国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は8月21日、外国語学習において脳は従来想定されていた以上に柔軟に変化することを明らかにしたと発表した。

同成果はNCNP先進脳画像研究部の花川隆 部長、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の細田千尋 研究員らによるもの。詳細は2013年8月21日(米国時間)発行の米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載される予定。

脳はその部位ごとに異なる機能を有していることは良く知られており、例えば、右利きの人では左大脳半球の前頭葉と側頭葉の一部に言語機能が局在していることが分かっており(言語野)、逆に右大脳半球は言語との関わりが乏しいと考えられてきた。しかし、運動や言語の学習は、日々の生活で繰り返されているものの、未だに不明な点が多く残されている。

特に日々の学習により能力が向上するのは、脳に何らかの変化が生じているためと考えられているが、その詳細は未解明で、学習によって脳局所の構築に変化が生じることが重要なのか、脳局所間の連結が強まることが重要なのかについての議論が繰り広げられてきた。近年になり磁気共鳴画像法(MRI)を用いることで、学習による脳の構築の変化を計測することが可能となったが、脳の局所の変化あるいは脳の局所間の連結を表す画像のどちらか一方しか解析の対象にしていなかったため、先述の議論に対する答えを出すに至っていなかった。

今回、研究グループでは、新たに脳局所と局所間連結の両方を継時的に評価できる方法を開発し、従来左半球に偏在して生じると考えられてきた言語学習を題材として、学習によって脳局所と局所間連結にどのような変化が生じるのかの検討を行ったという。

具体的には、4カ月間の英語語彙学習プログラムに参加した24名の日本人大学生と、参加しなかった20名の日本人大学生の合計44名(全員右利き)から、学習期間の前後に英語能力テスト(TOEICなど)と複数の脳MRI画像データ(脳灰白質容積MRI画像、脳白質連結MRI画像)を取得、解析を行った。

学習プログラムを受けた学生のTOEICの点数は30%アップし、右前頭葉44野に灰白質容積の増加、44野と大脳深部の神経細胞体の集合体(核)の1つである尾状核の連結と、44野と側頭葉上部の連結に強化が生じていることが確認された。

英語語彙学習による成績と脳構築の変化(学習直後と1年後)。英語語彙学習プログラム参加者(24名)の平均では、学習後(紫縦棒)に英語力、右前頭葉(44野)の灰白質容積、右前頭葉(44野)と尾状核結合の強度が、学習を行っていない参加者と比べて有意に増加したものの、1年後の調査では学習前と変わらない値(橙縦棒)に戻っていることも確認された。なお、左前頭葉と尾状核の結合には同様の変動は見られなかった

また、これらの変化は右大脳半球に偏在しており、右前頭葉44野の灰白質容積増加と、右前頭葉44野と尾状核の局所間連結増強だけがTOEICの点数アップ率と相関していることが示されたが、学習プログラムに参加しなかった群ではこうした変化は見られなかったという。

さらに研究では、学習プログラムに参加した群の学生を対象に、プログラム終了1年後に再度検査を実施。ほとんどの参加者はTOEIC点数が学習直後より低下しており、右前頭葉44野の灰白質容積と44野と尾状核の連結強度も学習前に近い状態に戻っていることも確認したという。

局所灰白質容積と局所間連結の変化の関係性。学習前後の比較では、ほぼ全例で学習後(紫)に右44野灰白質容積と右44野皮質下白質連結強度が連れ添って増加していることが示された。また、学習直後と1年後の比較では、1年後に英語力が低下した多くの参加者では右44野灰白質容積と右44野皮質下白質連結強度がともに失われていたが、成績を保っていた数例では保たれていることも確認された。なお、1年後に成績を保っていた参加者はプログラム終了後にも自発的に英語学習を続けていたという

ただし、自発的に英語学習を続けていた少数の参加者については、点数が保たれていたのと併せて、前頭葉44野の灰白質容積と44野と尾状核の連結強度もプログラム参加前より増加した状態を保っていることが確認されたとする。

加えて、別の日本人成人137名を対象として英語語彙能力テストを行ったところ、英語語彙能力が高い人ほど右前頭葉44野の容積と44野と尾状核の連結が発達していることも確認されたとのことで、この結果について研究グループでは、成人になっても、学習により脳局所と局所間連結の両方が並行して柔軟に変化することが示されたと説明している。

日本人成人で英語語彙力と相関して発達している脳構築。英語語彙学習によって変化した脳部位(右44野容積と右44野尾状核連結)は、日本人成人137名における横断的検討で、高い英語語彙能力を持つ人ほど発達している部位であることが判明した

今回の研究結果は、学習に合わせて神経回路は強化されるが、学習を怠れば、その機能が失われてしまうことを科学的に示すものとなるほか、これまで言語との関わりが乏しいと考えられてきた右半球に構築の変化が生じることが確認されたことで、学習により変化する脳のレパートリーが従来考えられていた以上に広いことを示すものとなると研究グループでは説明。特に言語学習に伴う前頭葉44野と尾状核の連結強度の変化については、言語学習に強化学習の機構が働いている可能性を示唆するものとなるとしている。また、今回開発された手法については、外国語学習以外のさまざまな学習メカニズムの理解に役立つほか、言語障害のリハビリテーション法の支援など精神・神経疾患の医療の向上にもつながることが期待されるとコメントしている。

学習継続と脳構築の関係。継続は力なりの言葉通り、せっかく学習で強化した神経回路も、学習を怠ると失われてしまう