理化学研究所(理研)は12月11日、分子動力学シミュレーションを使い、光合成膜タンパク質への水の供給経路と酸素、水素イオンの排出経路を明らかにしたことを発表した。

同成果は、理研イノベーション推進センター 中村特別研究室の中村振一郎 特別招聘研究員、同 緒方浩二 研究員、同 畠山允 リサーチアソシエイトらによるもの。詳細は、米国の科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

植物は光合成により、太陽光エネルギーを使って、水と二酸化炭素(CO2)から酸素とデンプンを作り出すことが知られているが、実は光合成は2段階に分かれている。1段階目は太陽光エネルギーを使って水を分解し、酸素と電子、水素イオンを作る工程(酸化反応)で、2段階目は、電子と水素イオンを使って、CO2からデンプンを作る工程。これまでの研究から、1段階目の酸化反応を担っているのがチラコイド膜と呼ばれる膜タンパク質「PhotosystemII(PSII)」であることが分かっており、その立体構造からPSII内部の酸素発生中心(OEC)などの詳細な構造も明らかになっているが、その水の酸化反応の動的メカニズムの詳細は不明のままであった。

そこで研究グループでは、光合成における水の供給経路と酸素、水素イオンの排出経路探索を目的に今回、チラコイド膜を忠実に再現し、そこにPSIIタンパク質を埋め込んだモデルを作成。PSIIタンパク質はSPring-8を用いた研究にて分解能1.9Åの精度で構造解析されているものの、詳細な構造が未解明な領域がまだ残されていることから、その部分に関してはホモロジーモデリング法により構造を決定したという。

さらに、植物体内の忠実な再現を目指し、PSIIタンパク質とチラコイド膜のモデルを水のボックスに入れて、水溶液中のモデルを作成したほか、PSIIタンパク質とチラコイド膜に存在する100種類以上のリガンドと脂質についての力場パラメータを量子化学計算によって作成し、モデルに組み込み分子動力学シミュレーションを実施。シミュレーションの条件は等温定圧(300K、1気圧)で10nsの実行で、時系列の詳細な動きを調べるため、50psごとのシミュレーション結果をスナップショットとして保存し解析した結果、PSIIタンパク質内部から外へ排出される水分子と外からPSIIタンパク質内部へと供給される水分子の経路を観察することに成功したという。これらの経路は水の供給と酸素の排出に使用されている可能性を示していると研究グループでは説明する。

計算に用いたPSIIタンパク質のモデル。シミュレーション結果のスナップショットの内の1枚。左右に広がっている脂質二重膜はチラコイド膜と呼ばれ、水2分子から酸素1分子を発生させる水の酸化反応を行うPSIIタンパク質がこの膜に埋っている。およそ120万個の原子で構成されている(この図では見やすくするために水が表示されていない)

また、各残基と水分子がどのくらい揺らいだか(動いたか)を調べるため、RMS変動(rms-fluctuation)を求めたところ、アミノ酸の水素結合ネットワークの中にあまり動かない水分子がある経路が存在していることが判明。同経路は水素イオンが放出されるのに便利であることから水素イオンの放出経路として使用されている可能性が示されたという。

分子動力学計算によって得られた酸素、水、水素イオンの経路。分子動力学計算の結果から、PSIIタンパク質内部から外へ排出される水分子と外からPSIIタンパク質内部へと供給される水分子の経路が観察された(経路1、経路2-2、経路3)。これらの経路は水の供給と酸素の排出に使用されていると考えられる。また、アミノ酸の水素結合ネットワークの中にあまり動かない水分子からなる経路が存在していることが判明(経路2-1)。この経路は水素イオンが放出されるのに便利であることから水素イオンの放出経路として使用されていると考えられるという。ちなみに、紫色のボールはあまり動かない水分子を、茶色の部分は側鎖から5Å以内にあって動いている水分子を示している

研究グループでは今回の成果について、天然光合成のメカニズムの全容解明への第一歩といえると説明するほか、PSIIタンパク質による水の酸化反応のメカニズムを模倣した人工光合成デバイスの開発に寄与することが期待できるともコメントしている。