岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の跡地。かつては東洋一の鉱山として栄えるも衰退。そしてイタイイタイ病という負の歴史ももつ。

この地が、天文学の観測施設として活用され始めたのは1980年代に入ってからだった。2つのノーベル物理学賞の受賞の立役者となったニュートリノ観測装置「カミオカンデ」や「スーパーカミオカンデ」をはじめ、世界最先端の施設が、その山中に立ち並ぶ。まさにこの場所は、天文学の最前線だ。

そして2019年10月4日。この場所に、新たにもうひとつの観測施設が産声をあげた。その名は大型低温重力波望遠鏡「KAGRA(かぐら)」。「重力波」と呼ばれる時空のさざ波を捉えるための望遠鏡で、世界で4台目、アジア地域では初の重力波望遠鏡となる。これから世界の他の重力波望遠鏡との共同観測により、近年始まったばかりの重力波天文学、そしてそこに他の観測方法を加えた「マルチメッセンジャー天文学」を切り拓き、数々の宇宙の謎に挑もうとしている。

  • KAGRA

    2019年10月4日に行われた、大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」完成記念式典における、KAGRA運転開始式の様子。運転開始ボタンを押したのは、東京大学理事・副学長の宮園浩平氏(左)と、東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章氏(右)

重力波とはなにか?

KAGRAが観る重力波とは、まだ直接観測できるようになって間もない、時空のさざ波のことである。

重力波の存在は、かの有名なアルベルト・アインシュタインが発表した一般相対性理論のなかで提唱された。このなかで、質量をもった物質やエネルギ-が存在すると、そのまわりの空間が歪み、そしてこの物質が加速度運動をすると、時空の歪みが光の速度で伝わる波として伝播していくとされた。

その存在は長らく予言にすぎなかったが、1979年に間接的に証明はされている。1974年、マサチューセッツ大学アマースト校のラッセル・ハルス氏とジョゼフ・テイラー氏が、中性子星(パルサー)の連星(連星パルサー)「PSR1913+16」を発見した。連星パルサーの発見は世界初で、それだけでも大きな発見だったが、さらにその軌道を観測したところ、両者の距離が徐々に近づいていくことがわかった。

そして、この軌道の変化は、重力波を放出してエネルギーを失い続けていると考えれば正確に一致することから、重力波が存在することを間接的に示すものとされた。この研究結果がまとまったのが1979年のことで、これらの業績により、彼らは1993年にノーベル物理学賞を受賞している。

重力波の発生源は、こうした中性子星のほか、ブラックホールの合体、ビッグバン直後の宇宙初期の状態といった、大規模な質量、エネルギーの変動であると考えられている。しかし、重力波によって生じる時空の歪みは非常に小さく、地球と太陽間の距離が水素原子1個分変化するくらいしかない。水素原子1個分というだけでもかなりの小ささだが、地球と太陽の距離(およそ1億5000万km)の中でというのだから、想像を絶するほどの小ささである。

重力波の存在が予測されて以来、それを直接的に捉えようと多くの研究者が挑んだ。その挑戦のさきがけとなったのは、米メリーランド大学の科学者ジョセフ・ウェーバー氏(1919年~2000年)だった。ウェーバー氏は1965年に「共振型」、もしくは「ウェーバー・バー」と呼ばれる重力波検出装置を開発。これは巨大なアルミニウムの円柱をぶら下げて設置し、重力波が通過した際に円柱がゆがむのを検出することで、重力波の存在を証明しようというものだった。そして実際に、1967年に重力波"らしきもの"を検出する。

しかし、その後世界中で共振型の装置により追試が行われたものの、ウェーバー氏以外に検出できた例はなく、現在では何かの間違い、単なる偶然だったという見方がなされている。

  • 重力波

    重力波の概念図 (C) R. Hurt/Caltech-JPL

重力波望遠鏡の誕生と、直接観測の成功

その後、共振型ではない重力波の観測手段が研究され、そしてレーザーを使った大規模な「マイケルソン干渉計」が使える見込みが立った。

マイケルソン干渉計はもともと、米国の物理学者アルバート・マイケルソン氏が、光の媒体と考えられた「エーテル」の存在を証明するために開発したものだった。エーテルそのものは現在では否定されているが、1970年代にマサチューセッツ工科大学の物理学者レイナー・ワイス氏が「重力波の観測装置として応用できるのではないか」と考え、研究が続けられた。

マイクロソン干渉計は、ひとつの光源から出したレーザー光線を、途中で2つに分け、それぞれを直角方向に飛ばす。そしてそれぞれの光は、遠くに配置された鏡で反射され、分離された場所に戻ってくる。

光は時空のゆがみに沿って「まっすぐ」走る性質があるため、もし一方の光が、重力波によってゆがんだ空間を通ったとすれば、そうでないもう片方の光に比べて、早く届いたり、遅く届いたりする。つまり、戻ってきた2つの光の到達時間の差を、光の波としての性質である「干渉」という性質を利用して判定することで、重力波が来ていたかどうかがわかるという原理である。

理屈を書くと簡単だが、実際に重力波が検出できるほどの干渉計を造るのは至難の技だった。なにせ、前述のように重力波によって生じる時空の歪みは、地球と太陽間の距離が水素原子1個分変化するくらいしかないため、たとえば地面の揺れたり、少し離れたところで人が歩いたりするだけで、装置が揺れ、正確な観測ができない。いかにして、こうした雑音をなくし、重力波だけを検出できるようにするかで、長年研究と技術開発が行われた。

そして1992年、米国で「LIGO(ライゴ)」という重力波望遠鏡の建設がスタート。LIGOとはLaser Interferometer Gravitational-Wave Observatoryの略で、日本語にすると「レーザー干渉計重力波望遠鏡」という意味になる。LIGOは1辺4kmのL字型の真空チューブを造り、その中に干渉計を置き、レーザーを飛ばす。

さらに、ワシントン州のハンフォードと、そこから約3000km離れたルイジアナ州のリヴィングストンの2か所に同じ形のレーザー干渉計を置き、同時に観測することで、ミスやエラーによる誤検出を防ぐとともに、到達時間差から重力波のやってきた方角を絞り込むという工夫が取られた。

  • LIGO

    ワシントン州のハンフォードにあるLIGOの重力波望遠鏡のひとつ (C) Caltech/MIT/LIGO Lab

  • LIGO

    ハンフォードから約3000km離れた、ルイジアナ州のリヴィングストンにあるLIGOの重力波望遠鏡のひとつ (C) Caltech/MIT/LIGO Lab

そして検出に向けた試運転や改良が何度も重ねられ、ついに2015年9月14日、LIGOが重力波らしき信号を検出。検証が行われた結果、2016年2月11日、間違いなく重力波を検出したことが発表された。

このとき検出されたのは、地球から13億光年先にあるブラックホールの連星が合体し、ひとつの大きなブラックホールになる過程で発生したものとされ、この重力波イベントは「GW150914」と名付けられた。

この結果、重力波の研究に貢献したとして、2017年に物理学者のキップ・ソーン氏、バリー・バリッシュ氏、そしてワイス氏の3人に、ノーベル物理学賞が贈られた。

  • 重力波

    重力波GW150914を発生させた2つのブラックホールの合体イベントの想像図 (C) R. Hurt/Caltech-JPL

LIGOではその後、相次いで重力波の検出に成功。さらに2017年8月には、イタリアのピサに建設された、イタリアとフランスが共同で運用する重力波望遠鏡「VIRGO(ヴィルゴ、ヴァーゴ)」でも検出に成功し、以来、毎週のように重力波が検出できるようになった。

そして、LIGOやVIRGOに続いて世界で4台目、アジア地域では初の重力波望遠鏡として産声を上げたのが、東京大学宇宙線研究所などが建設した「KAGRA(かぐら)」である。LIGOやVIRGOとともに重力波を共同観測し、重力波について研究する「重力波天文学」、そしてそこに他の観測方法を加え、さまざまな視点から観測する「マルチメッセンジャー天文学」を切り拓こうとしている。

人類はこれまで、可視光や赤外線、紫外線、X線など、光の仲間である電磁波を使って宇宙を観測し続けてきた。しかし重力波はそれらとはまったく異なるため、光とは異なる方法、見方で宇宙を観測することができるようになる。なにより重力波は、あらゆるものを貫通し、一度発生すると減衰することはないと予測されているため、電磁波を用いた方法では不可能な、宇宙誕生の瞬間に近い時代にまでさかのぼって宇宙を観測することができるようになるかもしれない。

KAGRAをはじめとする重力波望遠鏡と重力波天文学は、まさに人類と宇宙にとっての究極の謎に挑もうとしているのである。

  • KAGRA
  • KAGRA
  • KAGRAに向かうためのトンネル。次回は、このトンネルの向こうにあるKAGRAについて解説

(次回に続く)

出典

・真貝 寿明. ブラックホール・膨張宇宙・重力波 一般相対性理論の100年と展開. 光文社, 2015, 340p.
・安東 正樹. 重力波とはなにか 「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論. 講談社, 2016, 320p.
News | Gravitational Waves Detected 100 Years After Einstein's Prediction | LIGO Lab | Caltech
重力波とは | 国立天文台 重力波プロジェクト推進室
よくある質問 << KAGRA 大型低温重力波望遠

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info