東京大学(東大)は7月25日、クレーター年代学を発展させた最新の年代決定手法である「Buffered Crater Counting」を用いて、火星表層で見られるしわ状の地質構造である「リンクルリッジ」の形成年代を推定し、その多くは25億年から38億年前に形成され、特に35億5000万年から35億9000万年前に最も集中していることがわかったと発表した。またその結果から、火星内部は約37億年前に冷却が進み、大規模な火山活動が停止したことが示唆されたことも合わせて発表された。

同成果は、JAXAのルジ・トリシット開発研究員(研究当時:日本学術振興会 外国人特別研究員)と東大大学院 理学系研究科の河合研志准教授らの研究チームによるもの。詳細は、太陽系に関する多方面の研究を扱った学術誌「Icarus」に掲載された。

地球型惑星(岩石惑星)の進化についての研究では、熱史の理解が重要と考えられている。特に火星は、衝突を免れて生き残った原始惑星とする説もあり、地球と比べて小型であったことから冷えるのも早かったとされる。火星では、その熱の大半が形成から間も無くして表面からの熱放射によって失われたという。かつては厚い大気があり、また大洋を有した地球に似た惑星だったが、熱が失われたことなどが大きく作用し、現在では乾燥寒冷な表層環境へと変貌してしまったと考えられている。

とはいえ、単純に熱が逃げていったわけではなく、実際には火山活動などによる熱損失が複雑に生じていたと考えられており、全球での熱損失の過程や速度は現在も未解明な点が多い。火星は地球と異なり、プレート運動や風化浸食作用による表層物質の更新の影響が少ない。そこで表層に保存されている地質構造や地形を観測し、形成過程や形成年代を明らかにすることで、過去の火星における熱消失過程やその年代を理解できると期待されている。

全球的に分布している地殻変動(特に火山活動に関連した応力の履歴)により形成された地形は、過去の火星での熱進化を理解する上で最も重要な対象の1つだ。中でも、地表に出現していない逆断層「衝上断層(ブラインドスラスト)」により表層に形成されるしわ状の表面地形である「リンクルリッジ」は、過去の応力場を推定するための最も優れた指標の1つと考えられている。

しかし層序関係に基づく相対年代や、局所的な絶対年代の推定が行われた先行研究では、用いられた画像が低解像度であるため、推定された形成年代に大きな誤差が生じてしまっていたという。リンクルリッジの形成年代を高精度に決定することは、当時の火星での火山活動に関連した応力履歴の理解に繋がり、熱史の解明にとって重要な鍵となるとされる。

そこで研究チームは今回、これまで全球撮影を実施した観測衛星の中でも最高解像度を誇るカメラ「Context Camera」を搭載する「Mars Reconnaissance Orbiter」(MRO)による画像を用いることにしたという。MROを火星の99%以上を撮影済みで、これまで数々の発見を行ってきたにわたるNASAの衛星だ。その高精細画像を用いて、リンクルリッジの分析を行うことにしたという。

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    Thermal Emission Imaging System(THEMIS)モザイク画像(Christensen et al., 2004)にMars Orbital Laser Altimeter(MOLA) - High-Resolution Stereo Camera(HRSC)blended DEM(Smith et al., 2001; Fergason et al., 2017)を投影した火星表面の3次元形状モデル。北東-南西方向に線状に伸びている地形がリンクルリッジだ (出所:東大Webサイト)

まず、伸長方向と形態(長さ、高さ、幅、間隔)に基づいた特定がなされ、リンクルリッジは27か所の地域に分布することが明らかにされた。これらの地域は、火星における主要な火山地域を取り囲むように存在している点が特徴だ。

次に、特定されたリンクルリッジの年代決定が、最新のクレーター年代決定法である「Buffered Crater Counting」(BCC)を用いて実施された。BCCはリンクルリッジのような線状の地質構造であっても、正確かつ高精度に形成年代を推定することができる強力な年代決定法だ。すると、すべてのリンクルリッジが25億年から38億年前に集中していることが判明。特に、最も多くのリンクルリッジが形成されているのが、35億5000万から35億9000万年前であることが明らかとなったのである。

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    今回の研究によって記載された火星全球でのリンクルリッジの分布と形成年代。青線は特定されたリンクルリッジ。数字はBCCに基づき決定された年代(単位:Ga)。背景色はMOLA-HRSC blended DEM (Smith et al., 2001; Fergason et al., 2017)に基づく火星全球の標高が示されている (出所:東大Webサイト)

周囲の火山によって形成されたと考えられる溶岩平原の形成年代を考慮すると、溶岩平原を形成した火山活動は約37億年前に鎮静化し、その後リンクルリッジが形成されたと考えられるという。その後、35億年前頃には一部の火山は一時的に活動を再開したと考えられるが、35億年前以降のリンクルリッジの分布を見ると、局所的なものであったと考えられるとしている。このことから、火星においては火山活動による内部からの熱損失は一定ではなく、37億年前頃に最も急速に進んだことが示唆されたとした。

また、38億年前以前に形成されたリンクルリッジが表面に見られないことから、38億年前以前は激しい浸食作用が起きる湿潤な気候であったとする(38年前以前に海洋などがあったと考えられる)。しかし、38億年前頃に大規模な気候変動が起きたために水が蒸発、もしくは氷となって地下に姿を消したため(液体の水が地下にあるとする説もある)、浸食されることがなくなったリンクルリッジが現在まで保存されていると考えられるとしている。

今回の研究で解明されたリンクルリッジの形成年代は、地球表層に残されている地殻変動による表層地形年代よりもずっと古く、地球生命の誕生と考えられている年代と比較的近いことが示されている。すなわち地球で生命が誕生した頃、火星はすでに熱的に“死にかけた”状態へと進化しており、すでに現在のような乾燥寒冷な表層の環境になっていた可能性があるとする。

研究チームは今後、今回の研究手法を地溝や正断層など、火星で見られるほかの表層地形に適用して正確な年代決定を行うことを目指すという。今回の研究は火星内部のダイナミクスの理解への第一歩であり、火星における熱史の解明につながるだろうとしている。