理化学研究所(理研)は11月1日、大脳皮質内で神経細胞の樹状突起の形態形成を決定する分子メカニズムの一端を、マウスを使った実験により明らかにしたと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター 視床発生研究チームの下郡智美チームリーダー、松居亜寿香研究員らによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Science」オンライン版に掲載された。

ヒトの脳は、数百億個以上の神経細胞同士がつながり合って複雑な脳神経回路を構成していること、ならびに神経回路は、それぞれの神経細胞が軸索を伸ばし、特定の神経細胞の樹状突起にたどり着いて、つながることで築かれ、それによりさまざまな情報のやり取りを実現していることが知られている。

神経細胞(樹状突起と軸索)。ヒトの脳は、数百億個以上の神経細胞同士がつながり合って複雑な脳神経回路を構成している。神経回路は、それぞれの神経細胞が軸索を伸ばし、特定の神経細胞の樹状突起にたどり着き、つながることで築かれる

また、そうした神経回路の形成は胎児期から始まるが、同時期は外部からの情報の入力が少なく、神経細胞がどの入力に対して樹状突起の枝分かれを増やすべきか分からない状態にあるため、神経細胞は胎児期にあらかじめ過剰な樹状突起を形成し、誕生後に外部からの入力に応じて、余分な樹状突起を除去し、残った樹状突起の枝分かれを増加させていくことで効率的な神経回路を形成していくこともこれまでの研究から明らかになっている。

こうした樹状突起の枝分かれの増加のタイミングにおける樹状突起の本数の制御や方向性の決定は、脳内における不要な接続を回避し、接続ミスによる高次機能障害などを引き起こさないようにするためには重要と考えられているが、そのメカニズムの詳細は未だに解明されていない。

そこで今回研究グループは、マウスの大脳皮質の体性感覚野にあり、ヒゲからの感覚情報処理を行うバレル皮質には感覚情報の入力を多く受ける方向にのみ樹状突起の枝分かれを増やす神経細胞が存在するが、誕生直後の外部からの情報入力が少ない時期には対称な形態を示しているものの、発達に伴う外部入力の増加にしたがい形態を非対称に変化させていく、といった過去の研究を受けて、このマウスのバレル皮質を用いて、情報の入力により樹状突起の形態が変化するメカニズムの解明に挑んだという。

マウスのバレル皮質。(A):マウスの鼻口部。ヒゲが秩序よく並んでいる様子が見える。(B):大脳皮質への投射の様子(バレル皮質)。大脳皮質第4層を凍結切片により切り出し、チトクロームオキシダーゼ染色により可視化したもので、鼻口部でのヒゲの並びに対応したパターンが見られる

具体的には、バレル皮質で、外部入力にしたがって樹状突起の形態を変化させる神経細胞に特異的に発現する遺伝子の単離を実施。その中の遺伝子の1つである「Btbd3」の機能を阻害したときの、バレル皮質の神経細胞の変化を調べたところ、感覚情報の入力が少ない方向にある余分な樹状突起が除去されずに、本来は非対称な形態を示す樹状突起が、対称な形態を維持したままであることが確認されたという。

Btbd3を阻害したときのマウスのバレル皮質の神経細胞。上は通常マウス(コントロール)のもの。脳の体性感覚野のバレル皮質の神経細胞を可視化すると個々の神経細胞の樹状突起が感覚情報の入力が多い(活性が高い)方向にのみ枝分かれし、樹状突起は非対称な形態となる。一方の下は、これらの細胞でBtbd3の機能を阻害した場合で、感覚情報の入力が少ない(活性が低い)方向にある樹状突起が除去されず、樹状突起は対照な形態となる

そこで、さらに普段はBtbd3が発現していないマウスの大脳皮質の視覚野の神経細胞に強制的にBtbd3を発現させた結果、対称な形態を示すはずの樹状突起が、視覚情報が多く入力する方向にのみ枝分かれするようになり、樹状突起は非対称な形態になることが確認されたとする。

Btbd3を人為的に発現させたマウスの視覚野。(左):通常マウス(コントロール)の視覚野ではBtbd3の発現が見られず、樹状突起は視覚情報の入力の量に関らず対照な形態を維持する。(右):Btbd3を強制的に発現させると樹状突起が視覚情報の入力が少ない領域(左側)から除去され、多い方向(右側)にのみ枝分かれし、非対称な形態に変化する

この結果を受けて、マウスとは異なり、感覚情報よりも、視覚情報を多く利用して生活するフェレットにてBtdb3の発現を調べたところ、視覚野の神経細胞でBtdb3が多く発現していること、ならびに樹状突起が視覚情報の入力依存的に非対称に形態変化を起こすことが見いだされた。

フェレットの視覚野におけるBtbd3。Btbd3のmRNAの発現を調べた結果、体性感覚野だけでなく視覚野でより強い発現が確認された(青い染色部位)

また、フェレットではBtbd3が視覚野における神経細胞の樹状突起の形態変化に関っていることが示唆されたことから、視覚野の神経細胞でBtbd3の機能を阻害したところ、視覚情報の入力に関らず過剰な樹状突起の除去が行われず、樹状突起は対称な形態を維持したままであることも確認されたという。

Btbd3を阻害したときのフェレットの視覚野の様子。(左):視覚情報の入力が左右両方からある場合、フェレットの視覚野細胞の樹上突起は対照な形態を示した(通常マウス:コントロール)。(中央):視覚情報の入力が偏って、右側からの入力が多くなった場合は、神経細胞の樹状突起は非対称な形態になる。(右):Btbd3の機能を阻害すると、右側からの入力が多くなっていても樹状突起は形態変化を起こすことができなくなる

今回の成果について研究グループでは、同メカニズムは種を超えて保存されていることから、今後の研究では、マウスやフェレットを用いて、過剰な樹状突起が除去されずに残ることが、どのような脳機能障害をもたらすのかの解明を行っていき、それらをもとにヒトが神経回路の混線によってどのような精神疾患を引き起こすのか、そのメカニズムどのようなものか、などの解明につなげていきたいとコメントしている。