大韓民国(韓国)の韓国航空宇宙産業(KAI)は2015年9月7日、韓国航空宇宙研究院(KARI)と共同で「次世代中型衛星」の1号機の開発に着手すると発表した。2019年中の完成を目指すとともに、KARIからの技術移転を受け、2号機以降はKAIが開発から製造までを一貫して行い、商業衛星として展開し、他国への輸出も目指すという。

次世代中型衛星の想像図 (C)KAI

次世代中型衛星を打ち上げる「KSLV-II」ロケット (C)KSLV-II Launch Vehicle Agency

次世代中型衛星とは

KAIによると、次世代中型衛星は500kg級で、1号機には電子光学センサー(ディジタル・カメラ)を搭載するという。センサーの分解能は、パンクロマティック(最も細かく撮影できる白黒の画像)モードで0.5m、マルチスペクトル(カラー画像)モードで2.0mになるとされる(ともに高度500kmの太陽同期軌道から)。設計寿命は4年を計画しているという。

韓国政府は現在、中・長期的な宇宙開発戦略として定めた「宇宙開発中長期計画」を進めている段階で、次世代中型衛星もその一環として行われる。1号機は2019年の末までに完成させるとし、また2025年までに同シリーズの衛星を12機打ち上げることを計画しているという。得られたデータは韓国の各行政機関などによって利用されるとのことである。

また、打ち上げには、現在開発中の「KSLV-II」ロケットが使われるという。

この次世代中型衛星は「標準バス」というシステムを採用する。人工衛星の中で、筐体や太陽電池、バッテリー、コンピューターなど、人工衛星としての基本機能に必要な機器のこと「バス機器」という。これに対して、地球観測用の望遠鏡やレーダー、通信用のトランスポンダー(中継器)など、その衛星のミッションにとって必要な機器を「ミッション機器」という。

ミッション機器は衛星ごとに大きく異なるのに対して、バス機器は共通できる場合が多い。そこで、あらかじめ決まった仕様のバス機器(標準バス)を造り、そこにミッションに応じて必要となる部品を装着することで、1機ごとに専用の衛星を開発するのに比べ、低コストかつ短期間で衛星を開発することが可能になる。こうした標準バスの概念はすでに多くの衛星メーカーが取り入れており、スペース・システムズ/ロラール社の「SSL-1300」シリーズや、エアバス・ディフェンス&スペース社の「ユーロスター」などが有名だ。また日本の三菱電機も「DS2000」を開発し、「ひまわり8号」などに採用されている。

次世代中型衛星も標準バスを採用することで、1号機に搭載される電子光学センサーだけでなく、合成開口レーダーと呼ばれるレーダーで地表を撮影する機器や、赤外線で撮影する機器など、造りたい衛星に合わせて、さまざまな機器を自由に装着できるようにするという。これにより、衛星の価格競争力を確保しながら、開発期間は大きく短縮させることができるとしている。

KAIによると、民間向けの地球観測衛星だけでなく、偵察・監視衛星や気象観測衛星、科学衛星などへの発展も考えているという。

次世代中型衛星の開発スケジュール (C)KAI

アリラン・シリーズ

KARIはこれまで、小型衛星から大型の静止衛星まで、さまざまな衛星の開発を行ってきている。中型衛星に関しても、今回の次世代中型衛星より少し大型の、1000kg前後の衛星を開発を行ってきた実績をもつ。

その歴史は1990年代までさかのぼる。まず米国のTWR社(現在はノースロップ・グラマン社に吸収)の技術移転と支援を受ける形で「アリラン1号」が開発され、1999年に打ち上げられた。続いて2006年には「アリラン2号」が開発されて打ち上げられている。アリラン2号では衛星バスは韓国が開発し、電子光学センサーは欧州のアストリウム社が供給した。

その後も衛星バスは韓国、電子光学センサーはアストリウム社が手掛ける形で「アリラン3号」が開発され、2012年にH-IIAロケットで打ち上げられた。また全天候型の赤外線センサーを搭載した「アリラン3A号」も開発され、今年3月28日に打ち上げられている。

少しさかのぼって2013年には、合成開口レーダーと呼ばれる、電子光学センサーとは別の技術で地表を撮影できる機器をもつ「アリラン5号」が開発され、打ち上げられている。この5号では、衛星バスは韓国が、合成開口レーダーはタレス・アレーニア・スペース社が開発を手掛けている。

現在は、同じく合成開口レーダーを搭載する「アリアン6号」の開発も進んでいる。ただし6号の合成開口レーダーは、エアバス・ディフェンス&スペース社が供給する契約となっている。

アリラン1号 (C)KARI

アリラン2号 (C)KARI

アリラン3号、3A号 (C)KARI

アリラン5号 (C)KARI

アリラン6号 (C)KAI

KAIはこれらの衛星の開発や製造の中で重要な位置を占めており、その経験を買われ、次世代中型衛星の契約者として選ばれることとなった。

KAIは韓国の大手航空宇宙メーカーで、1999年に設立された。それまでは、大宇、三星(サムスン)、そして現代(ヒュンダイ)の大手企業が、それぞれ独自の航空宇宙部門をもっていたが、産業競争力の強化を狙い、韓国政府の後押しにより合併され、KAIが設立されたという経緯がある。

その結果、KAIは韓国で最も大きな航空宇宙メーカーとなり、特に軍用航空機や民間航空機の部品の開発、製造を多く手掛けている。たとえばT-50「ゴールデン・イーグル」練習機を生産しているのもKAIであり、また韓国空軍の次世代戦闘機「KFX」の開発も手掛けている。そして宇宙事業も手掛けており、前述のアリラン・シリーズの開発にも参加し、機器や衛星の組み立てを担っている。

またKSLV-IIも、KAIがその開発の中心となっている。

小型衛星に続いて輸出なるか

次世代中型衛星にとって最も大きなポイントは、1号機こそKARIとKAIの共同開発という形を採るものの、それを通じてKARIからKAIへ技術移転が行われ、2号機以降はKAIが設計から製造までを一貫して行えるようにし、商業衛星として輸出を行うことも目指すということだろう。

韓国はすでに、100kgから300kgほどの小型衛星の分野では高い製造技術をもち、他国への輸出にも成功している。ただ、それを実現したのはKAIではなく、サトレック・イニシアティヴ(Satrec Initiative)社、通称サトレック・アイという会社である。サトレック・アイ社は国立大学の韓国科学技術院(KAIST)から生まれたベンチャー企業で、形としては英国のサリー大学から生まれたサリー・サテライト・テクノロジー社(SSTL)と同じである。SSTLは現在、小型衛星のメッカとして知られる。

サトレック・アイ社は、アリラン・シリーズの開発に参加すると同時に、独自に小型衛星の開発も行っており、これまでに開発された衛星は国内向けの他、マレーシアやアラブ首長国連邦、スペインへ輸出された実績をもつ。特に、サトレック・アイ社の特徴は、衛星そのものの輸出だけでなく、それを運用するための地上局や、衛星が撮影したデータの処理技術、運用の訓練などを含めた、"トータル・ソリューション"の輸出で成功を収めているところにある。KAIの次世代中型衛星でも、その成功に続くことができるかどうかが注目される。

スペインへ輸出されたサトレック・アイ社の「デイモス2」 (C)SI

アラブ首長国連邦へはこれまでに2機が輸出されている。この画像は最新の「ハリーファサット」。2017年度にH-IIAロケットで打ち上げられる予定 (C)EIAST

ちなみに、300kg以下や1000kg以上の標準バスの分野は、SSTLをはじめ、いくつかのメーカーがしのぎを削っている状況にあるが、次世代中型衛星が目指す500kg前後の範囲は、他メーカーがあまり手を出していない分野である。では、次世代中型衛星の一人勝ち状態になるかといえばそうではなく、現在日本のNECが、次世代中型衛星とほぼ同じ規模の「NEXTAR」という標準バスの開発を行っている。NEXTARバスもまた他国への輸出を目指しており、すでにベトナムへの輸出が決まっている。今後、次世代中型衛星の開発が順調に進めば、NEXTARバスにとってライバルになる可能性もあろう。

さらに言えば、KSLV-IIの開発が遅れたり、運用に問題が出ることがあれば、「イプシロン」ロケットが次世代中型衛星の商業打ち上げを受注することができるかもしれない。イプシロンはNEXTARバスで造られた衛星を打ち上げることを念頭に、言わば二人三脚のような形で開発されており、それはつまり、次世代中型衛星にとってもちょうど良い大きさ・能力のロケットであることを意味している。

イプシロンは低コストな小型ロケットを目指しているが、そのためには数多く打ち上げ、そして量産体制を維持することが不可欠だ。しかし、現在のところ1年に1機から2機ほどの需要しか見込めていないため、次世代中型衛星の存在はひとつのチャンスでもある。

参考

・http://www.koreaaero.com/pr_center/cpr_view.asp?pg=
1&seq=26235&bbs=10
・http://www.koreaaero.com/english/product/next_satellite.asp
・http://www.kari.re.kr/sub0102010201
・https://www.satreci.com/eng/ds1_1.html?tno=5
・http://www.sstl.co.uk/Products/Tels---Nav-Platforms