2021年7月、ヴァージン・ギャラクティック、ブルーオリジンが相次いで有人宇宙飛行を成功させた。宇宙旅行時代の幕開けだ。地球周辺の宇宙空間はもう政府主導でなく、民間宇宙ビジネスの領域になり始めている。

一方「私たちはその先のフロンティアとして月面を見ている」と語るのは、「月面産業ビジョン協議会」座長代理を務めるスタートアップ企業、ispaceの中村貴裕 取締役COOだ。

月面産業ビジョン協議会(共同座長:河村建夫衆議院議員、角南篤政策研究大学院大学学長特別補佐)は、これから月面でのビジネスを展開しようとする約30の企業・団体、衆議院議員や大学教授などが参画する組織。

月を目指すのは政府ばかりではない。たとえば2022年、ispaceはカナダやUAEドバイ政府などの顧客の荷物を搭載し、月面にランダー(着陸機)をおろす予定で、着陸機のフライトモデル製作に入った。2023年にはランダーに加えて、月に自社開発の月面ローバーを降ろす計画だ。

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月を目指す民間企業は世界に複数あり、激しいレースが繰り広げられている。米国が中心となり月や火星を目指す国際宇宙探査計画「アルテミス計画」が好機となり、どんどん月面開発は進んでいくだろう。

月面ビジネスは官と民が連携することにより加速され、将来は「月面産業革命」が起きると予想される。世界中の民間企業が月を目指す中、日本の産業界が月面マーケットを獲得するには、先手を打ったアクションを起こすことが必要になる。

そこで、月面産業ビジョン協議会は政府に対する提言を「月面産業ビジョン」としてまとめ、7月13日に政策を担当する井上内閣府特命担当大臣(宇宙政策)に提出した。

  • 月面産業ビジョンのメンバー

    月面産業ビジョン協議会のメンバー。協議会には政産学の約40名のメンバーが参加している。左から、パーソルキャリア 執行役員の大浦征也氏、日揮グローバル 常務執行役員の黒須聡氏、ispaceの中村貴裕 取締役COO、政策研究大学院大学学長特別補佐の角南篤 客員教授、衆議院議員の大野敬太郎氏、同小林鷹之氏、同牧島かれん氏、高砂熱学工業の小島和人 代表取締役社長COO、電通 執行役員の鈴木禎久氏、日揮グローバル 常務執行役員の花田琢也氏

提出後に記者説明会が開かれた。共同座長代理の大野敬太郎 衆議院議員は協議会の概要を「ガガーリンの有人初飛行から60年、日本が宇宙を産業としてとらえ宇宙基本法を作ってから13年。ここ10年間の変化で一番大きいのは、民間が主体となり事業として宇宙に臨めるようになったこと。世界で宇宙ベンチャーが1000社以上ひしめく時代。この月面産業ビジョンもエンタメや保険など30社以上のありとあらゆる業種から参加頂き、3か月間、熱い議論を戦わせた。産業界を中心に月面というフロンティアを切り拓くために産業界の6つの決意を示した上で、政府に7つの提言をまとめてもらった。国内外に発信していきたい」と説明した。

共同座長の政策研究大学院大学学長特別補佐の角南篤 客員教授は「世界で産業界やスタートアップ、起業家を中心に非常に活発に宇宙に進出する中、我が国はどういうふうに民間の宇宙を考えたらいいか、大きな政策課題だった。今まで半導体やAIなどは国が主導して産業ビジョンを作ってきた。今回は企業目線でビジョンを作る、いわば『企業による企業のための産業ビジョン』。企業の技術が実際に(月面で)使われるようになるには、どういった環境を整備していけばいいのか。議論して提言にまとめた画期的なものになっている。官民が両輪の輪となって連携し、月面産業に向けた我が国の取り組みとなる動きに繋がれば」と期待を語る。

Planet6.0 時代に向けて、先手を打ったアクションを

  • 民間の規模拡大

    月面産業ビジョンが提唱する「 Planet6.0」(出典:月面産業ビジョン協議会)

続いてispaceの中村貴裕 取締役COOから月面産業ビジョンの具体的な説明があった。ポイントは「国家主導の月面開発から民間主体の商業月利用へ。民間による経済活動が行われる活動圏を月面に築くこと。そして月面が経済活動のフィールドになることを見越して今から行動を起こすこと」と述べ、国際社会で日本が不得意としてきた、先手を打ったアクションを打つことが必要だと強調した。

月面産業ビジョンの特徴は、2020年代の新しい社会ビジョンとしてPlanet6.0を提唱していることだ。人間の技術と活動はすでに宇宙空間に広がっている。Planet6.0とは、地球から月を含む宇宙空間を1つのエコシステムとして、循環型の社会経済を構築することを目指す社会概念である。

月面産業ビジョンには「月面で産業を興す意味は、地球上の課題解決やイノベーション創出につながってこそ大きくなる」という考え方が根底にある。具体例としては地球温暖化対策、水素を中心とする新しいエネルギーインフラのシステム実証、保存性に長けた飲食料をはじめとした生命維持システムなどがあげられる。

では具体的にこの先、月面開発はどのように進められるのか。大きく3段階に分けられるという。

まず2024年頃までは小型のミッション装置を高頻度に送り実証実験を通じて環境データや機器の動作確認データを得てその後の活動計画の為の情報を得る時代。2020年代後半にはアルテミス計画が呼び水となり、実証から実用へ移行する時代。そして2030年代は有人滞在が本格化。滞在用インフラの整備が拡大し、民間の主体的な活動の重要性と量が増えていく。

海外のコンサルタント会社の中には、2030年代後半の物資輸送では民間の需要が5割と政府ミッションと同等になると試算している会社もある。また、2040年代には水資源が豊富にあるとみられる月の極域地域を中心に合計1000人が売月面に滞在すると予想されている。

  • 民間の規模拡大

    政府の月面探査と民間の商業月利用の相互連携・保管。月面産業革命が起こり、民間の産業規模が拡大していく(出典:月面産業ビジョン協議会)

7つの提言のポイントは?

そんな未来を見据えて、日本がPlanet6.0時代にマーケットを獲得し世界をリードするために、これからどんなアクションが必要なのか。

まず産業界からは「自らリスクをとって世界に先駆けて事業展開が可能となるような技術・能力の向上を図り」、「月面を技術実証、破壊実証の場として活用し新たな技術、社会システムを創出するとともに、(中略)、地球上にもイノベーションをもたらします」など6つの決意をのべた上で、政府への提言を7つにまとめた。

たとえば提言の1と2には、輸送サービスについて記されている。民間サービスの調達を前提とし、月面や月周回軌道への輸送や探査、インフラ建設などの諸活動を対象とすること。そのためにアルテミス計画など政府の月面活動の計画を見える形に整理し、民間の予見性を高めることと明記されている。

また、月面ビジネスで事業開発を加速するために「環境整備に努めること」や「国際社会と協調・連携して国際的な商業活動を担保するルールの整備(通信帯域、建設基準、生物持ち込み、セーフティ―ゾーンなど)」についても提言3~5に書かれている。

座長代理のispace中村 取締役COOに、まず提言の冒頭に明記された「民間サービスの調達」について、意図を聞いた。

中村氏は「米国ではアルテミス計画、NASA(アメリカ航空宇宙局)の月への輸送サービスCLPS、カナダ宇宙庁による月面探査加速プログラムLEAP、オーストラリアや欧州でもサービス調達の動きが非常に顕著になっている。日本でもサービス調達をプログラムとして立ち上げてもらって、日本企業の競争優位性をサービス調達のプログラムの中で築き、国際的にプレゼンスを発揮できるようなスキームを提案させてもらった」とした。

  • ispaceは2022年末に月面に向けて着陸機を打ち上げ予定

    ispaceは2022年末に月面に向けて着陸機を打ち上げ予定(提供:ispace)

ルールの整備については、宇宙資源法(宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律)が2021年6月15日国会で可決、成立している。そのうえで「月面開発をしていく上で資源の所有権は宇宙資源法によって、民間事業者に認められたが、資源を探査開発するときの法律に関わる整備もお願いしたい」(同 中村氏)。

具体的には資源を採掘するための許認可の仕組み、採掘した資源の売買のルール、採掘のための安全基準(セーフティゾーン)などについての法整備を働きかけることを提案。これらの活動を通じて月面ビジネス支援に積極的な国として認知度を高めることで海外企業の集積を行い、世界最先端の情報が集まる拠点となることを目指すとしている。

では、月面産業ビジョン協議会は7つの提言の中でどれが急務と考えているのだろうか?

「各民間企業でそれぞれ意見がある。ispaceの主張としては地球から月への輸送。まずは輸送のプラットフォームを確立する必要がある」(同 中村氏)。月へのアクセスを海外企業にとられてしまうのは避けたい。

NASAは国際宇宙ステーション(ISS)への物資や人の輸送についても、アンカーテナンシー(民間の産業活動で政府が一定の調達を保障することで産業基盤の安定を図ること)の考え方から、企業から機体でなく「輸送サービス」を購入。この政策でスペースXは技術を磨き、資金を得て大きく成長した。そして現在、月面への輸送に関しては商業月面輸送サービス(Commercial Lunar Payload Services :CLPS)を実施している。事業を展開する上で、輸送サービスは根幹となる。ここは日本政府の取り組みに大いに期待したいところだ。

協議会に参加する企業も意気込みを語った。日揮グローバルは月面推薬生成プラントの構想検討についてJAXA(宇宙航空研究開発機構)と連携協力協定を締結、月の水資源を利用したプラント構想について研究開発計画の検討を開始している。同社花田琢也常務執行役員は「技術の統合が持ち味。例えば、(日本で)ボタンを押すとアフリカのサハラ砂漠で3Dプリンターによってプラントが立ち上がることも遠くない。その舞台は砂漠から宇宙へ変わる。月面で新エネルギーのプラントを創造していく」とビジョンを語った。

高砂熱学工業はispaceが月面に輸送するランダーに、同社が開発する水の電気分解装置を搭載し、月着陸後には世界初となる月面での水素と酸素の生成を目指す。同社代表取締役社長の小島和人 COOは「1923年創業から空調設備の設計施工で培ってきた水素技術を月面資源開発にぜひいかしたい。宇宙開発では新参者だが、月面にチャレンジしながら社会の持続的発展に貢献したい」と決意を述べた。

  • ispaceは2022年末に月面に向けて着陸機を打ち上げ予定

    民間主導の月面ビジネスの先行事例。日本企業による技術実証や海外政府へのサービス提供が予定されている(提供:月面産業ビジョン協議会)

座長補佐の牧島かれん衆議院議員は「月面を引っ張る国は日本と答えてもらえるように力を合わせていきたい。地球のさまざまな課題に貢献し、イノベーションを起こしていきたい」と語った。月面産業ビジョン協議会は年末にかけて実行計画をロードマップに落としていく予定だ。

夜ごと、見上げる月。遠くない将来、月に人類社会が築かれる日が来るのだろうか。その時、私たちの宇宙観や地球観がどう変わるのか。地球上にさまざまな課題がひしめく今、そんな意識の変化にも期待したい。