産業技術総合研究所(産総研)は7月9日、九州大学(九大)と日本電子との共同研究により、最新鋭の「収差補正型透過電子顕微鏡」を用いて単原子からの「特性X線」を検出することに成功したと発表した。

成果は、産総研 ナノチューブ応用研究センターの末永和知上席研究員、同センター 高度化ナノチューブチームの岡崎俊也研究チーム長、九大 超高圧電子顕微鏡室室長の松村晶教授、日本電子の奥西栄治リーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月9日付けで英科学誌「Nature Photonics」オンライン版に掲載された。

生体や物質に含まれる元素を、原子1つ1つの精度ですべて分析する技術は、広い範囲の研究分野で望まれている。これまでにも「電子線エネルギー損失分光(EELS)」など、単原子の元素分析を行なえる技術はあったが、対象となる元素の種類が限られ、特に触媒や抗がん剤などに使用される白金や金などの貴金属単原子の高感度元素分析ができていなかった。

一方、「エネルギー分散型X線分析(EDX)」は原子番号5の「ホウ素」から原子番号92の「ウラン」まで、貴金属を含む広範囲の元素の同定ができる分析手法だ。しかし、これまでは検出効率の低さから単原子レベルでの元素分析は不可能とされてきた。特に極微量の貴金属元素が重要な役割を果たす触媒や抗がん剤の研究では、EDXを用いた単原子レベルの元素分析が待ち望まれていたのである。

ちなみに産総研では、カーボンナノチューブ(CNT)をはじめとするナノ材料の性質を大きく左右する不純物やドーパントを検出するために、単原子レベルの元素分析手法の開発に取り組んでいる。

一方、九大と日本電子では、X線を取り込む立体角をこれまでより1桁程度大きくすることによって、検出効率を飛躍的に向上させたEDX用の「シリコンドリフト検出器」と、それを搭載する最新鋭の収差補正型透過電子顕微鏡の開発を行ってきた。

今回、九州大学に設置された収差補正型透過電子顕微鏡(JEM-ARM200F、日本電子製)に、0.8sr(ステラジアン)の立体角を持つ広角シリコンドリフト検出器(日本電子製)を搭載。ちなみに従来のEDX検出器の立体角は、0.1sr程度である。

収差補正型透過電子顕微鏡は通常の透過電子顕微鏡に比べて、より細い電子線に高い電流量を流すことが化脳だ。この電子顕微鏡を用いて、産総研で合成した「エルビウム原子」を含む「ナノピーポッド」を試料として、単原子からの特性X線の検出が行われた。画像1が、用いた電子顕微鏡の外観写真と実験概略図である。

画像1。(a)実験に用いた収差補正電子顕微鏡(九州大学に設置)と(b)実験の概略図

特徴は、ピーポッド試料を壊さないために、電子顕微鏡の電子線の加速電圧は60kVと低く抑えられている点が1つ。入射電子線の直径は、原子1つの大きさに相当するおよそ0.2nmと細い。逆に電流量は、効率よくX線を発生させるために、200pAと高い量が用いられた。この電子線の照射によりエルビウム原子が発生する特性X線を、大口径EDX検出器を用いて測定したのである。

画像2(a)が、用いたピーポッド試料のモデルだ。エルビウム原子(赤で表示)1つ1つがフラーレンとCNTに二重に内包された構造を持つ(炭素原子のネットワークはグレーで表示)。

画像2(b)は電子顕微鏡による暗視野像であり、白く明るく見えるところがエルビウム原子である。ここで細く絞った電子線を画像2(b)中の黄色矢印で示したエルビウム原子に照射することで特性X線を発生させた形だ。

画像2。(a)実験に用いたエルビウム原子(赤)を含むピーポッド試料のモデルと(b)電子顕微鏡による暗視野像

画像3。実験の模式図。CNTに閉じ込められたエルビウム原子(赤)に、細く絞った電子線を当てて(緑で表示、左上方から右下方へ)この原子だけを発光させる

画像3が、この時にEDX検出器で検出されたX線のスペクトルである。およそ1.4keVと7.0keVに現れたのが、画像2中で黄色矢印で示したエルビウム単原子が励起され発生した特性X線のピークだ(それぞれM線、L線と呼ばれることもある)。このようにエルビウム単原子の特性X線の検出を行うことに成功したのである。なお、0.3keVには炭素に由来する特性X線のピークが現れている。

画像4。エルビウム単原子からのX線スペクトル

今回の手法は、幅広い範囲の元素の極微量検出に応用できるため、物質に関わるさまざま研究分野の発展に大きなインパクトをもたらすという。今まで不可能であった貴金属を原子1つ1つの精度で検出することが可能になるため、白金や金などを触媒とする燃料電池の機能解明など、特に触媒化学などのグリーンテクノロジー分野への貢献が期待されるのだ。

また分子可視化技術と組み合わせることで、抗がん剤に用いられる白金がどのようにがん細胞の増殖を抑えるかなどの情報が原子レベルで直接得られるようになれば、分子設計に基づいた将来の医薬品開発にも貢献が期待されると、研究グループはコメントしている。