toolkit」はデザイナー、プランナー、アーティストといったテクノロジー外の専門家から子供達まで扱えるような、簡単かつ安価な構成の、マイク・アンプ・スピーカーを組み合わせた装置だ。触覚は音で表現することが多いが、実際に物を触った時に鳴っている音は、指先と物がふれあって振動し、それが空気を振るわせているために聞こえる。そうした背景から、音によって触感を伝える構成となっている。

「TECHTILE toolkit」を用いて子供がつくった作品で、網の上の小石を流すだけで波打ち際を歩いているような気持ちになれるスリッパ

全身で触覚を感じるゲーム

最後に、同氏が今まさに取り組んでいる直近のプロジェクトについて紹介がなされた。

エンターテインメント分野におけるHMDの有力ブランドとして注目されている「PS VR」。これに対応するシューティングゲーム「Rez infinite」を全身に触覚を感じながらプレイできる専用スーツ「Rez infinite Synesthesia Suit」の開発に取り組んでいる。

「Rez infinite Synesthesia Suit」

シューティングゲーム「Rez infinite」プレイ画面

デジタルアートの旗手として知られるRhizomatiksとの共同制作が行われているもので、トライアルプレイをした人の反響を見た南澤氏は「記者のような言語化を生業とする人ほど、どのように言葉にすべきか迷うような体験となっている」と表現した。

もうひとつ紹介された「超人スポーツ」プロジェクトに関して、決められたルールに身体を最適化する今のスポーツのようなアプローチではなく、いずれは新しいスポーツをデザインするなかで、身体をどのように拡張しテクノロジーと一体になって体を動かすかという取り組みを行っていると語った。

「SMASH」(2015) アスリートの感覚や心拍を測定し、観客がそれをもとにプレイを「感じる」システム

触覚体験について、「最近、映画では当たり前に行われていることですが、体験に対して触覚をデザインすることができるようになってきた」と語る南澤氏。映画などのエンターテインメント分野では古くから夢見られてきた"体験のリモート化"を普及可能な技術として追求する動きに、今後も注目が集まることだろう。