「構想から9年、ついに形になった。いよいよこれから種子島で、技術と自分たち自身、2つの敵に対して勝負に挑む」――たたずむ機体を背に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)でH3ロケットのプロジェクト・マネージャーを務める岡田匡史氏はこう意気込んだ。

JAXAと三菱重工業(MHI)は2021年1月23日、三菱重工の飛島工場(愛知県飛島村)で、開発中の新型国産ロケット「H3」試験機1号機のコア機体を公開した。

機体はこのあと、1月26日に種子島宇宙センターへ向けて出荷。組み立てやさまざまな試験を経て、2021年度中の打ち上げに挑む。

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    H3ロケットのコア機体を背に立つ、JAXAのH3プロジェクト・マネージャー岡田匡史氏(右)と、三菱重工の主席プロジェクト統括(H3プロジェクト・マネージャー)奈良登喜雄氏(左)

H3ロケットとは?

H3ロケットは、JAXAと三菱重工が開発している日本の新しい大型ロケットで、現在活躍中のH-IIAロケット、先ごろ引退したH-IIBロケットの後継機となる。打ち上げ能力の向上などで、現行のH-IIAよりも一回り大きくなっているのが特徴である。

H3ロケットを開発する背景には、国際的な価格競争によって、H-IIAがコスト面で他国のロケットに太刀打ちできなくなりつつあること、また20年以上も新型ロケットの開発機会がなく、技術者の高齢化や後継者不足、技術力の低下が起こっているなど、さまざまな課題が出てきているという事情がある。

関係者は「このままでは、10年後にはロケットが維持できなくなる」という危機感を抱いており、日本の宇宙への輸送手段の自律性を今後も維持し続けること、そしてコストの抜本的低減や、商業化、将来への開発投資を行うことを目的に、H3ロケットの開発が進んでいる。

H3ロケットでは、高信頼性、柔軟性、低価格という大きく3つの狙いが掲げられている。これを達成するため、壊れにくい仕組みのロケットエンジンを採用したり、注文から打ち上げまでの期間を短縮したり、そして自動車用部品や3Dプリンターの採用や、打ち上げに必要な人員の削減などで徹底した低コスト化を図ったりと、さまざまな工夫が取り入れられている。

エンジンやブースターの装着基数を変えることで打ち上げ能力を柔軟に変えられるのも特徴のひとつで、最小構成の機体の価格は約50億円になる見込みだという。

また、従来はJAXAが主導してロケットを開発し、完成後に民間(三菱重工)に運用を移管するという流れが取られていたが、H3ロケットでは開発段階から三菱重工が主体的に参画しているのも特徴である。

H3ロケットの検討は2012年度から始まり、2014年度からプロジェクトが始動。これまで機体や、第1段メイン・エンジン「LE-9」や第2段エンジン「LE-5B-3」、固体ロケット・ブースター「SRB-3」、フェアリング、さらに発射場などの地上の施設、設備など、ロケットやその打ち上げを支える部分の開発が続けられてきた。

残念ながら、LE-9の試験中に技術的課題が見つかったことで、昨年9月に開発スケジュールを見直すことが決定。初打ち上げが約1年延び、2021年度中に行われることになった。

参考:H3ロケット開発を襲った“魔物”とは?、エンジンに見つかった技術的課題

現在はLE-9に起きた問題の特定や対策が急ピッチで進められているが、並行してLE-9以外の機体や部品などの開発、試験、そして製造も進められており、すでに他のシステムは射場作業を開始できる状況に到達しているという。

LE-9が技術的課題を克服し、完成し次第、すぐに試験と打ち上げができるよう、すなわち2021年度中の初打ち上げという目標に間に合うよう、可能な限り、射場での作業や試験を前倒して行うなど、懸命の努力が続いている。

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    H3ロケットのコア機体。手前が第2段と段間部、隙間を空けて奥にあるのが第1段である。H-IIAやH-IIBと比べて大きくなっており、非常にたくましい外見をしている

H3ロケット試験機1号機のコア機体が完成

今回報道陣に公開されたのは、H3ロケット試験機1号機の「コア機体」である。

コア機体とは、ロケットの第1段と第2段機体、それらに装着されるエンジン、そして第1段と第2段とをつなぐ段間部と呼ばれる部品の総称である。細かいところでは、姿勢を制御するためのガスジェット装置や、アビオニクスとも呼ばれる搭載電子機器なども含まれる。

製造が行われる三菱重工の飛島工場は、H-IIAや、退役したH-IIB、H-IIを生み出してきた、まさに日本の大型ロケットの生まれ故郷である。今後、当面はH-IIAとH3ロケットが同時に製造され、いずれはH3のみとなっていく。

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    H3ロケットの第1段機体。直径は5.2mと、H-IIAの4mより太くなっている。H-IIBの第1段機体とは直径は同じだが、全長が伸びている

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    H3ロケットの第2段機体と段間部。H-IIAやH-IIBではともに直径4mだったため、比べるとかなり大きくなった印象を受ける

報道陣に公開された時点で、すでにコア機体は「ミッションチェックアウト」と呼ばれる、工場での製造の最終仕上げを完了した状態にあった。

ミッションチェックアウトでは、実際のコア機体を使って、打ち上げから衛星の分離、そして第2段の処分のための再突入など、実際の飛行と同じ一連の流れを再現。あらかじめ設定した飛行シーケンスに従い、搭載計算機からの指示でエンジンの操舵装置やバルブなど、機体各部の装置が正常に動作するかどうかを確認する。

なお、前述のように第1段エンジンのLE-9は技術的課題への対策中のため、まだ打ち上げで使えるエンジンが存在しない。そのため、過去の燃焼試験で使った「実機型」と呼ばれる試作用エンジンを取り付け、ミッションチェックアウトが行われた。

岡田氏が「最終関門」と呼ぶミッションチェックアウトを、このコア機体は無事にクリア。機体はこのあとコンテナに搭載され、1月26日に船に載せられて出荷。種子島宇宙センターへと運ばれる。

完成したコア機体を眺めながら、岡田氏は「2012年の構想開始以来、三菱重工さんといっしょに造ってきたロケットがようやく形になった。私にとってロケット開発の最初から最後まで携わるのは初めてであり、そのすごさを実感している」と語った。

「いよいよこれから種子島に開発の舞台が移り、大きな勝負が始まる。技術と、そして自分たち自身が敵だ。LE-9の開発もまだ残っている。きれいにまとめあげて、打ち上げ成功に向けてがんばりたい」。

また、三菱重工のH3ロケットのプロジェクト・マネージャーを務める奈良登喜雄氏は「いままで開発してきた機体が形になったのは大きな節目。非常に感慨深い。しかしこれで完成ではない。これから種子島に運んで、打ち上げに向けた試験や作業が始まる。1つずつ課題を解決して、成功につなげたい」と語った。

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    枠で囲ってある部分が、今回公開されたコア機体。製造は三菱重工が担当している。その他のSRB-3はIHIエアロスペース、フェアリングは川崎重工が製造を担当している (C) MHI/JAXA