国立天文台は8月22日、台湾中央研究院や国立天文台の研究者で構成された研究チームが、すばる望遠鏡に搭載された惑星・円盤探査用赤外線カメラ「HiCIAO(ハイチャオ)」を用いて、地球から約470光年先のおうし座にある若い恒星「RY」の原始惑星系円盤(画像1)を観測したところ、円盤の立体構造の存在を示す赤外線分布の検出に成功したと発表した。

成果は、台湾中央研究院の高見道弘氏、同・ジェニファー・カー氏、同・キム・ヒョスン氏、同・チョウ・メイイン氏、東京大学の橋本淳氏(米オクラホマ大学)、同・田村元秀氏(国立天文台)、オクラホマ大のジョン・ウィスニエウスキー氏、独マックスプランク研究所のトーマス・ヘニング氏、米エウレカ・サイエンティフィックのキャロル・グレディ氏、米ハワイ大学のクラウス・ホダップ氏、国立天文台の神鳥亮氏、同・工藤智幸氏、同・日下部展彦氏、兵庫県立大学の伊藤洋一氏、茨城大学の百瀬宗武氏、総合研究大学院の眞山聡氏らの研究チームによるもの。観測はすばる望遠鏡による戦略的惑星・円盤探査プロジェクト「SEEDS」の一環として行われたもので、研究の詳細な内容は、8月1日付けで米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

画像1は、おうし座RY星の原始惑星系円盤の想像図だ。円盤上層部に密度の薄い塵の層が広がっており、この塵の層の向こうに円盤があることがわかるよう、円盤は実際より明るめに描かれている。円盤と垂直方向に伸びるジェットは、おうし座RY星のような若い星でしばしば観測されるものだ(今回の赤外線観測では見えていない)。

画像1。おうし座RY星の原始惑星系円盤の想像図。(c) 自然科学研究機構 国立天文台

近年、我々の太陽系以外の恒星系で多様な系外惑星が発見されている。我々の地球を含むこうした惑星たちは、原始惑星系円盤と呼ばれる、ガスと塵(固体小粒子)からなる円盤の中で生まれたものと考えられているが、円盤の中で惑星系がどのように生まれ成長するのかは、まだ正確なところはわかっていない。

恒星や恒星をとりまく原始惑星系円盤は、ガスや塵からなる周囲の分子雲が降り積もることにより生まれ、このプロセスは宇宙的な視点で見ると非常に短い時間である10万年から100万年の間にほぼ終了するとされる。一方で、円盤の中では力学的に安定であることから円盤赤道面への塵の集中が進む。その結果、円盤の中で塵同士が衝突することにより、惑星のもととなる岩石コアが成長していく。

このような原始惑星系円盤における立体構造の進化の解明は、原始惑星系円盤や惑星系が成長するプロセスやメカニズムを理解する上で大変に重要だ。しかし円盤の平面構造の観測と異なり、立体構造の観測に適した天体ははるかに少なく、多数の天体を探査することで研究例を増やしていく必要があるのである。

さらに、原始惑星系円盤の構造を観測するためには、特殊な観測装置も必要だ。すばる望遠鏡では近年、HiCIAOを用いた、多数の原始惑星系円盤の観測が行われている。HiCIAOを用いると、地球型惑星の主材料である塵粒子が、中心星からの赤外線を散乱する様子を非常に高い感度でとらえることが可能だ。その性能により、これまでにも原始惑星系円盤の渦状構造や、リング状構造の発見などで、成果を上げている。

台湾中央研究院の高見氏を中心とする研究チームは今回、地球から距離約470光年にある、年齢約50万歳、太陽の2倍程度の質量を持つおうし座RY星の原始惑星系円盤を観測。この天体ではこれまでの電波観測などから、惑星系が成長しつつある可能性が議論されてきた。

観測は波長1.65μmの赤外線でもって実施。観測の結果、検出された赤外線の分布が星を中心とせず、円盤の短軸方向にずれていることがわかった(画像2・3)。この傾向は、HiCIAOによるほかの天体の観測では見られなかった新しい結果である。このずれは、はほぼ透明で内部まで見通せる電波と異なり、赤外線では円盤の比較的上層付近の散乱光が観測されることが理由と考えられるという(画像4・5)。すなわちこのずれは、円盤の鉛直方向に対する構造の証しということができるとした。

画像2(左):すばる望遠鏡/HiCIAOによる、RY星を取り囲む塵粒子の赤外線観測画像。色は赤外線の強弱を表し、青から黄色、赤になるに従って明るくなる。星印は星の位置を示す。星の強い光はコロナグラフのマスクで抑えて観測し、この部分は青く塗りつぶされている。白い楕円は、原始惑星系円盤の赤道面の位置で、電波の波長で観測される円盤の位置に対応。赤外線で観測された星からの散乱光が、全体的に上方向にずれているのがわかる。画像3(右):円盤により散乱された赤外線の模式図。塵が上層高くに分布しているほど、観測される赤外線の散乱光の分布が上方向にずれる。(c) 国立天文台

原始惑星系円盤の構造の模式図。電波の波長では原始惑星系円盤は透明で、主に赤道面付近の密度の非常に濃い部分の放射が観測される。赤外線で不透明な層は電波で観測される層に比べて厚く、HiCIAOなどの観測では画像4(左)のように、この層の表面からの散乱光が観測されると普通は考えられている。画像5(右)は、今回のおうし座RY星の研究により得られた新しい描像。上層に、電波だけではなく赤外線でもほぼ透明の層が存在し、主にこの層からの散乱光が観測されたと考えられる。(c) 国立天文台

円盤の立体構造をさらに詳しく調べるため、さまざまな厚みと表面形状の円盤について光の散乱や放射のシミュレーションを実施し、観測結果との比較が行われた。その結果、観測された赤外線分布は、これまで考えられていたような円盤表面の散乱(画像4)では説明できないことがわかったのである。

研究チームは、観測された赤外線は、円盤の上に広がる密度の薄い塵の層(散乱層、画像5)によるものではないかと考察。シミュレーションの結果、このような層を考えることで、観測結果を説明できることがわかったというわけだ(画像6)。研究チームは、散乱層の塵の総重量を月の重さの約半分程度と見積もっている。

画像6は、塵粒子による散乱の数値シミュレーション。色は赤外線の強弱を表し、青から黄色、赤になるに従って明るくなる。白いコントア(輪郭線)はHiCIAOで観測された赤外線の強度分布を示したもの。

画像6。塵粒子による散乱の数値シミュレーション。(c) 国立天文台

なぜこの原始惑星系円盤で、このような塵の分布が観測されたのだろうか。これはこの天体がほかの原始惑星系円盤に比べてやや若く、星や円盤ができる際に降り積もってきた塵がやや上層に残っているからではないかと考えられるという。

惑星系の生成メカニズムは大きくわけて、塵の衝突成長から始まるメカニズムと、円盤の重力不安定から始まるメカニズムの2つが提案されている。太陽系外の多様な惑星系がどのメカニズムで生成されたのか、そして何が多様性のもととなったのかはまだよくはわかっていない。しかしいずれの場合も、生まれる惑星の個数、質量、大気組成などは、原始惑星系円盤内の密度や温度に大きく影響されると考えられている。

「散乱層の光や赤外線は、我々観測者の方向だけでなく円盤の方向にも散乱され、その結果、円盤を暖めるはずです。このことは、円盤内でどのような惑星系が生まれるのかを左右するかも知れません」と、高見氏はコメントした。

今後、HiCIAOにより類似の天体がより多く発見されるのではないかと期待されるという。一方、大型電波望遠鏡アルマでも、多数の原始惑星系円盤が今後観測される予定だ。アルマを用いることにより、赤外線では見通せない円盤の奥深くにある惑星系形成の様子を観測できるものと期待されている。すばる望遠鏡による赤外線での研究と組み合わせることにより、惑星系の多様性の謎に迫れるのではないかと研究チームは期待しているとした。