この「どこでもサイエンス」では、「そんなの知ってる~」というおはなしもどんどんとりあげます。で、今回は鉛筆と電卓の関係です。なんのことはない、シャープペンシルの開発者が、電卓や液晶テレビで有名なシャープの創業者ですよ。とそういうおはなしでございます。

ベルトバックルから電機メーカーに。目の付けどころが違ったシャープ

最近、シャープさん元気がありません。がんばってほしいものです。なにせ、私は、シャープの製品で育ったものですから。

まず、撤退しちゃいましたが、PCではX68Kのシャープですし、オールドファンにはMZ80シリーズのシャープです。ちょっと前は亀山ブランドの液晶テレビといったら、みんなが飛びついたシャープです。松下、サンヨー(三洋電機)とならんで、関西家電の御三家といわれたシャープです。画期的だった液晶電卓に、電子レンジ、クーラーに冷蔵庫のシャープです。エアクリーナーでも人気です。目のつけどころがシャープなシャープです。あ、くどかった? 別にシャープさんからは、なにももらってませんよ。

このシャープ、元の社名は早川電機工業、もっと前は、早川金属工業研究所といいました。早川は創業者の早川徳次さんの名字です。よくあるパターンですね。ホンダだって、フォードだって、フィリップスだってそうだものね。

問題は、あとの「金属工業」ってところですね。確かに、家電製品には金属は使います。電気を流すのは導体で、その代表は銅などの金属ですものね。でも、金属工業といわれると、ステンレスの流しを作っているとか、金具を作っているとか、そんなイメージがあります。実はその通りで、シャープは金属製のベルトバックルを作るところからスタートしているんです。

このベルトバックルは早川さんが金属加工屋さんで働いているときに発明したものです。ベルトバックルは、ベルトに穴をあけずに、ベルトを締められるというすぐれものです。バックルにローラーを使い、適当なところで締まるこの発明は、大量の受注があり、これで早川さんは独立起業することになったんですね。特許は1912年に成立しています。

そして起業したあと、得意の金属加工技術で、1915年ごろに、金属製の繰り出し鉛筆、シャープペンシルを発明し、大当たりします。いまのカチカチではなく、くるくると軸を回すタイプだったそうです。これが海外で大当たりして、日本に逆輸入され、会社が大きくなっていったそうです。

ところが、早川さんに不幸がやってきます。そう、1923年の関東大震災です。これによって、工場も家族も失った早川さんは、借金取りにも追われ、シャープペンシルの特許を売るなどしてなんとかしのぎ、大阪に移ることになりました。ということで、シャープはもともと東京の会社で、関東大震災で大阪に移ったんですねー。

白川英樹博士のノーベル化学賞受賞の原点にもなった存在 - 鉱石ラジオ

さて、ここから、なぜ、家電のシャープになったかです。これは、もう「時代」としかいえない事情があったのです。シャープペンシルの特許は売ってしまいましたから、これの製造をするわけにいきません。こまごました金属加工を、東京からついてきた職人さんと一緒に作って生活していたところ、おもしろい製品を目にします。それは、ラジオです。

ラジオは当時発明されたばかりで、放送もはじまっていませんでした。でも、輸入品が店頭に飾られていたんですね。早川さんは、たいへん興味を持ち、それを作ろうとしました。当時のラジオは、鉱石検波器をつかう「鉱石ラジオ」です。

ラジオの原理(AMラジオ)をざっくりいうと、アンテナに入った電波のうち

  1. ある周波数の電波だけをすくいあげ
  2. その信号の正負のいずれかをすて 3.取り出した電気振動でイヤホンを振動させて音を出す

というものです。

ある周波数の電波だけをすくう(同調:チューニング)には、コイルとコンデンサを使います。コイルの巻き数やコンデンサの容量によって、すくえる周波数が変わってきます。これでチューニングできるんですね。

問題は、信号の正負のいずれかをすてる(検波)です。これをしないとプラスマイナスゼロで、無信号の電気振動になってしまいます。それを解決するのは、いまではトランジスタなんですが、これは戦後に発明されたものです。当時は鉱石がこの検波の役割を担っていました。方鉛鉱や黄鉄鉱などが使われました。両方とも自然に掘り出して、キラキラして面がよく見える鉱物です。

これら、鉱石に「うまいこと」導線をあてると、検波ができるのです。導線の接触のさせかたなどで検波性能が変わるので、うまくラジオに使うには工作技術が必要です。はい、ここに金属加工の技術が入り込む部分があるのですね。

早川さんは、日本で初めて鉱石ラジオのキットを生産し、その後、シャープはラジオを皮切りにテレビ、電子レンジ、エアコン、冷蔵庫などの家電メーカーへと成長をとげ、液晶電卓の大ヒットを経て、液晶と太陽電池を武器にして特徴ある会社になったというわけですね。最初から電気製品を作っていたパナソニックやソニー、東芝などとは違うわけです。

このように、本業から思わぬ方向に発展した会社としては、カネボウ化粧品(化粧品で有名だけれど、もともとは紡績会社)とか、ローランドDG(オルガン製造からスタートした電子楽器メーカーから分社した、プロッタや3Dプリンタのメーカー)、日立造船(造船業は別会社になり、いまはプラントや建築機械の製造メーカー)などが思い浮かびます。いずれも、自分の得意分野から派生して、現在の業態になっていった会社ですね。

ということで、シャープペンシルが、シャープの草創期を支えたわけですが、いまや権利は持っていないわけです。ついでにいうと、シャープペンシルは、いつでも鋭い鉛筆くらいの意味の和製英語です。英語では、メカニカルペンシルとか、オートマティックペンシルなどと言われています。こうなると、ますます関係がわかりませんね。もっとも、あまりシャープペンシルを使っている外国の人ってみかけませんけどね。

シャープ創業のきっかけとなった「徳尾錠」(出典:シャープWebサイト)

社名の由来にもなった「早川式繰出鉛筆」(出典:シャープWebサイト)

国産第1号の鉱石ラジオセット (出典:シャープWebサイト)

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。