ロッキード・マーティンのU-2という偵察機がある。その昔、ソ連上空に侵入して(もちろん領空侵犯である)、強引に秘密のベールを剥ぎ取ろうという企図の下で開発された機体だ。もちろん、今は領空侵犯飛行はしていないはずだ。そのU-2で最近、面白い実験がいくつか行われている。

コンテナ化で機上コンピュータを有効活用

米空軍・第9偵察航空団(9th RW : 9th Reconnaissance Wing)所属のU-2Sを使って2020年9月22日に、オープンソースのコンテナ・オーケストレーション・システム「Kubernetes」を使用する最初のフライトが行われた。

  • ロッキード・マーティンの偵察機「U-2 Dragon Fly」。2020年11月からは、ネットワーク接続を拡張して飛行試験が行われた 写真:ロッキード・マーティン

    ロッキード・マーティンの偵察機「U-2 Dragon Fly」。2020年11月からは、ネットワーク接続を拡張して飛行試験が行われた 写真:ロッキード・マーティン

御存じの方は少なくないと思われるが、Kubernetes はソフトウェアのデプロイメントに際して「コンテナ化」を使用する。オペレーティング・システム上で直接、アプリケーション・ソフトウェアを実行すると、特定のアプリケーション・ソフトウェアがリソースを食いつぶしてしまい、他のアプリケーション・ソフトウェアにリソースが回らない問題が発生する可能性がある。

仮想化を使用すれば、独立した個別の仮想コンピュータでそれぞれアプリケーション・ソフトウェアを実行できるので、リソースを食いつぶされる問題は回避できる。また、アプリケーション・ソフトウェア同士を隔離できるから、セキュリティの面でもメリットがある。ただし、物理コンピュータには高い処理能力が求められる。

コンテナ化では、1つのオペレーティング・システム上で複数のアプリケーション・ソフトウェアを走らせるが、間にコンテナ・ランタイムを介して、それぞれがファイルシステム、CPU、メモリ、プロセス空間などを確保する。これにより、アプリケーション・ソフトウェアの展開・管理を効率化するとともに、リソースを有効活用できる。しかも仮想化より軽量にできるとされる。

U-2では Kubernetesの活用により、機上コンピュータ(EMC2 : Enterprise Open System Architecture Mission Computer)の処理能力をプールして、必要に応じて必要なソフトウェアを展開・実行するようにした。そして、機上で機械学習アルゴリズムを走らせるデモを実施したが、その際に機体の制御に悪影響を及ぼすことはなかったという。

もしも、機械学習アルゴリズムがコンピュータの処理能力を食いつぶしてしまえば、同じ機上コンピュータが司る他の機能に悪影響が生じたかも知れない。飛行制御の機能に影響が及ぶと安全な飛行が危うくなるが、リソース配分の適正化によってそういう事態を回避したわけだ。

なお、機上コンピュータ自体の能力向上構想もあり、2020年4月にロッキード・マーティンは米空軍から、アビオニクスの更新や新型ミッション・コンピュータの搭載、コックピット・ディスプレイの新型化を実施する5,000万ドルの契約を得ている。

偵察をAIにやってもらおう

同じ第9偵察航空団が2020年12月に、今度は人工知能(AI : Artificial Intelligence)を活用する実証試験を実施したことを明らかにした。AIとパイロットで機能を分担して、効率良く任務を遂行するのが狙い。

  • 2020年12月、米国空軍がカリフォルニア州ビール空軍基地でAIを活用した初めての軍事飛行を達成 写真:U.S. Air Force

    2020年12月、米国空軍がカリフォルニア州ビール空軍基地でAIを活用した初めての軍事飛行を達成 写真:U.S. Air Force

使用したAIは「ARTUµ」と称し、空軍の航空戦闘軍団(ACC : Air Combat Command)麾下にあるU-2 Federal Laboratoryが開発した。このAIはセンサーの操作と戦術航法を担当する。一方、パイロットは機体の操縦とセンサー・オペレーションの調整を担当する。

つまり、パイロットは機体を飛ばしながら、「ここを偵察するように」と指示すると、後はAIが自動的にやってくれるということだろう。センサー操作を実現するためにAIに食わせた学習データは、50万件ほどだという。

U-2は1人乗りだから、操縦もセンサー機器の操作もパイロットが一人で行わなければならない。今は航法システムが改良されているからマシになっただろうが、U-2が開発された1950年代後半には話が違う。ずっと原始的な航法システムを使って航法をやりながら、フィルム式のカメラで目標に狙いをつけてシャッターを切る、という忙しい操作が必要だった。おまけにU-2は操縦が簡単な飛行機ではない。

しかも、それをソ連上空に領空侵犯した状態でやるのだ! 初期型のU-2には、航法や下方監視のために「ドリフトサイト」という装置がついていて、プリズムを介して機体下方の模様を見られるようになっていた。ときにはそれを通じて、自機に向かってソ連軍の戦闘機が上昇してくる様子を見ながら飛んだ事例もあったそうだ(なお、現行モデルのU-2にはドリフトサイトは付いていない)。

実は筆者、U-2Sのコックピットに座らせてもらったことがある。話には聞いていたが、とにかく狭苦しいスペースであった。そこに10時間以上も座りっぱなしで機体の操縦とセンサーの操作をやるのだから、パイロットの負荷が高いのは容易に想像できる。そこで少しでも負担を軽減できればということで、現実的に実現しやすそうなセンサー操作の自動化を試みたということだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。