JAXA理事/研究開発本部長 中橋和博氏

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は8月23日、現在進めている航空技術の研究開発の見学会を開催した。

「激しい技術競争で海外に先んじ、メーカーでは手が出しにくい最新の技術を開発。国内産業に役立てていく」(JAXA理事/研究開発本部長 中橋和博氏)とするように、航空分野でもJAXAの関わる範囲は広い。航空運行や輸送では国土交通省、災害対策や技術的な情報交換などでは防衛省、環境計測では環境省など、幅広い分野で技術のニーズがある。

※記事初出時、中橋氏の肩書きに誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

航空技術分野では、近年特に安全性や環境に配慮した技術が注目されているといい、見学会では、安全性や環境性能に配慮した開発技術の一部が公開された。

JAXAで開発している技術の一部

JAXA調布航空宇宙センター飛行場分室。実験用航空機や飛行シミュレータを利用した技術実証や、次世代航空機の研究などを行う

見学会では、ソニックブームを低減する設計技術や、製造前に航空機の精巧な模型で機体へ加わる詳細な影響を長期間計測する、風洞の情報化システムなどを紹介。実際にソニックブームの音や風洞の内部を体験することができた。

ソニックブームを低減する「静粛音速機技術」

ソニックブームの騒音と不快な振動により、超音速旅客機の飛行は国際的な規定で制限されている。しかし飛行時間の大幅な短縮を目指し、超音速飛行時の騒音を低減する取り組みは、航空業界で世界的な流れの1つ。JAXAではソニックブームの音や衝撃を低減する「静粛音速機技術」を開発しており、2003年に引退した超音速旅客機「コンコルド」のソニックブームと比べ、騒音を約1/4まで低減することが目標だ。

ソニックブームの解説

航空機のソニックブームでは、機体先端部と高端部にて2段階の衝撃が生じる

そもそもソニックブームとは、飛行機が音速を超えて飛ぶ際に生まれる衝撃波のこと。前述の理由により、超音速で試験機を飛ばせる国は少ないが、JAXAは2011年にスウェーデンのNEAT実験場にて低ソニックブームの飛行実証を行なった。ソニックブームの波形を再現する試験機を気球で高度3kmから吊り下げ、音速で落下する際に発生する衝撃を計測する。この「D-SEND計画」では、円錐形の機体模型と、実際の航空機に似せた機体模型の2機種ともに、ソニックブームの計測に成功。2013年には、低ソニックブームの設計模型を用いて同様の実験を行い、設計技術の確立に向け歩みを進める。

低ソニックブーム仕様の設計模型

また、ソニックブームの調査のため、調布航空宇宙センター分室内にソニックブームシミュレータを設置。シュミレータでは、ソニックブームに対する人の感じ方や、窓・サッシなど建物へ与える影響を調べるため、ソニックブームとほぼ同等の低周波が発せられる状況を作り出している。実際にコンコルド機のソニックブーム音と、JAXAの低ソニックブーム設計の機体の音のモデルを聴いたところ、低ソニックブーム設計機体の音の方がはるかに静かに感じられた。

ソニックブームシミュレータ

内部には被験者が座る椅子とインターフォンが設置される

ハイブリッド風洞情報化システム

調布航空宇宙センターには国内最大の遷音速風洞がある。風洞とは、飛行機の模型に長期間風を当て、巡航状態で航空機に加わる圧力などを計測する場のことで、ライト兄弟の時代から考案されている。

JAXAに設置されている風洞は全長200m。直径5m大の巨大な送風機で、循環式に風を送る仕組みだ。センターに設置されている風洞は、マッハ数0.1~1.4の風速で長期間の試験ができ、各航空機メーカーや防衛省などが数週間単位で機体製造前試験の「レンタル待ち」の状態となっている。

風洞の全体図

試験は2m×2mの「測定部」で行うが、両面を風洞壁で囲まれている点や、模型を固定する支持装置などの存在で、実際の飛行状態とは異なるため、機体に実際にどんな影響があるかを高い精度で予測する必要がある。この予測をスパコンでシミュレーションするデジタル解析と、実際の風洞実験の結果を、準リアルタイムで相互に補完する「デジタル/アナログハイブリッド風洞システム」の開発も目標としている。

両社を融合させたシステムの開発で、実際の機体や建築物などが受ける影響の予測を従来より高め、機体製造後の失敗リスクを低減できるという。2014年の3月頃に全システムを完成させる予定だ。

2m×2m(奥行き4.13m)の測定部。スペースシャトルの場合は10万時間(11年相当)稼働させ続けることも

測定部を外側から見たところ。風洞設備は1957年に竣工。2012年現在で55年が経過し、ファンなど駆動装置の修理を検討したいという

ハイブリッド風洞情報化システムのイメージ。風洞内での測定結果とスパコンのCFD解析技術(Computational Fluid Dynamics:空気の流れなどをシミュレーションする技術)を組み合わせ、機体への影響を高精度で予測する

高高度で使えるドップラーライダー(乱気流検知システム)

ドップラーライダー(乱気流検知システム)の実験システム

ドップラーライダーは、晴天時でも乱気流を検知できる実験装置。機体からレーザー光を発射し、前方の乱気流に反射して戻るまで時間を計測して接触までの時間を計測する。事前に乱気流の存在を伝えることで、機体が揺れても自動的にバランスをとれる状態に導くことを目的とする。

現在航空機には気象レーダーが搭載されているが、晴天時に雲もなく起こる乱気流をパイロットが知る方法は無く、事故発生の一因にもなっている。ドップラーライダーでは、機体からの距離と乱気流の規模を1秒ごとに観測し、現状でも低高度では15kmの広範囲で観測可能。ただし、ジェット機が運行する高度10km圏の高高度ではレーザーの反射が少なく、現状では広範囲の検知は難しいという。

既に米ボーイング社と実用化に向けて研究開発を進めており、数十km範囲での検知や、装置の小型化などを進め、具体的な実用化には10年程度を見込んでいる。

モニターでは1秒間ごとに乱気流の規模と機体からの距離を計測

ドップラーライダー(乱気流検知システム)の実験システムの仕組み

JAXAでは、エンジン開発や機体技術研究では、低燃費で騒音やCO2などの排出を削減するクリーンエンジンへの取り組みや、飛行時低騒音化技術の開発などを次期の中期計画に据える。産業界との連携の強化に力を入れ、開発技術を民間企業の実機へ転用していく。

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