ロシアとウクライナが生んだ傑作ロケット「ゼニート」の、その栄光と挫折の歴史を振り返り、そして未来を展望する連載。

第1回ではゼニートが開発された経緯や特徴について解説、つづく第2回では、ゼニートが海上から打ち上げるという方法によって商業打ち上げ市場に参入した経緯と、その後訪れた挫折の顛末について取り上げた

第3回となる今回は、ゼニートが約2年ぶりに打ち上げを再開した経緯と、シー・ローンチの今後も含めた、ゼニートの将来について展望したい。

  • 約2年ぶりとなったゼニートの打ち上げ

    約2年ぶりとなったゼニートの打ち上げ (C) Roskosmos

シー・ローンチが喚んだ雪解け

ゼニートにふたたび順風が吹き始めたのは、2016年のことだった。

シー・ローンチは2010年に、エネールギヤが買い取ってロシア企業になったものの、市場の需要などから、依然として不採算事業であることには違いなく、もてあました状態にあった。

それに加えて、クリミア危機を契機にロシアとウクライナの関係が悪化し、ゼニートそのものの生産が止まったことで、いくつかの報道では、シー・ローンチで使う船のモスボール(保管)が始まったとか、中国企業へ売却されるといった話が取りざたされた(ちなみに関連のほどはわからないが、中国が海上打ち上げに興味を示しているのは事実であり、2018年にも独自の船を使って打ち上げを始めるとされる)。

そして最終的に、シー・ローンチは2016年、ロシアの航空会社であるS7航空へ売却されることになった。ほぼ同時期には、ロシアが数十機のゼニートの購入を検討しているという報道も流れた。

おそらくは、このS7航空によるシー・ローンチ買収と前後して、ロシアとウクライナとの間で、ゼニートの生産と打ち上げ再開に向けた、具体的な話し合いがあったものと考えられる。

ロシアにとってゼニートは、打ち上げ能力の小さいソユーズと、大きいプロトンとの間を埋め、さらに半世紀前に開発されたこれら旧式ロケットを代替する貴重な存在であり、ウクライナにとっても造れば確実に売れる製品であることも間違いない。こうしたそれぞれの事情から、お互いにゼニートを手放すのは惜しいと考えたのだろう。

またS7航空にとっては、肝心のロケットがなければ打ち上げができず、ただ大きな船を買っただけになってしまう。おそらく今後も継続してゼニートが手にはいるという確証が得られたからこそ、シー・ローンチの買収に踏み切れたのだろう。

この動きに続いて、バイコヌール宇宙基地に保管されていたもう1機のゼニートを打ち上げるための作業が始まり、そして2017年12月26日、アンゴラ初の人工衛星である、通信衛星「アンゴサット」を積んでバイコヌール宇宙基地を離昇。2015年以来、2年ぶりとなる打ち上げは無事に成功した。ちなみにアンゴサットは打ち上げ直後、通信ができなくなるというトラブルに見舞われたが、12月29日現在は復旧し、運用開始に向けた作業が行われている。

  • シー・ローンチはロシアの航空会社であるS7航空が買収した

    シー・ローンチはロシアの航空会社であるS7航空が買収した (C) Sea Launch

ゼニートの将来はいかに

かくしてよみがえったゼニートだが、その将来はまだ不透明である。

今回のゼニートの復活は、依然としてロシアとウクライナの対立が続く中、両国の宇宙産業の利害がうまく一致したからこそ実現したものだった。生産・打ち上げ再開に向けた動きは進んでいるようではあるが、今後なにかの拍子にそのバランスが崩れ、どちらかが手を引き、ふたたび運用が止まることになる危険は十分にある。

また、S7航空が買収したシー・ローンチは、まだ本格的に活動を開始しておらず、これから無事に再出港ができるのかはわからない。前述のような、ゼニートの供給が安定して受けられるかという問題はもちろん、そもそもシー・ローンチは2009年に、商業打ち上げ市場に苦戦したことがきっかけで一度破産している。

2018年初頭を迎えた現在、商業打ち上げ市場には米国のスペースXやブルー・オリジンなど、新しい、そして強力な企業が参入し、その一方で静止衛星の打ち上げ市場は当時と比べそれほど拡大していない。その中で、新生シー・ローンチに勝ち目があるかといえば、薄いというのが実情だろう。

  • アリアンスペースのような老舗や、スペースXのような新興企業がひしめく中、シー・ローンチは今後も苦戦が予想される

    アリアンスペースのような老舗や、スペースXのような新興企業がひしめく中、シー・ローンチは今後も苦戦が予想される (C) Sea Launch

さらにロシアでは、既存のソユーズを代替する「ソユーズ5」ロケットや、プロトンなどを代替する「アンガラー」ロケットなど、ゼニートよりも設計が新しく、そして打ち上げ能力などが被るロケットの開発が進んでいる。ソユーズ5はまだ開発段階、アンガラーも試験打ち上げの段階で、ものになるかどうかはまだわからない。しかし、ひとたび運用が始まれば、1970年代の技術で造られ、そしてウクライナ製という大きな足かせをもつゼニートが生き残れる見込みは薄い。

また、ゼニートはバイコヌール宇宙基地とシー・ローンチしか打ち上げ場所がなく、ロシアが極東に新設したヴォストーチュヌィ宇宙基地などには発射施設がない。そのため将来、ロシアがバイコヌール宇宙基地を手放したり、シー・ローンチがふたたび事業から撤退したりすることになれば、ゼニートを打ち上げられる場所がなくなることになる。

そしてゼニートも他のロシア製ロケットも関連する問題として、ロシアの宇宙産業の技術力は低下しており、ゼニートに限らずどのロケットも、今後安定して生産、打ち上げが続けられる保証はない。とくに、ロシアとウクライナの複数の会社が製造にかかわっているゼニートにとって、そのハードルは一層高い。

ゼニートの将来を左右するのは、まずひとつには技術の問題であり、そしてロシアとウクライナの関係と、その中の宇宙産業の関係であり、さらにS7航空が今度どう運用するかという経営の問題でもある。

いかにロシアとウクライナの名門設計局が開発を手がけ、現代でも通用する高性能なエンジンを積んだ"最強のロケット"だとしても、ただそれだけでは生き残ることさえままならないというのは、歴史と現実の皮肉なところであり、悲しくも興味深いところであろう。

  • 打ち上げを待つゼニート・ロケット

    打ち上げを待つゼニート・ロケット (C) Roskosmos

参考

https://www.roscosmos.ru/24512/
SUCCESSFUL LAUNCH OF ZENIT-3SLBF
Zenit successfully delivers Angosat-1
Sea Launch
Sea Launch in search of a way out

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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