京都大学は、ナノサイズの金属粒子を周期的に並べた構造(ナノアンテナ)を用いると、発光材料の発光強度を大きく増強したり、発光の方向を制御できることを実験的に明らかにしたと発表した。

成果は、同大 工学研究科 村井俊介助教、オランダAMOLF研究所 Gabriel Lozano博士、Davy J. Louwers博士課程学生、Said R. K. Rodriguez博士課程学生、Olaf T. A. Jansen博士、Jaime Go'mez Rivas教授、オランダフィリップス研究所 Marc. A. Verschuuren博士らによるもの。詳細は、英国ネイチャー系オンライン科学誌「Light:Science & Applications」に掲載された。

電球や蛍光灯に替わる次世代の照明として、白色LEDの開発が進んでいる。典型的な白色LEDは青色LEDと青色光の照射で黄色に光る蛍光体の組み合わせからなり、蛍光体に吸収されなかった青色と蛍光体からの黄色が混ざることで白色光が得られる。現在、白色LEDのさらなる高性能化に向けて、青色LEDの高性能化、新規蛍光体の開発、あるいは青色LEDと蛍光体の空間的配置の最適化など多方面からの研究が進んでいる。

図1 典型的な白色LEDの構造の模式図。青色LEDと、青色の光を吸収して黄色の光を放出する蛍光体(主にセリウムを添加したイットリウムアルミニウムガーネット結晶が使われる)から構成される。吸収されなかった青色光と、蛍光体からの黄色光が混ざって白色光となる

一方、発光を増強する新たな方法として、金属特有の光学現象である表面プラズモン共鳴を用いることが近年提案され、世界中で研究されている。例えば、ナノサイズの金属粒子に光を照射すると、粒子表面に表面プラズモン共鳴が励起され、光のエネルギーが粒子表面に集中する効果が得られる。このように光を制御する効果を持つ金属のナノ構造は「ナノアンテナ」と呼ばれている。ナノアンテナを使うことにより、従来は検知できなかった微弱な信号を検出できる高性能なセンサや、従来よりも高効率な太陽電池の作製が期待される。蛍光体をナノアンテナと組み合わせることで、その発光強度を増強する試みも盛んになされており、特に量子収率の低い発光材料には有効であると報告されている。しかし、実用に近い、量子収率の高い材料は発光強度の増強の余地が小さく、また金属による発光材料の失活の影響があり、増強効果は限定的なものにとどまっていた。また、ナノアンテナが作製できる面積が100μm2程度と小さいことや、材料として金や銀などの貴金属を使っていることなど、照明に応用するには問題点があった。

図2 ナノアンテナとして働く、金属ナノ粒子の周期構造の電子顕微鏡画像

今回、研究グループは、これまでのナノアンテナの問題点を克服し、量子収率の高い発光材料の発光強度を60倍程度まで増強することに成功した。また、ナノアンテナとして金や銀ではなく、安価な金属アルミニウム粒子の周期構造を採用し、ナノインプリントリソグラフィによって10cm2の大面積で精度の高い加工に成功した。図3は実験に使用した構造で、ガラス基板上に作製したナノアンテナの上に、発光層として色素(量子収率86%)を含むポリマー膜を塗布することで試料とし、発光層の厚さを650nmと、従来の研究に比べ厚くすることで、金属による失活効果の低減を狙ったという。

図3 試料と測定の模式図。ナノインプリントリソグラフィにより金属アルミニウム粒子の周期構造からなるナノアンテナをガラス基板上に作製し、その上に色素の入ったポリマー膜からなる発光層を塗布して試料とした。青色レーザで励起し、発光を試料面からの角度θの関数として検出した

この試料を青色レーザで励起したところ、ナノアンテナがない場合に比べて格段に明るく光り、特に試料面に垂直な方向への発光強度は単一波長での比較で最大60倍にまで増強されたほか、ナノアンテナ試料では発光の指向性が高まることも明らかになった。

図4 (a)ナノアンテナ試料の写真。画面後方から青色レーザが入射している。中心の一番明るいスポットが照射点で、ナノアンテナによって回折された光がその周りに明るい点を作る。挿入図は試料の垂直方向(θ=0度)で観察した、ナノアンテナ試料と参照試料の照射点における発光強度の比較。ナノアンテナ試料の方がはるかに明るく光る。(b)試料面に対し垂直方向(θ=0度)で検出したナノアンテナ試料の発光スペクトルを参照試料の発光スペクトルで規格化した図。発光強度が最大で60倍近く増強されていることがわかる。図中の矢印はナノアンテナが回折条件を満たす波長を表す。回折条件と増強の起こる波長がよく一致する

図5 発光強度の方向依存性

測定波長範囲で積算した発光強度を、参照試料の積算発光強度で規格化し、試料面に垂直な方向からの角度に対してプロットしたところ、金属アルミニウム粒子がランダムに並んだランダム試料では発光の角度依存が少なく、また強度の増強も限定的であるのに対し、ナノアンテナ試料では試料面に垂直な方向に強い発光が見られたことから、この発光強度の増強と発光方向の制御は、3つの機構の相乗効果であると考えられるという。1つ目は、青色レーザの吸収の増加。表面プラズモン共鳴の電場集中効果により、ナノアンテナの周囲では照射した青色レーザの強度が高くなる。これにより、ナノアンテナがない場合に比べ色素に光が集中し強く励起される。

2つ目は、ポリマー膜からの発光の取り出し効率の上昇。ポリマー膜は屈折率が空気よりも高いために、全反射により色素からの発光の一部が閉じ込められて外に取り出せない。ナノアンテナは光を特定の方向に回折し、外部に放出する役目を果たす。

3つ目は、色素の発光速度の上昇。色素の周囲に電磁波のエネルギーを集中することで、色素の発光速度が上昇することが知られている。ナノアンテナにより、発光層内での電磁波の分布を制御し、色素をより明るく光らせることができる。

これら3つのうち、特に2つ目と3つ目の機構は、金属粒子がランダムに分散するのではなく、規則的に並んだナノアンテナを用いることで大きな効果が期待できるという。今回、この3つの機構に加え、発光層が厚いために電磁波のエネルギーが集中する場所が金属から離れたことで金属による色素の失活が低減され、大幅な増強効果が実現したと考えられると研究グループでは説明。

今回の実験では、高い量子収率を持ち、実用化に向けて研究が進められている色素を発光材料として用いたが、他の蛍光体にも応用可能であり、商業的に最も使われている黄色蛍光体であるセリウムを添加したイットリウムアルミニウムガーネット(YAG:Ce)からの発光もナノアンテナにより制御可能であることも確認しているという。 なお、今回使用されたナノアンテナと発光層の厚さが650nm程度であり、増強後の発光強度は現状の照明(発光層の厚みが数十μm)の発光強度には及んでいないことから、研究グループでは今後、このナノアンテナと発光層を3~5枚程度積層することで厚みを増やし、十分に輝度を持った構造の実現を目指すとしている。