生成AIの急速な普及に伴い、サーバーの発熱量やデータセンターの電力消費は急激に増加している。こうした背景のもと、省エネルギーなサーバー冷却技術はデータセンター運用の重要課題となっている。この課題に対する有力な解決策として注目されているのが、「液浸冷却」と呼ばれる新しい冷却方式だ。

この液浸冷却で利用する冷却液の開発・販売を行っているENEOSに、液浸冷却のメリット、想定される利用場面、現状の課題などについて聞いた。

  • 今回の取材に協力いただいたみなさん

    今回の取材に協力いただいたみなさん。左から、ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ グループマネージャー 異相宏典氏、潤滑油研究開発部 工業用潤滑油グループの後藤慧氏、潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ 担当マネージャー 藤原新吾氏

AI時代に急増するデータセンターの電力消費

調査会社のガートナーが2025年11月に発表した調査によると、世界のデータセンター電力需要は2025年の448TWh(テラワット時)から、2030年には980TWhにまで拡大すると予測されている。そして、2030年には、AI最適化サーバーがデータセンター全体の電力使用量の64%を占める見込みだという。

  • データセンター電力消費の予測グラフ

    データセンター電力消費の予測(2025~2030年)。2030年には、データセンターの追加電力需要の64%をAI最適化サーバーが占めるという(出典:Gartner)

こうした背景もあり、サーバーの冷却技術はデータセンター運用の重要課題となっている。従来は空気を循環させて冷却する「空冷方式」が主流だったが、生成AIやハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)の普及により、ラック当たりの消費電力が急増し、空冷では十分な冷却効果が得られないケースが増えている。この課題に対する有力な解決策として注目されているのが、「液浸冷却」と呼ばれる新しい冷却方式だ。

ENEOSが開発した液浸冷却液「ENEOS IXシリーズ」

液浸冷却とは、サーバーやGPUなどの電子機器を、絶縁性を有する専用の液体に直接浸すことで冷却する方式である。熱伝導率の高い液体が電子機器全体を覆い、効率的に熱を吸収することで、従来の空冷に比べて高い冷却効率を実現できる。

今回取材したENEOSは、2024年4月より、サーバーを液体に浸して冷却するための専用冷却液「ENEOS IXシリーズ」の販売を行っている。この「ENEOS IXシリーズ」は、電子部品を直接浸してもショートしない絶縁性と、効率的に熱を伝える熱伝導性を兼ね備えている。

  • 液浸されているサーバー1

    ENEOSの中央研究所に設置された液浸装置。サーバーラックを横に倒したような状態で、冷却液にサーバーが浸されている。冷却液の透明度が高いため、写真では冷却液に浸漬されていることがわかりにくいかもしれないが、液面に天井の蛍光灯が反射している点と、一部に冷却液の流れでゆらいで見える箇所があることでかろうじて液浸されていることがわかる

  • 液浸されているサーバー2

    冷却液の循環を強めると、ゆらぎが大きくなって冷却液の存在がわかりやすくなる

  • 液浸されているサーバー3

    冷却液に浸された状態でもLEDなどはきちんと点灯していた

ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油研究開発部 工業用潤滑油グループの後藤慧氏は、「ENEOS IXシリーズ」の開発の背景を、次のように説明する。

「冷却液には絶縁性が求められますが、当社は潤滑油事業の中で絶縁油を開発・製造してきた実績があり、その知見を活かせると考え、約5年前からデータセンター向け液浸冷却液の開発に取り組みました」

  • ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油研究開発部 工業用潤滑油グループ 後藤慧氏

    ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油研究開発部 工業用潤滑油グループ 後藤慧氏

さらに、ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ 担当マネージャーの藤原新吾氏は、ENEOSの技術的な強みについて次のように語る。

「当社の潤滑油カンパニーでは、自動車用エンジンオイルや工業用潤滑油などを長年開発してきました。そこで培った熱のコントロールや摩擦制御の技術は得意分野であり、その技術がデータセンター向けの冷却液開発にも活かせると考えました」

  • ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ 担当マネージャー 藤原新吾氏

    、ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ 担当マネージャー 藤原新吾氏

空冷に比べ冷却電力を大幅削減

液浸冷却の最大のメリットは、電力使用量を大幅に削減できる点だ。

KDDI・三菱重工業・NECネッツエスアイが2023年に実施した実証実験では、液浸冷却装置を用いた大規模構成のデータセンターにおいては、従来型データセンターと比較して、サーバー冷却に必要な電力を94%削減できることが確認された。またデータセンターの電力使用効率を示すPUE(Power Usage Effectiveness)は1.05を達成し、データセンター全体の電力コストも約45%削減できると報告されている。この実証実験は、ENEOSの液浸冷却液である「ENEOS IXシリーズ」を提供して実施されたものだ。

「ENEOS IXシリーズ」は電子回路を保護する高い電気絶縁性を持つほか、長期間の運用でも性能が劣化しにくい酸化安定性を備えている。また、蒸発や揮発による液体ロスが少ないため、運用コストの低減にも寄与するという。

単相液浸冷却方式の仕組み

「ENEOS IXシリーズ」は、単相式液浸冷却方式に対応した冷却液だ。

単相式の液浸冷却では、冷却液で満たしたラックにサーバーを浸漬させ、サーバーから発生した熱を液体が吸収する。温められた冷却液はラックからCDU(Coolant Distribution Unit)へ送られ、熱交換によって冷却された後、再びラックへ循環する仕組みだ。

  • 単相液浸冷却方式の仕組み

    単相液浸冷却方式の仕組み(出典:FORVICE)

液体を蒸発させて熱交換を行う二相式と比べ、単相式の液浸冷却はシステム構造がシンプルで運用が容易である点が特徴で、設備コストの面でもメリットがあるという。

3種類の製品をラインアップ

「ENEOS IXシリーズ」は、用途や地域の規制に合わせて3種類の製品が用意されている。後藤氏は、製品それぞれの特徴を次のように説明する。

「1つ目は主に日本国内向けの『Type J』です。日本では火災リスクを抑制するために高引火点を求められるケースがあります。引火点を高くしながら冷却効率を確保するためには粘度を低く抑える必要があります。この2つはトレードオフの関係にあるため、そのバランスを最適化した製品です。2つ目は海外向けの『Type H』です。海外では日本ほど火災リスクに対する規制が厳しくないため、冷却効率を最大化することに重点を置いています。3つ目は環境配慮型の『Type B』です。原料調達から製品出荷までの過程でCO2排出量を低減し、100%植物由来の基材を使用した製品になります」

  • 「ENEOS IXシリーズ」の3製品の違い

    「ENEOS IXシリーズ」の3製品の違い(出典:ENEOS)

液浸冷却液には、特に重要な2つの性能があり、それは「引火点」と「粘度」だという。

「引火点は冷却液に火種を近づけたときにどれくらい引火しやすいかを示すものです。引火点が高いほど火災リスクを抑えられるため、安全性の面で重要になります。もう一つは粘度です。粘度が低くサラサラしているほど熱が移動しやすく、冷却効率が高くなります」(後藤氏)

しかし、引火点を高めると粘度も上がりやすくなる。先の後藤氏の説明にもあったとおり、この点にトレードオフが存在し、ENEOSの研究開発ではこの課題の解決に取り組んでいるという。

「火災リスクを減らすための高い引火点と、冷却効率を高めるための低粘度。この2つをどうバランスさせるかが最大の研究課題です。今後は、さらにこのバランスを最適化していきたいと考えています」(後藤氏)

エネルギー企業ならではの強み

ENEOSの液浸冷却液の強みは、同社の石油精製技術による高純度炭化水素の安定供給にある。

ENEOSは燃料や潤滑油の供給ネットワークを全国規模で展開しており、大量供給が必要となるデータセンター用途にも対応できる。

藤原氏は、「(ENEOSは)日本国内で潤滑油や燃料を大規模に供給してきた実績があり、供給の安定性という面では大きな強みがあります。将来的に液浸冷却が普及していけば、アフターサービスなども含めて、全国ネットワークを活かした展開が可能になると考えています」と説明した。

液浸冷却は必須技術に

AIの進化に伴い、GPU搭載サーバーの消費電力は急速に増加している。将来的には、ラック当たり100kWを超える高密度サーバーの導入も珍しくなくなると予想されている。

このような状況について、ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ グループマネージャーの異相宏典氏は、液浸冷却の重要性が今後さらに高まるのではないかと指摘する。

「冷却効率を上げていかなければならず、従来の空冷方式では対応できない状況が出てきています。サーバーメーカーやデータセンター事業者など、業界全体でこの課題に取り組んでいく必要があります」

また同氏は、液浸冷却の普及についても次のように見通しを語る。

「空冷がすぐ液浸に置き換わることはないと思いますが、水冷や液浸冷却の採用は徐々に広がっていくと思っています。サーバーの消費電力が大きくなる中で、空冷だけでは難しい時代が来る可能性があります。グローバルでは、近い将来には普及期に入るのではないかと考えています」

  • ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ グループマネージャー 異相宏典氏

    ENEOS 潤滑油カンパニー 潤滑油販売部 工業用潤滑油グループ グループマネージャー 異相宏典氏

最近では、データセンターの需要が拡大するなか、電力と用地確保が課題としてあがっている。このため、よりコンパクトなコンテナデータセンターが注目されている。

そういった中、Quantum Mesh(クォンタムメッシュ)は、データセンター向けの高効率な液浸冷却システム「KAMUI」を独自開発した。「KAMUI」は、閉鎖循環式の一相式(単相式)独自液浸システムで、「ENEOS IXシリーズ」によりサーバー自体を冷却液に浸し、サーバーから発生する熱を吸収する仕組みを採用した。これにより、従来の空調による冷却方式と比べて1/10以下の電力で運用することが可能だという。

  • コンテナデータセンターに「KAMUI」を2台設置した様子(出典:Quantum Mesh)

    コンテナデータセンターに「KAMUI」を2台設置した様子(出典:Quantum Mesh)

生成AIの普及により、世界のITインフラは大きな転換点を迎えている。高性能GPU搭載サーバーの需要増加は、データセンターの電力消費と発熱量を飛躍的に増大させており、冷却技術の革新が不可欠となっている。

液浸冷却はその有力な解決策の一つだ。AI時代のデータセンターを支える重要技術として、今後、注目されていくだろう。