理化学研究所(理研)は7月26日、マウスを用いた実験により記憶の内容を光で操作することにより、誤った記憶(過誤記憶:False Memory)が形成されることを実証することに成功したと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センターの利根川進センター長(米国マサチューセッツ工科大学 RIKEN-MIT神経回路遺伝学センター教授)と、RIKEN-MIT神経回路遺伝学センター利根川研究室のSteve Ramirez大学院生、Xu Liu研究員、Pei-Ann Lin氏、Junghyup Suh研究員、Michele Pignatelli研究員、Roger L. Redondo研究員、Thomas J. Ryan研究員らによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Science」オンライン版に7月26日(米国時間)に掲載される。

生物の記憶は神経細胞が集まりである「記憶痕跡(エングラム)」によって蓄えられ、何かを思い出そうと思うと、脳が断片的な記憶を集めて、それを再構築する。しかし、その際に、一部を変化させたり、変形させてしまうことが多々あり、その結果、記憶を頼りにすることができなかったり、その不正確な記憶により、思いもよらない事態を引き起こすなどといったことも起こりうることが知られており、米国で事件捜査にDNA鑑定が導入されたことで冤罪が晴れた最初の250人のうち、約75%は誤った目撃証言による被害者であるといった報告もある。

研究グループはこれまでのマウスの脳を用いた研究から、記憶を保持する脳細胞群を光感受性タンパク質で標識し細胞群を光で刺激することで、脳に保存されている特定の記憶を思い出させることに成功しており、今回の研究は、そうした実績を基に、過誤記憶の形成の解明に挑んだ。

具体的には、海馬のエングラムを保持する細胞を操作することで、遺伝学的に改変したマウスに過誤記憶を形成させることを目指し、まず、安全なA箱の環境を記憶する神経細胞群に注目。光(ブルーライト)の照射でこれらの細胞が活性化するようにした後、まったく異なる環境のB箱にマウスを入れ、A箱の環境記憶を活性化するべく光を照射。それと同時に、マウスが嫌がって不快反応を示す弱い電気刺激を足に与え、光で活性化したA箱の環境記憶と電気刺激の恐怖の間の関連付けを形成させることを行った。

この状態は、マウスは実際にはB箱でのみ電気刺激を受けたが、脳ではA箱の環境記憶が思い起こされ、それが電気刺激と関連付けられたことを示すもので、実際に、こうした経験を経たマウスを、電気刺激を経験したことがないはずのA箱に戻しても、恐怖反応(すくみ)を示すことが確認されたという。

また、同マウスをまったく別の環境に置いても、人為的に恐怖と関連付けられた海馬の神経細胞群を光で活性化すると、意のままに偽りの恐怖記憶が呼び起こせることも確認したという。

さらに調査を行ったところ、この過誤記憶の呼び出しには、自然な恐怖記憶の呼び出しに使われるのと同じ脳内の領域(扁桃体など)が使われることが判明。脳領域としては、「過誤記憶の呼び出し」で活性化される領域と「真の記憶呼び出し」で活性化される領域と区別ができなかったとのことで、その結果、マウスは過誤記憶を「真の記憶」のように感じたのではないかと考えられると研究グループでは説明している。

なお、研究グループでは今回の成果を基にヒトにおける過誤記憶の理解が進むことで、事件の裁判における目撃証言の脆弱性の警鐘となることが期待できるとコメントするほか、利根川進教授は、「ヒトは高度な想像力を持った動物です。今回の研究のマウスと同様に、私たちが遭遇する"嫌な"あるいは"快い"出来事は、そのときまでに獲得した過去の経験と関連付けられる可能性があり、それで過誤記憶が形成されるのです」と述べている。

記憶のあいまいさができる理由。左:安全な青い箱を記憶した神経細胞を光感受性タンパク質で標識
中:赤い箱の中で、青い箱の記憶を光刺激で読み出し、足には電気刺激を与える
右:青い箱に戻すと、怖がる(過誤記憶の証拠)
(出所:理化学研究所Webサイト)