東京大学(東大)、明星大学、北海道大学(北大)の3者は8月26日、新星が有機物の塵を生み出す過程を定性的に模擬して塵の室内合成を行い、新星の赤外スペクトル中に含まれる「未同定赤外バンド」の特徴が、アミンを含有する有機物の塵である「急冷窒素含有炭素質物質」によって再現されることを示したと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の遠藤いずみ大学院生、同・左近樹助教、明星大の尾中敬常勤教授兼天文学専攻名誉教授、北大 低温科学研究所の木村勇気准教授らを中心とする、東大、明星大、北大、電気通信大学(電通大)、JAXA、横浜国立大学、JAMSTEC、兵庫県立大学、日本大学、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学などの研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

1973年に惑星状星雲の赤外線スペクトルに発見されたのは、主に3.3μm、6.2μm、7.7μm、8.6μm、11.3μmに特徴的なバンド放射構造だった。このバンド放射構造は、さまざまな進化段階にある恒星の星周環境や、天の川銀河および系外銀河の星間物質の赤外線スペクトルにあまねく観測されており、星間有機物由来であることが分かっているが、発見されてから約50年が経つが、現在でもまだ正確な物質同定には至っておらず、「未同定赤外バンド」と呼ばれている。

  • 新星爆発

    JAXAがかつて運用していた赤外線天文衛星「あかり」(2006年2月打ち上げ、2011年11月運用終了)によって取得された天の川銀河の星間塵の赤外線スペクトル。主に6.2μm、7.7μm、8.6μm、11.2μmに見られる特徴的なバンド構造は“未同定赤外バンド”と呼ばれる (出所:東大Webサイト)

未同定赤外バンドの主な波長位置から、その担い手が芳香族の炭素-炭素結合や芳香族の炭素-水素結合を含む有機物であることまでは分かっているが、星間物質そのものの入手は不可能なため、その正体となる有機物は不明のままとなっている。

未同定赤外バンドの担い手である星間有機物は、恒星の内部で合成された元素を含む恒星風が、その星の最期である爆発により星間空間に撒き散らされる過程で誕生すると考えられている。この環境を再現できれば、生還有機物の特定もしやすいが、それを実験室内で再現することは不可能であることから、今回の研究では定性的な再現が試みられたという。

未同定赤外バンドの正体については、1980年ころ、電気通信大学(電通大)の故・坂田朗氏(1942~1995)が、「急冷炭素質物質」を提案している。今回の研究ではその合成手法に改変を加える形で行われた。

具体的には、マイクロ波加熱を使って窒素ガスと炭化水素固体から生成したプラズマガスを急冷凝縮する手法で、従来の急冷炭素質物質の合成にはなかった窒素が含まれている点が特徴だという。

ちなみに、坂田氏がかつて使用した2.45GHzマイクロ波電源プラズマ生成装置は、2008年に電通大から東大に移管されており、まだ現役だという。今回の実験でも使用され、それにより窒素を豊富に含んだ、新星からの放出ガスから有機物の塵が生まれる過程を定性的に再現できたと研究チームでは説明している。

  • 新星爆発

    (上)1980年ころに電通大の坂田氏らによって組み上げられた2.45GHzマイクロ波電源プラズマ発生装置を用いて、QNCCの合成を行う様子。電通大から東大天文教室に移管された同実験装置を用いた研究が継続されており、今回の研究においてはQNCCの合成で活躍した。(下)QNCCの合成手法の模式図 (出所:東大Webサイト)

研究の結果、得られた有機物の塵が、新星周囲に観測される未同定赤外バンドの特徴をよく再現することが確認されたという。この得られた物質は、「急冷窒素含有炭素質物質」(Quenched Nitrogen-included Carbonaceous Composite:QNCC)と命名された。

  • 新星爆発

    QNCCの赤外吸光度スペクトルと、新星「V2361Cyg」に観測される未同定赤外バンドの比較。新星の未同定赤外バンドに特徴的な“8μmバンド”がよく再現されているのが見て取れる (出所:東大Webサイト)

分析の結果、QNCCには元素個数比で炭素100個に対して窒素が3~5個含まれており、アミンを含む物質であることが判明。未同定赤外バンドを特徴付ける“8μmバンド”を再現する上で、このアミンを含んでいることが鍵となることが示されたという。これまで8μmバンドを再現する物質として、石炭や重油など、地球由来の天然物質が知られていたが、その生成過程は恒星周囲での塵の合成過程とは関連づけられていなかったという。

今回の研究におけるQNCCの合成過程は、新星における有機物の塵の生成過程を定性的に模擬したもので、特に、新星から放出されるガス中には窒素が豊富に含まれることから、新星に起源を持ち、生命の前駆物質の観点で重要な「窒素」を含む有機物の塵の姿を実験的手法により明らかにしたとする。

  • 新星爆発

    新星爆発が有機物の塵を生み出すイメージ。中心で輝いているのが新星爆発を起こしている白色惑星。伴星の主系列星や赤色巨星からガスを奪っている様子や、放出された物質が球状に広がっていく様子が描かれている。その広がっていく物質の中に描かれている分子模型中の白球は水素、黒球は炭素、青球は窒素を表している (出所:東大Webサイト)

今回の研究成果は、宇宙における星間有機物の生涯を理解する点において、その誕生の過程に焦点を当てたものだとする。ただし、その後の長い時間と距離の旅路を経て、とりわけ太陽系内の始原的な有機物と関連し得るかどうかを結論するには、さらなる研究が必要だという。

これまで太陽系における有機物の起源は、分子雲の中に太陽が生まれる過程で化学反応を通じて高度な有機物の合成に至る道筋によって理解されてきた。一方で、別の道筋として、46億年よりもさらに以前の時代の新星爆発によって生み出された有機物の塵が過酷な星間空間を長期にわたって生き残り、太陽系の誕生の現場に取り込まれた可能性も考えられるという。

そのため研究チームでは、今後、QNCCと隕石物質中から抽出される有機物や、サンプルリターンミッションによって得られる太陽系の始原的な有機物との類似性を発見できれば、過去に別の恒星の新星爆発によって生み出された有機物の塵が、始原的な太陽系における複雑な有機物の起源となり得るかどうか、その問いに答えを見出すことができるだろうとしている。

  • 新星爆発

    星間有機物の一生と太陽系における始原的有機物の起源の描像。従来、太陽系の始原的な有機物の起源としては、分子雲から太陽系の元となる原始惑星系円盤ができ、太陽系が生まれる過程で化学反応による有機物の形成過程が考えられてきた。しかし、大型の有機物を生み出す過程を十分には説明できていなかったという。一方、終焉期の恒星の周囲で生まれる有機物の塵が星間空間を旅して生き残り、太陽系の始原的有機物の材料となる道筋があれば、大型の有機物の誕生過程も説明できる可能性があるとする。今回の研究は、後者の過程を考える上で、第一歩となる終焉期の恒星が有機物の塵を生み出す過程を再現する実験研究だとしている (出所:東大Webサイト)