全編にわたってにじみ出ている著者の真摯な姿勢と深い教養に心を打たれる。理系文系問わず、あらゆる職種の人に読んでもらいたい珠玉の一冊

皆さんの職場にも、そろそろ新人が配属された頃だろうか。私の経験からいえることは、たとえプログラムがバリバリ書ける人でも、あるいは優秀な大学を卒業した人でも、すべての新人にできないことがある。そう、新人というものはきちんとした文章を書けない

これから、新人は、週報や月報、報告書などを書くたびに、真っ赤に訂正された文章を、上司から返されるだろう。この繰り返しで新人にも、文章力が徐々についていくわけだが、まだ、道半ばで苦労している若者も多いだろう。

一方、新人の下手な文章に赤を入れる上司にも苦労が多い。上司自身、会社に入ってから、文章を鍛えられ、今ではなんとかまともな文章が書けるようにはなったものの、いざ自分が新人の文章を指導する際には、なんとなく赤を入れている、ということはないだろうか。

この「なんとなく」とは、理由ははっきりしないが、違和感を感じる部分を指摘する、ということである。そのような指摘をされた新人の立場からすれば、なんとなくおかしいから書き直せ、と言われても、どう直せばいいのかわからないという状況に陥る。

文章を指導する立場ならば、上司は、明確な理由で文章の間違いを指摘できるようになるべきだ。たとえていうと、なんとなくおかしいからという理由で赤を入れる上司は、英会話学校で、「あなたの英文は"なんとなく"おかしい」と言うネイティブ講師とおなじである。こう言われてしまうと、言われたほうは釈然としないものを感じてしまう。文法上の間違いをはっきりと指導することのできる、初心者にやさしい日本人英語講師を、職場の上司も目指そうではないか。

今回紹介する『理科系の作文技術』という本は、このような新人と上司の両者に有効な「仕事の文書」の教科書である。1981年に出版され、65版を重ねる本書は、もともと理科系の学生を含む、若い研究者や技術者が、報告書や論文を書く際の作文技術の教科書として書かれたものだ。

しかし、本書は若い理科系以外の人にも有用だ。他人が読むことを前提にした「仕事の文書」を作成する人ならば、文科系の人もきっと役に立つだろう。もちろん、新人でなくても、入社数年が経ち、日常的に文書を書いている人や、若手の文章を指導する立場の人も、一度となく二度、三度と目を通しておくと、そのたびに、有益なことが得られると思う。では、「仕事の文書」を作成上、重要なポイントのいくつかを本書から紹介しよう。

内容の精選

仕事で作成する文書は、誰に向けた文書か、また、読む人の予備知識はいかほどかにより、盛り込む内容が変わってくることに気をつけよう。

なまの情報

自分が直接経験した情報について、また、それに基づく自分の考えを中心に書くべきだ。インターネットから得た公開情報を単にまとめたような資料の価値が、独自にヒアリングをした結果の資料の価値よりも低いことは明らかである。

概観から細部へ

新人にありがちなミスとして、外部向け文書を書く際に、自分の担当する範囲のことだけを書くということがある。専門外の人に読ませる場合は、まず大きなところから書いて、徐々に自分の担当部分に落としこむという事をすると理解しやすい文書となる。

客観視する

自分の書いた文章を自分で見直す場合、一晩寝かすなどして、自分の文章を客観視できるようにしよう。ただし、これには「修練」が必要だ。文章に対する鋭敏な感覚をぜひ養ってほしい。

トピック・センテンス

1つのパラグラフには、1つのことだけを書くようにすべきである。そのトピックをあらわす代表の文をトピック・センテンスという。大体はパラグラフの先頭の文がトピック・センテンスとなる。英語の文章は、このトピック・センテンスがあるといわれる。日本語の文章ではなかなかトピック・センテンスまで気を配ることはないかもしれない。しかし、初心者はこれに気をつけながら書くとよい。

あいまいな表現はだめ

日本語はもともと、あいまいさをよしとする言葉なので、よほど気をつけないと、あいまいな文章を書いてしまう。たとえば、「五日間病気でした」は日本語としては正確すぎていて、「五日ほど病気でした」のほうが日本語らしい文章だというくだりは、頷かざるをえない。

事実と意見を切り分け、事実に基づく意見を書く

新人の書く文章で、まず指摘されるのがこれだ。事実と意見をごっちゃにして書いてしまうのだ。両者はパラグラフを分けて書いたほうが無難だ。説得力のある意見を書くためには、事実の裏打ちが必要。その事実は上で書いたように、なまの情報が望ましい。独自性のある事実に基づく意見は、価値が高い。このあたりは、もはやビジネスパーソンの必須科目となった論理思考に通じるものがある。

論文は読者に向けて書くべきもので、著者の思いをみたすために書くものではない」という著者の言葉はもちろん、すべての仕事の文書についていえる。この言葉を常に胸に刻み込んでいたい。

理科系の作文技術

木下是雄 著
中央公論新社
1981年9月25日 発行
新書版(中公新書) / 256ページ
ISBN4-12-100624-0
定価 700円 + 税
出版社から: 物理学者で、独自の発想で知られるロゲルギスト同人の著者が、理科系の研究者・技術者・学生のために、論文・レポート・説明書・仕事の手紙の書き方、学会講演のコツを具体的にコーチする。盛り込むべき内容をどう取捨し、それをどう組み立てるかが勝負だ、と著者は説く。文のうまさに主眼をおいた従来の文章読本とは一線を劃し、ひたすら明快・簡潔な表現を追求したこの本は、文化系の人たちにも新鮮な刺激を与えるにちがいない。