今のVRにたりないもの、それを補う試み

南澤氏は、研究者が考える「次世代のVR」とは、毛布にくるまれた安心感、職人の手先の繊細なスキル、アスリートの身体スキル、人と人のふれあいによるエモーショナルなコミュニケーションといった側面をカバーすることであり、現在のVR技術では欠けている部分だと指摘した。

人間の身体的体験を記録、あるいはゼロから創造したり、あるいはそれをネット越しに共有したりアーカイブするようなものとして「EMBODIED MEDIA」を定義し、活動を行っているのだと語った。

実例として挙げられた、身体的経験を他の人に伝えるための「TELESAR V」(2012年)

テレイグジスタンス(遠隔存在感)とは、"遠くの場所に存在することのできる"技術。VRと同じくビジネス分野でホットワードとなっている「IoT」(モノのインターネット)ではなく、人の体や能力そのものをネットワークでつなぎ、遠くのロボットに自分の感覚を送り込めるものだ。いかにして人の身体の感覚をロボットと同期するか、あるいはコンピュータの世界と人の感覚をつなぐかというのが主な課題となっている。

また、人が立ち入れない災害現場における遠隔作業に関して、基本的にはラジコン、ドローンなどを用いるために建設現場の作業とは異なる手順となり、経験が生かせないという問題があるそうだ。そこをテレイグジスタンスで補うことで、熟練した作業員の操縦技術をそのまま生かせるというアプローチも紹介された。

また、こうした「次世代のVR」でアプローチする方向を体現するものとして、「HUGプロジェクト」が挙げられた。入院していて結婚式に来られない新郎祖母のために、ロボットのPepperとHMDで祖母と通信可能な環境を構築。祖母の側からすれば、式場にあるのはロボットの体だが、自分の意思で動かせる。また、新郎新婦や参列者がロボットを祖母だという認識を共有することで、エモーショナルなコミュニケーションが成立した。

課題としては、抱擁しようと手を伸ばしても、HMDをつけた側にも、Pepperとふれあう側にも、「相手を抱いた感触」が返ってこないことだ。相手に触ろうとしたところで、眼前の光景がいわば幻であると気がついてしまう。