2019年10月4日、岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の跡地に、大型低温重力波望遠鏡「KAGRA(かぐら)」が完成した。KAGRAは「重力波」と呼ばれる時空のさざ波を捉えるための望遠鏡で、アジア地域では初、そして世界で4台目の重力波望遠鏡となる。

第1回では、重力波の特徴について、第2回では、KAGRAに採用されている重力波を捉えるための日本独自の、そして世界最先端のテクノロジーについて紹介した。

今回は、これから切り拓かれようとしている、KAGRAと世界の他の重力波望遠鏡との共同観測による重力波天文学、そして電磁波やニュートリノ、宇宙線など、他の観測方法を加えて多角的に観測する「マルチメッセンジャー天文学」による、数々の宇宙の謎への探求について紹介していきたい。

  • KAGRA

    KAGRAとLIGO、VIGROの共同研究協定に調印した、東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章氏、LIGOプロジェクト代表のDavid Reitze氏、VIGROプロジェクト代表のJo van den Brand氏ら

LIGO、VIRGOとの共同観測が開始

KAGRAの完成により、日本が独自に、そして自律的に運用できる重力波望遠鏡が誕生した。しかしより重要なのは、米国のLIGOの2台、欧州のVIRGOに続いて、世界で4台目の重力波望遠鏡が誕生したという点である。

今回のKAGRAの完成とともに、KAGRAとLIGO、VIRGOとの間で、科学的な協力や、データを互いに交換することなどを定めた協定(MOA)が結ばれた。これにより、4台の重力波望遠鏡が国際重力波観測ネットワークを組み、重力波の共同観測を実施することになる。

重力波望遠鏡は非常に繊細で、常に稼働させることができないが、KAGRAの参加により、ネットワーク全体で重力波を検出し分析する能力が向上する。

さらに、KAGRAは米国のLIGOの2台、欧州のVIRGOとはそれぞれ遠く離れた位置にあるため、この4台がそれぞれ重力波を捉えれば、その発生源を正確に突き止めることができる。すると、可視光やガンマ線、赤外線などを使って観測する他の望遠鏡が、重力波源の方向に素早く目や耳を向けられるようになり、さまざまな方法を組み合わせて多角的に観測する「マルチメッセンジャー天文学」が大きく進歩すると考えられている。

東京大学宇宙線研究所長で、2015年のノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏は、完成記念式典で「9年かけて建設してきたKAGRAがついに完成し、大変喜んでいます。これから最終的な調整を経て、国際共同観測に参加し、アジア圏の観測拠点としての役割を担うことになります。そのためにはまだ様々な努力をしなければならず、一丸となってやっていきます」と挨拶した。

また調印式では、LIGOプロジェクト代表のDavid H. Reitze氏が「KAGRAの参加で観測の空白を少なくすることが可能となり、ネットワーク全体で重力波を検出・解析する能力が向上することが期待できます」とコメント。Virgoプロジェクト代表のJo van den Brand氏は「とても重要なスタートで、KAGRAの参加は今後の感度向上につながります。使われている技術も将来のイノベーションを先取りしたもので、非常に重要です」とコメントした。

  • KAGRA

    東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章氏

現在LIGOとVIRGOは、2019年4月から1年間の共同観測を続けている。この共同観測は「O3」と呼ばれており、KAGRAは年内にもこの共同観測に参加する予定となっている。

KAGRAは今年末からの観測開始以降、調整を進めることで、8~25Mpc以内で起こる重力波が捉えられるようになる予定である。一方、現在のLIGOの性能は110~130Mpc、VIRGOも50Mpcであり、KAGRAはまだその水準には達していない。ただ、低い精度でも、位置の特定などでは少なくない貢献を果たせるという。

また、O3の終了後は、それぞれの重力波望遠鏡は改良に入り、それを踏まえ、2021年の終わりごろから次の共同観測「O4」がスタート。そのころにはKAGRAの感度も他の重力波望遠鏡とほぼ同じ水準に達し、本格的に共同観測に参加、貢献できることになる。

日本の、そして世界4台目の重力波望遠鏡の意味

KAGRAの完成、そして共同観測への参加によるマルチメッセンジャー天文学の進歩によって、解明が期待されている宇宙の謎のひとつが、「この世界を創っている物質は、どこからきたのか」ということである。

現在の研究では、鉄よりも重い原子(重元素)について、どのように誕生したのかははっきりとわかっていない。かつては、大質量の恒星がその一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象「超新星爆発」で創られると考えられていたが、研究が進むにつれ、少なくとも通常の超新星爆発では重元素が生まれにくいことが判明。超新星爆発だけではこの宇宙にある重元素をまかなえるほどの量はできず、他にもっと別の供給源があるのでは、と考えられるようになっている。

その別の供給源として考えられているのが、連星中性子星の合体現象である。連星中性子星が合体すると、中性子星を形作っている中性子という物質が周囲に撒き散らされる。そして鉄などの原子が中性子が捕獲し、電子を1つ放出すると、原子番号が1つ上がって、より重い原子核が形成される反応が起こる。これが連続すると、鉄よりも重い、金やプラチナ、レアアース、白金、ウランなどの元素が次々とできあがっていく。こうした反応のことを「rプロセス」(r過程)と呼ぶ。

ただ、元素が生まれる現場そのものは見ることはできない。その代わりに、rプロセスで作られた元素が放射性崩壊を起こした際に、そのエネルギーが電磁波となって放射される、「キロノヴァ(kilonova、もしくはマクロノバ )」と呼ばれる現象を観測することで突き止められると考えられていた。

そして、米国と欧州の共同研究グループは2017年8月17日、LIGOとVIRGOの共同観測によって、2つの中性子星からなる連星が合体して放出されたと考えられる重力波を観測。それを受け、この重力波源に向けて、世界各国と宇宙空間にある合計70か所以上の天文台が目を向け、追跡観測を実施した。その結果、重力波源の色の変化の様子は、科学者たちが事前に予測していたキロノヴァの性質とよく一致していた。この成果は同年10月16日に発表され、「連星中性子星の合体でrプロセスが起こっている証拠を捉えることはできたのでは」とされている。

まだ答えは出たわけではなく、重元素の起源に迫るには、さらなる観測や研究が必要になる。そのためには、重力波望遠鏡で重力波源の位置を正確に特定し、そこに他の望遠鏡が素早く目を向けられるようにしなければならない。

そこにおいて、KAGRAの存在はきわめて重要であり、そしてKAGRAによって重力波望遠鏡の国際ネットワークはさらにその能力を増し、さらなる驚くべき発見が期待されている。

同じ山の中にある観測施設との連携

さらに、KAGRAが建設された神岡鉱山跡地には、ニュートリノ観測装置の「スーパーカミオカンデ」や「カムランド」もあり、現在は「ハイパーカミオカンデ」の建設も進んでいる。

梶田氏は「同じ山の中で観測するのが重要」と語り、これらと密接に連携し、重力波と電磁波に、ニュートリノの観測も加えたマルチメッセンジャー天文学の発展にも期待を寄せた。

また、ハワイにある「すばる」望遠鏡をはじめ、京都大学が岡山県に建設したアジア最大級の望遠鏡「せいめい望遠鏡」、ハワイに建設が計画されている「30m望遠鏡(TMT)」など、日本が運用、あるいは運用に参画する望遠鏡が多数あり、こうした観測拠点との密接な連携と、それによる成果も期待できる。

国立天文台長の常田佐久氏は「すでにブラックホールの合体現象がいくつも見つかり、中性子星同士の衝突も観測され、日本の望遠鏡『すばる』などで電磁波を観測し、重元素の起源が解明されつつあります。すでに重力波観測はなくてはならないものになりつつあります。今後は重力波天文学に加え、TMTや、ニュートリノ観測などと連携した、マルチメッセンジャー天文学の推進で貢献していきます」と語った。

  • KAGRA

    国立天文台の常田佐久台長

9年間の長きにわたる建設を経て、ついにKAGRAが完成した。しかし、その運用と観測はまだ緒に就いたばかりであり、もたらされるデータや、そこから生まれる研究成果には、無限の可能性が詰まっている。

宇宙から届く時空のさざ波という神楽を聴き、宇宙の謎という天岩戸を開くための、日本の、そして人類の大挑戦が始まった。

2019年10月4日に行われた、大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」完成記念式典における、 KAGRA運転開始式の様子。運転開始ボタンを押したのは、東京大学理事・副学長の宮園浩平氏(左)と、東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章氏(右)

  • KAGRA
  • KAGRA
  • KAGRA
  • KAGRA
  • KAGRA内部の様子。ほとんどの機器がクリーンエリア内に設置されている

出典

・真貝 寿明. ブラックホール・膨張宇宙・重力波 一般相対性理論の100年と展開. 光文社, 2015, 340p.
・安東 正樹. 重力波とはなにか 「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論. 講談社, 2016, 320p.
東京大学宇宙線研究所付属神岡宇宙素粒子研究施設
Gravitational wave physics and astronomy: Genesis (重力波物理学・天文学:創世記) - 連星中性子星からの重力波検出(10/16)連星中性子星合体からの重力波が初検出されました | ニュース | 国立天文台 重力波プロジェクト推進室

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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