今回と次回は、トレンド・ワードの話はお休みして、時事ネタをひとつ取り上げたい。以前から何回も取り上げている、イージス戦闘システムと、そこで使用するレーダーの話である。

AN/SPY-6(V)とAN/SPY-7(V)

6月18日に「(イージス・アショアの代わりとされている)イージス・システム搭載艦で使用するレーダーとして、自民党国防部会・安全保障調査会の合同会議が、ロッキード・マーティン製AN/SPY-7(V)の採用を了承した」との報道があった。この決定の良し悪しについて、本稿で論評することはしない。

ただ、レーダーが変わることでシステム側にどういう影響があるのかについては、第383回でも軽く触れてはいたものの、あまり深く突っ込んでまとめたわけではなかった。そこで、改めて取り上げることにした次第。

すでに御存じの通り、この件ではもともとイージス・アショア用として採用が決まっていたロッキード・マーティン製AN/SPY-7(V)と、レイセオン・テクノロジーズ製AN/SPY-6(V)1 AMDR(Air and Missile Defense Radar)が俎上に載せられていた。そして、さまざまな方面からさまざまな立場で意見が出てきて、百家争鳴、喧々囂々、侃々諤々という状況になっている。

その際の基本的な争点は、「米海軍の新しいイージス艦はAN/SPY-6(V)1を使用するのだから、そちらとそろえるべきか否か」といったところ。「相互運用性(interoperability)の観点からいえば、同じ機種にすべき」「米海軍と同じにしないと改良に取り残される」という意見がある一方で、「同じ機種にする必然性はない」という意見も見受けられた。

  • AMDRを搭載するイージス艦の一番手、「ジャック・ルーカス」は、6月4日に進水したばかり。アンテナ部分の形状が、従来のイージス艦と違う点に注意 写真:US Navy

もっとも、我が国の装備調達案件では往々にして、相互運用性という言葉が都合よく使われるきらいがある。米軍で使用しているものと同じ装備が欲しい時は、「相互運用性の観点から~」が前面に押し出されるが、国内開発したい時は、「我が国固有の事情が~」が前面に出てくる。

それはそれとして。少なくとも、レーダーが変わることで、どの部分にどういう影響があるかは、きちんと認識しておくべきだろう。それがなければ、将来のシステム更新に際して生じる負担について、適切な認識はできない。

AN/SPY-1使用時との相違点

いうまでもなく、イージス戦闘システムが最初に開発された時は、RCA(後にロッキード・マーティン)製のAN/SPY-1レーダーが使われた。そして、レーダーの制御やシグナル処理の機能まで、イージス戦闘システムの中に組み込まれている。

それに対して、AN/SPY-6(V)1やAN/SPY-7(V)では、レーダーの機能とイージス戦闘システムの境界が明確になっている。「ベースライン9に対して、AN/SPY-6(V)1を組み合わせるための変更を加えたものがベースライン10」といわれるのは、そういうインタフェース面の違いがあるからだ。

例としてAN/SPY-6(V)1をみると、4面のアンテナ・アレイに加えて、アンテナ・インターフェイス、DBF(Digital Beamforming)、シグナル処理(DSP : Digital Signal Processing)、レーダー制御(RCP : Radar Control ProcessorとRSC : Radar Suite Controller)といった要素がある。これらは「電波を出して」「反射波を受信して」「探知目標の方位・距離を割り出す」といった機能を受け持っている。

  • 米国マサチューセッツ州にあるレイセオン ミサイルズ&ディフェンスのレーダー開発施設で製造中の米国海軍のAN/SPY-6 写真:レイセオン・テクノロジーズ

そして、探知目標に関するデータ(トラック・データ)を、イージス戦闘システムの中の意思決定システム(C&D : Command and Decision)に送る。いいかえれば、C&Dはレーダーの動作に直接関与していない。レーダーから受け取ったトラック・データに基づいて、脅威評価(どの探知目標がもっとも脅威になるか、という優先順位付け)や、武器割当(どの探知目標に、どの武器をどのタイミングで指向するか)といった機能を走らせている。

レーダーとC&Dの間のインタフェース仕様には違いがあるかもしれないが、基本的な考え方はAN/SPY-7(V)を組み合わせる場合でも同じである。

  • AMDRのシステム構成図。受信した反射波をDSPが処理した後で、RCP/RSCがトラック・データを生成して戦闘システムに渡す設計 資料:US Navy

切り分けによって個別の改良が容易になる

このように機能の切り分けを明確にすると、個別の機能の能力向上が、他の機能に影響する事態を避けられる。すべての機能を一緒くたにしていると、そうはいかない。

レーダーとC&Dの機能を完全に切り分ければ、C&Dに手を加えてもレーダーに影響は出ないから、C&D単体での能力向上が容易になる。レーダーの側から見ると、トラック・データという素材をC&Dに渡しているだけで、それをC&Dがどう料理しようが知ったことではない。

そして、C&Dの各種機能、あるいはその他のイージス戦闘システムの構成要素が備える各種機能を、それぞれ独立した「ソフトウェアの部品」にしてCSL(Common Source Library)で一括管理しておけば、レーダーの機種に関係なく、新たな機能や最新の機能をCSLから引っ張り出してきて使えると期待できる。(もちろん、新たなシステム構成が発生すれば動作検証試験は必要だが、それはまた別の話)

逆に、C&Dはそのままで、レーダーの制御やシグナル処理の部分を改良することもできる。それによって得られるメリットの例としては、探知能力の向上や耐妨害性の強化が考えられる。これをC&Dの側から見れば、何かしらのトラック・データが入ってくることに変わりはない。C&Dはトラック・データをどう料理するかに専念しており、そのデータがどうやって生み出されるかは知ったことではない。

こうしてみると、レーダーも含めたシステム全体を指す「ベースライン○○」だけを単位にして物事を論じるのは、いわばモノリシックな考え方で、問題の階層化あるいは切り分けがちゃんとできていない、といえるのではないか。

なお、同じ送受信モジュールを共用しながら、スケーラビリティを持たせてレーダーのバリエーション展開を行う際にも、レーダーを構成する機能が完全に独立している方が具合が良い。レーダー側だけで話が完結するからだ。レーダーに関わる機能の一部が戦闘システムの側に組み込まれていると、そうもいかない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。