半導体はやんちゃ坊主のビジネス

最近、TrendForceの発表による世界の半導体ファウンドリ会社のランキングの記事を読んだ。これによるとTSMCが巨大市場の半分以上を握るダントツの状況である。奇しくも今月で正式に引退するモーリス・チャンの記事もあり、ファウンドリ・ビジネス界のレジェンドであるモーリスの花道を飾るTSMCの他を寄せ付けない素晴らしい業績がハイライトされる形となった。

ファウンドリの王者TSMCもブランド半導体の王者Samsungも5nmから先のリスク・プロダクションを開始しているという。リスク・プロダクションというのはまだお客も、市場も確定していない将来のビジネスに備えて自己のリスクで巨額の先行投資をするということだ。

このリスク生産こそが半導体ビジネスの特色をよく言い表している。半導体ビジネスには大きなビジネスリスクが常に伴う。工場建設にべらぼうな設備投資がかかり、その巨大工場の稼働率が決定的な勝ち負けの要因となる点では石油、鉄など他の装置産業と共通している部分があるが、大きく違うのは市場全体が依然と膨張を続けている点と、技術がまだまだ急速に進化している点である。

1985年のプラザ合意後急激な円高が進み、経営多角化を迫られた新日本製鐵(当時)など異業種の大手会社が半導体ビジネスに参入したことがあった。新日本製鐵のほかに神戸製鋼、ベアリングの大手ミネベアなどが一斉にDRAMビジネスに参入した。しかし、ようやくファブが完成しこれから生産開始という時に1987年の半導体不況のあおりを受けて、あっという間に撤退したという経緯がある。

その時に新日本製鐵の幹部のだれかが言った反省の弁を私はよく覚えている。「半導体ビジネスはやんちゃ坊主のビジネスで、我々のような大人がやるビジネスではなかった」。当時半導体ビジネスにどっぷりつかっていた私には単なる「負け惜しみ」にしか聞こえなかったが、最近の技術の級数的な進歩とそれに伴う設備投資額の上昇を見ていると、業界は恐ろしいほどのリスクを企業に強いている。大きなリスクをとるのが当たり前という半導体ビジネスの特殊性を考えると、それができないのなら初めから近寄らないというのは賢い選択なのかとも思えてくる。

半導体ビジネスが成功するためには次の変数がきちんとかみ合う必要がある。

  • 製品の市場性:その製品は顧客の支持を得られるか、競争力は十分にあるか? 次期製品のプランは? 将来へ向けての実施可能なロードマップは書けているか?
  • 先端プロセス:その製品を大量生産して採算に乗るような先端プロセス技術があるか? そのプロセスで思ったような性能・コストを実現できるか? 不良率はどれほどか?
  • 製造キャパシティ:ファブは思った通りのタイミングで生産の立ち上げができるか? 市場デマンドが急増した時にどれだけ作れるか? 拡張の余地はどれだけ残っているか?

これらの変数に加えて、競合からの知財権などによる攻撃、マクロ経済的な変化、天変地異などの発生などなど数え上げたらきりがないほどの未知の変数が常にビジネスに大きく影響を与える。

  • AMDのドレスデン工場訪問客用の記念キーホルダー

    AMDのドレスデン工場訪問客用の記念キーホルダー。ドレスデンで製造されたチップがアクリル樹脂に封止されている (著者所蔵イメージ)

「男だったらファブを持て!!」と豪語したAMDのCEOジェリー・サンダース

私が24年間務めたAMDは1969年の創立で、今年でなんと50年目になる。競合のIntelとともに独立系半導体の中では老舗中の老舗企業となった。しかしその50年は常にジェットコースターに乗っているような「山あり谷あり」の歴史だった。

AMDは2009年、その主力工場であるドレスデン工場をGLOBALFOUNDRIESに売却してついにファブレスとなったが、ドレスデン工場の前にも大掛かりな自前ファブ建設を積極的に行った。

創業者でCEOのジェリー・サンダースは常日頃から「Real man has a fab!(男だったらファブを持て!)」と豪語していた。次第にTSMCなどのファウンドリ会社が育ってきて、半導体回路設計とマーケティングだけにフォーカスするファブレス企業が増える中、AMDのサンダースはあくまで大きなリスクを取って自社ファブでのIntelへの真っ向勝負にこだわった。その分大きな成功もあったが、大きな挫折も味わった。自社ファブを持つ半導体会社が失敗する例には大きく分けて次のようなパターンがある。

プロセス技術・ファブは十分に準備できているが製品の市場での受けが良くない

AMDがPentiumに対抗して満を持して発表したK5はそのデザインの先進性では非常に野心的なCPUであったが、当初狙っていた通りの性能が達成できず、結局カスタマーがつかない。

その間0.25μmの最先端プロセス(当時)を移植したテキサスの巨大なファブ25はあんぐりと口を開けたままお預けを食らうことになった。この間の減価償却費がAMDの財務状況に与えたインパクトは半端なものではなかった。サンダースはジャンクボンドなどにも手を出し、借金をしまくり何とかAMDを持ちこたえさせた。しかし、その後、起死回生のK6とK7の成功でまさに「倍返し」をすることができた。

製品、ファブは揃っているが最先端プロセスの移植がうまくいかず製品化に時間がかかる

AMDの場合、最先端のプロセスはカリフォルニア本社に隣接した先端プロセス研究所で開発され、パイロット・ラン(試験生産)での少量生産を経た後、本格的にファブ25などの工場に移植するのであるが、0.25μmから0.18μmへの転換期にファブへの移植がうまくいかない。しばらくは製品をプロセス研究所の限られたラインを拡張して生産を開始し、やっと凌いだ経緯がある。確かK7からK75への移行期だったと思う。この時期は研究所とファブのエンジニアが両方に泊まり込みになって問題の解決にあたった。

ファブもプロセスも揃っているが製品デザインのバグがなかなか解決できない

Intelに先駆けて野心的なスケジュールで計画したK8のクアッドコア(4コア)CPUのBarcelonaは高速動作中にオペレーションが一瞬停止してしまうバグが見つかり、このために出荷を計3回遅らせることとなった。

この時日本ではすでに複数の有名大学のスパコンに受注が決まっていて、お客さんには大変ご迷惑をおかけした。その間、本社とお客の間で挟み撃ちになる営業にとってはまさに針の筵であった。結局ぎりぎりのタイミングでBarcelonaはバグを解消したが、すでに出荷した大量のCPUを改訂品と取り換えるという羽目になった。

製品ロードマップもしっかりしていて先端プロセスも開発されているが、ファブへの追加投資の資金のめどが立たない

これがAMDがドレスデン工場を切り離した理由である。当時、すでに級数的に増加したファブ建設コストは最早AMD一社の財力では持ちこたえることができなかった。このころ、すでにサンダースはCEOの座をヘクターに譲っており、私は半導体ビジネスが次の段階に来ていることを感じていた。

「懲りない連中」が相変わらず切磋琢磨する半導体ビジネス

かつて鉄鋼業界の重鎮が「やんちゃ坊主のビジネス」と呼んだ半導体ビジネスは未だに驚異的な成長とイノベーションを続けている。なんといってもこの業界の魅力は、大きなビジネスリスクを取り、その結果がすぐにはっきりと出るという投機性にあると思う。

しかしその投機性は周到に計算された十分な勝算があってのものである。その点では半導体のビジネスモデルは最先端プロセス開発と、ファブへの巨大投資額の級数的増加によって変化しつつある。しかし、成功と失敗が紙一重の勝負にかける「懲りない連中」の飽くなき情熱によって今も業界は疾走を続けている。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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