東京大学(東大)と理化学研究所(理研)は8月23日、絶縁体中の直径約60nmの磁気渦「スキルミオン」のクラスターを微小な熱流によって駆動させることに成功したと発表した。

  • スキルミオン

    微小熱流によってスキルミオンが試料の高温側に駆動する仕組みの模式図 (出所:東大Webサイト)

同成果は、理研 創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チームの于秀珍チームリーダー、同・動的創発物性研究ユニットの賀川史敬ユニットリーダー(東大大学院 工学系研究科 准教授兼任)、同・強相関界面研究グループの川崎雅司グループディレクター(東大大学院 工学系研究科 教授兼任)、同・強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東大大学院 工学系研究科 教授兼任)、同・強相関物性研究グループの十倉好紀センター長(東大 卓越教授/東大国際高等研究所 東京カレッジ兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

「スキルミオン」は、固体中の電子スピンの集団が形成する渦状の磁気構造体であり、安定した粒子として振る舞う。その中心スピンと外周スピンは反平行であり、その間のスピンは少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。このスキルミオンは、直径が1~100nmであるほか、低電流で駆動できることから、高性能な磁気記録デバイスへの応用が期待されている。

複数のスキルミオンが規則正しく並んだ状態を「スキルミオン格子」といい、2009年に初めてキラル結晶の金属で観察された後、2020年には金属「FeGe」において、直径80nmの単一スキルミオンとスキルミオン格子が微小電流による磁壁の駆動で制御できることが実証された。一方で、絶縁体におけるスキルミオンの駆動には電場や熱流などによる制御が提唱されているものの、実証された例はなかったという。

そこで今回は、絶縁体「Cu2OSeO3」を用いて、スキルミオンの駆動が試みられたという。具体的には、バルク状単結晶Cu2OSeO3の薄板に抵抗線とヒーター線をつなげ、垂直に磁場を加えつつ、ヒーター線に0.1mAの微小電流を流すことで、発生したジュール熱により薄板の長さ方向に温度勾配をつけて熱流を生じさせた。この時の2つの抵抗線の値はいずれも3800Ωでほぼ同じであることが確認されたが、これは、温度勾配の実測値が抵抗測定の精度を超えるほど微小であることを示したものであるという。また、そして、このような微小な熱流であるにもかかわらず、スキルミオンが薄板の低温側から高温側に駆動する様子が観察されたという。

  • スキルミオン

    デバイスの構造とスキルミオン駆動の様子、デバイス中の温度分布。(a)絶縁体Cu2OSeO3の結晶構造。(b)抵抗線(R1とR2)およびヒーター線(H)が取り付けられたCu2OSeO3薄板。抵抗線、ヒーター線ともに、白金製。長さ34mm、幅0.0021mm、厚さ0.000025mmのワイヤー。薄板の中央付近の一部に、ローレンツ電子顕微鏡観察用の薄膜部分(thinner area)が作り込まれている。(c)20Kで、薄板に垂直に175mTの磁場をかけたとき生成されたスキルミオンクラスター。(d)(c)の状態で1mAの電流がヒーター線に流され、1.16秒後に観察されたスキルミオンクラスター。(c)の左側(低温側)のクラスターが右側(高温側)に駆動したことがわかる。(e)市販のCOMSOLソフトを用いて計算された、0.05mAの電流をヒーター線に流したときの薄板における温度分布。両端(長さ2mm)の温度差は0.003Kであった。(出所:東大Webサイト)

試料中に発生された熱流量を見積もるため、薄板中の温度マップを計算したところ、ヒーター線に0.05mAの電流を流したときは薄板両端(長さ2mm)の温度差は0.003Kであり、0.1mAの電流を流した場合は0.03Kであることが判明。これを受けて、ヒーター線の電流を変化させ、試料中に生成した温度勾配が見積もられた上で、スキルミオンの駆動速度が温度勾配に対してどのように変化するかの評価を行ったところ、薄板中に生成されたスキルミオンの駆動速度は熱流の増加に伴い、非線形に増加することが判明したという。

  • スキルミオン

    スキルミオン駆動速度の温度勾配依存性。(a)20K、薄板に垂直に160mTの磁場を加えたとき生成されたスキルミオンクラスター。(b)(a)の状態で0.05mAの電流がヒーターに流され、1.16秒後のスキルミオンクラスター。(a)の左側(低温側)のクラスターが右側(高温側)に駆動した。(c)縦軸はスキルミオンの駆動速度、横軸は温度勾配が示されている。熱流(温度勾配)の増加に伴い、スキルミオンの駆動速度は非線形に増加していることがわかる (出所:東大Webサイト)

さらに、スキルミオンを駆動できる温度勾配のしきい値が0.02K/mmであり、この熱流は従来の金属中における磁壁の駆動に必要な熱流の1/100程度であることもわかったとするほか、熱流の向きを反転した場合でも、スキルミオンは薄板の低温側から高温側に流れることが確認されたという。

  • スキルミオン

    熱流を反転したときのスキルミオン駆動の顕微鏡観察。(a)抵抗線およびヒーター線をつけたCu2OSeO3の薄板。(b)抵抗線およびヒーター線の拡大図。(c)ヒーター線に電流を流す前の薄板の温度分布。薄板全体が20K。(d)ヒーター線に0.05mAの電流を流したときの薄板の温度分布。左側が高温、右側が低温になった。(e)20K、45mTの磁場で、薄板中に生成されたスキルミオンクラスター。(f)(e)の状態で、ヒーター線に1mAの電流を流すと、スキルミオンクラスターは回転しながら薄板の左側(高温側)へ駆動した (出所:東大Webサイト)

なお、研究チームでは、熱流を用いた絶縁体中のスキルミオンの制御は、金属中のスキルミオンの電流制御よりもエネルギー効率を上げる新しい選択肢であり、次世代情報操作技術の開発につながるものと期待できるとしている。